二十一話 電車の再会
「おおーっ! ガギンガギン言いながら走ってるよフウカ! こんなに長い車なのにこんな速いのってすごいし、この独特な揺れも癖になりそう……!」
「良かったね、ティム」
出発進行するや否や高速で走行する電車に、ティムは興奮し通しだ。
「地上にも乗り物はあるけどさ、地下をこんな風に移動するのは初めてだよ! おふぁ~……窓の向こうをどんどん壁が流れてく……景色は変わらないのに全然飽きないよ」
一方でフウカは座席に座って背をもたれかけさせ、窓に張り付くティムへ時折微笑ましそうな視線を投げかけながらも、基本的には手元の端末を操作している。
カインはといえば最初、手すりやつり革を遊具と勘違いして遊ぼうとした所、フウカにたしなめられて今は床に座って尻尾を丸め、休眠状態に入っていた。
――一年前、フウカによる大がかりな改造によって、カインは強力な身体能力を発揮できる変形機構を手に入れたが、その一方で燃費の消費も極端で、長時間の活動の後にはほぼ全ての機能をオフにした上での排熱行動が不可欠なのである。
「あのさフウカ。ぼくもカインみたいに改造してくれたら、今よりもっと強くなれるかも」
「え……うーん。でもねティム、強さっていうのは、何も腕っ節だけじゃないと思うよ」
「そうなの……?」
「どんな苦難にもくじけない意思の強さっていうのもあるし。私はティムがいてくれるから、そうやって今日まで頑張って来られてるんだよ」
フウカはティムをなだめるように笑いかける。
「……だから、ね? 改造なんてしなくても、ティムは充分強いから!」
「そっか……」
でも、やっぱりパワーがあるに越した事はないんじゃないだろうか。どことなくはぐらかされたような心地でいると、見透かしたみたいにフウカが言葉を継いでくる。
「それにね、ティムを改造しようとするなら、フレームごと変えなきゃならないし……」
「フレームって……金属骨格や内燃機関とか、全部取り替えなきゃいけないって事……?」
「う、うん……ティムの規格って、そうでもしないとどうにもならないくらい――そのぉ、簡素っていうか……」
フウカは言葉を探すように、歯切れ悪く口をもごつかせる。
「……なら、ぼくは別に」
構わない、と言いたかったが、フウカが本当に危惧しているのは、その次の言葉の中にあった。
「もし私が手を加えたとして……ティムの身体はカインの時とは違って、隅々まで丸ごと変わる事になっちゃう。そしたらきっと、ティム自身の精神にも影響を与えると思うの」
身体と精神は同一に等しい。どちらかが変われば、自然ともう一方にも何らかの変化を起こす。これは古い人も人間も同じだろう、とフウカは言っているのだ。
「そっか……下手をすると、ぼくがぼくでなくなっちゃうかも知れないんだね」
うん、とフウカはすまなそうに頷く。
「それなら、ぼくも納得したよ。ありがとう、フウカ」
「え……? ど、どうして? 私、ティムにお礼を言われるような事は」
「フウカはぼくのためを思って、こうやって止めてくれたんだもん。この事を知らなかったらぼく、きっとどこかで勝手に自分を改造しようとしちゃったかもだしさ」
ロボットの改造が可能なのはフウカに限らない。気軽に他の職人へ頼んでいたら、もしかしたら取り返しの付かない羽目に陥っていたかも知れないのだ。
「だから、お礼言わなきゃ。まぁ元はといえば、自分の身体の事さえ良く知らないぼくがアレだったりしたわけだし」
「ティム……」
フウカは慈しむように眼を細めて、ティムの肩へ頭をこてんと寄りかからせて来た。
「あ、そうだ。これから帰るから、ニホン村のみんなにメール送っておくね」
フウカが端末を片手で持ち上げ、ティムにそう伝えてくる。
この機械は、電話、ラジオ、メール、テレビ、ゲーム、カメラ、スキャン、ハッキングなど、様々な機能を詰め込み完成した、フウカ自作の万能端末だ。
その名をフウカ端末。略して風末(ふうまつ)である。
タッチ、音声、視線など色々な操作方法にも対応し、防火防水防塵も完備、耐久力も抜群と、長旅にも充分耐えうる、ティム達にとっては四人目の相棒と呼んで差し支えない。
「誰か返信してきた?」
「うん。さっきワガハイから一行だけ『しぶとく生きていたか』だってさ。絵文字とかいっぱい使ってアピールしたのに、素っ気ないよね~」
「だけど内心じゃやきもきしてたかも。帰ったら開口一番こう怒鳴られるんじゃないかな。『半年も便りの一つも寄越さないのは何事だ、合理的ではなーい!』ってさ」
「あはは、似てる似てる!」
言いながら、すでにフウカは返信作業を終えたのか、今度は風末に別の画面を表示する。
そこに映っていたのは、見渡す限りの緑の大地。雲一つない晴れ晴れとした蒼穹。ぽつぽつと生い茂る山林。そして羊や人がのどかに生活する牧場や民家。
「フウカ……またそれ見てるんだね」
「うん……ニホン村に帰れると思うと、急にこの風景が見たくなっちゃって」
牧歌的な景色を画面越しに眺め、目尻を下げてささやかに微笑するフウカ。
この写真や映像は、各地で見つかった他の端末から吸い出した記録である。
かつて星に広がっていた自然。動物達。古い人々。そうした過去の情景へ心をゆだねる行為は、失われた故郷を懐古する事と同義なのだろう。
同時にフウカにとっては、ニホン村は紛れもなくもう一つの故郷である事を意味している。それがティムには嬉しかった。フウカの帰る場所を、確かに作れたのだと。
「フウカは……自然を蘇らせてみたい?」
「うん……今のままでもいい所だけれど、シュシのガーデンみたいに、たくさんの植物やお花があったら、もっと楽しくなりそうなの。それに動物っていう生き物もこの目で見てみたい……お父さんやお母さんでもなくてもいい、他の古い人ともお話してみたい。――この衛星写真にあるような、青い星を……取り戻してみたい」
「そっか……うん、フウカならできるよ。古い人だから、成長だってしてるし!」
「そうかな……自分ではそんな感じしないんだけどね」
フウカは逆に、小首を傾げながらティムを見返して来る。
「ティムはずっと、変わらないよね……やっぱりロボットだからかな?」
「それが普通だよ。普通はみんな変わらないよ。――だからぼくは、今ここにいてくれるフウカの全部が、そして毎日が、とても新鮮なんだ」
「そ、そう?」
フウカは頬をうっすらと赤く染めて目線をずらす。
「変わった、って例えば……どこがかな」
「おっきくなったよっ」
「そ、そういう事じゃなくてっ。――ううん、外見は大事だけど……内面、とか」
両手の人差し指を合わせながらぽつぽつこぼすフウカに、ティムは思ったままを答えた。
「頼もしくなってる!」
「それだけ……?」
「うん。でもフウカは元々優しいし、手先が器用だし、頭も良いし、運動神経良いし、明るいし……そういう所は据え置きだから、ぼくにとっては頼もしいのはすっごく良い面だと思ってる!」
「え、えへへ……そうかな。なんか思ってたのと違うけど、それはそれで嬉しいな……」
フウカはこそばゆそうに笑いつつ、こめかみを指で掻いた。
「とにかく、いっぱい作った空気清浄機のおかげで、前よりはぐっと環境が良くなってるんだし、これからも少しずつ頑張っていけば、きっと青い星が見られるようになるよ!」
「うん……ありがとね、ティム」
ニホン村にいた間、ティム達は時間をかけて知恵を絞り、必要な資材を粘り強く集め、大気汚染を浄化するための空気清浄機の研究開発に取り組んでいた。
大気中の毒性を分解し綺麗な空気を作り出すだけの出力、稼働し続けても長持ちする耐久度と、かつてこの星で使われていた既存の代物とは比べものにならない超高性能ぶりだ。
旅に出てからは開発作業と並行して除染の必要性を各地の人々に根気強く説いた。
少しずつ理解を得て連携を強め、今では世界各所にこのスーパー空気清浄機が何千台と配置されている。ロボット達の休まずとも長期作業が可能な利点、さぼらず設計図通りにやり遂げるだけの効率があってこそ成しえた事業。
赤黒い雲による面積が少なくなっているのはまさにその成果だ。
この調子で瓦礫の除去や除染が進めば、いずれは緑の大地が戻ってくるのも、決して夢や絵空事ではない――ここまで旅をしてきて、着実にその手応えを得ていたのだった。
「よーし、そうと決まれば早く帰って、この星蘇り計画についてどうすればいいのか、みんなと相談しよう!」
「ふふっ、まんまなネーミングだね!」
その時、風末から断続的なノイズとともに、陽気な楽曲が流れ出してきた。
「あれ、アップテンポなミュージックだね。フウカってこういう音楽も好きだったんだ?」
「ううん、これは電波塔から送られて来てる放送だよ。近くにラジオ局でもあるのかな」
どうやら風末に搭載されたラジオ機能が周波数を拾っているらしい。小じゃれた洋楽を背景に、スピーカーからムーディーなロボットボイスが響いてくる。
『今日も退屈をもてあました仲間達のために、ハイで粋なラジオ番組の時間だ! パーソナリティは俺、ラック・ボンドがお送りするぜ!』
オープニングとばかり、たっぷり数分間ラック・ボンドが歌うバラードや演歌やデスメタルが流れ、ティムは相手から見えるはずもないのに称賛を込めて拍手をしていた。
「歌、うまいねこの人! いいなぁ、憧れちゃうなあ!」
「うん。私も音痴だから、どんな風に歌唱回路を調律してるのか気になっちゃう」
『さてさて、お次は視聴者から送られて来た質問コーナーだ! 一枚目は~〈鋼鉄の白騎士〉からだぜ! 何々、【昔は仲良しだった友達とケンカしてしまいました。お互いに譲れぬものがあったせいで、顔を合わせれば言い過ぎな程の怒鳴り合いになってしまいます。でも本当は優しい人なので、できれば仲直りしたいです】……長ェなおい!』
これでは質問というより、お悩み相談室ではないか――。
「ケンカかぁ……本当は好きなのに、誤解とかが原因で引きずっちゃうと、お互い辛いよね……」
「うん。でも私とティムはそんなにケンカした事ないし、ずっと仲良しだよね」
根が温厚でマイペースな者同士、波長が合うのだろう。フウカと相性が良い事を確認できて、ティムは気分が浮き立った。
『聞いた限りは、根が深そうな問題だよな。争いたくないのに、出会う度に心にもない事を言ってしまう……なら逆に、そうやって怒りや苛立ちのままに口をついて出る内容の、その逆をぶちまけてみたらどうだ?』
逆、と言われて、ティムとフウカは不思議そうに顔を見合わせる。
『確かに俺はお前が気に食わねェ! だけどよ、それ以上に良い所があるって事を教えてやるんだ! 本当に心が通じ合ってるなら、多分つられて相手も乗ってくる……きっと普段ケンカでまくしたててる事の、何倍も長い長い話になるだろうぜ! そしてそいつが終わる頃には、いつの間にか仲直りできてるはずだ!』
些細な食い違いやすれ違いで積み重なった末に表面化したものよりも、あえてその裏側にある、相手を好きな気持ちや自分への反省といった本心を言葉にできれば、ただのケンカよりよほど深い話ができる――そうラックが語っているように、ティムには思えた。
「ケンカし始めた期間より、仲良くしてた期間の方がずっと長くて、値打ちがあるのなら……その時の思いをちゃんと伝えられれば、きっと何かが変わるかも知れない」
「私もそう思う。でもちょっと恥ずかしいけどね……」
「思ってもない事を感情任せで言っちゃう方が、ぼくはもっと恥ずかしいかな」
『後はアレだ、いつも顔を合わせてる場所とは違う所で会ってみるとかかな! 例えばロボット溶鉱炉の男気のあるグツグツ溶解具合を眺めれば、自分の悩みなんて案外ちっぽけに見えて来るもんだ! 白騎士さんよ、健闘を祈るぜ!』
それからもラック・ボンドによる質問コーナーは続き、ティムとフウカもああだのこうだのと意見を交わしたりした。
終わる頃には充実した時間が過ごせ、ラックが別れの挨拶をする。
『というわけで今回はここまでだ! またお前らが暇をもてあました頃に放送をかけるからよ、そん時はよろしくな!』
「ばいばーい! ――いやあ、楽しい一時だったよねフウカ!」
「そうだね、またこの番組を聴きたいね」
エンディングテーマのしんみりしたBGMが流れる中、いまだがぜんテンションが上がっているティムは鼻歌交じりに座席から離れ、ぴょんと床の上に降り立つと、電車が上り坂に差し掛かったのか、がっくんと斜めに揺れて体勢が傾ぐ。
「わわわっ――」
とっさに手すりに掴まろうとするティムだが、抵抗むなしく身体が無重力めいて宙を泳ぎ、すってんころりんと見事な二連前転をかましてしまう。
「ティム、大丈夫……?」
「クーン……?」
「う、うん、なんとか。……ごめんねカイン、起こしちゃった……?」
ティムが身を起こした矢先、先頭車両側の自動ドアが前触れもなく開いて。
「――こら、車内ではしゃぐのはやめなさい、みっともない」
青いマントを羽織り白い鎧を着たロボットが踏み込んできて、腰へ両手を当て叱責して来た。
「あ……アイアンホワイト!」
ティム達の前に現れたのは誰あろう、白鉄騎士団団長、アイアンホワイトその人だった。
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