十八話 災厄の日

「あちこち崩れているから何も知らずに進むと危険じゃし、逆にこっそりショートカットになっている道もあるからのう……しっかりついてくるんじゃぞ」


 言葉通りにすいすい長老さんが先を行き、ティム達三人は後に続く。


「うわあ……すごいすんなり進めるね。瓦礫に足も取られないし、穴にも落ちないし」

「でも……ワガハイ、何か変じゃない?」

「うむ……フウカは気づいたか。確かにな……」


 単純にスムーズな行程に喜んでいるティムとは違い、フウカとワガハイは後ろでこそこそと密談しているようだった。


「どうしてこんなに、あっさり行けるんだろう。迷いもしないし……」

「勝手知ったる何とやら……という言葉もある。それにこの船は元々人の出入りは皆無で、その上何者かによってメンテナンスをされていた。そこから導き出せる答えは……恐らく察している通りだ」

「ちょっとだけ、聞いて……みる?」

「いや……話を聞くチャンスはいくらでもある。今は無事に脱出する事が最優先だ」


 うん、とフウカもいかめしい顔で、ワガハイに賛意を示していた。


「なになに、二人とも何の話してるのー?」

「う、ううん。なんでもないよ」

「それよりもほら、目的の部屋が見えて来たぞ」

「ワンワンッ!」


 例によってカインが先行し、周囲の安全を確認してから、長老さんとともに一足先に通信室の前で待ってくれていた。

 そっと足を踏み入れ、電気をつけてみると室内は思いがけず清潔で、いくらか物が散乱している以外は、ほぼあの映像と同じだった。


「ここから船内部の状態をチェックできるな……」


 ワガハイが端末を操作すると、正面にあるスクリーンに船がデジタル形式で表示される。 さらに別のウィンドウでは、船内に配置されている監視カメラが起動し、リアルタイムで送られる映像から、かなりの数の各フロアを見られるようになっていた。


「あ、一つだけ光ってる点が動いてるよ!」

「機関室の方だな……近くにある監視カメラに捉えさせよう」


 そして映し出された画面には予想通り、通路を緩慢に直進する四つ足戦車の後ろ姿がある。


「どうしてこっちの画面に、この子の位置が出てるんだろう」

「いつでも居場所が特定できるよう、あやつには発信器がついておるからのう。……それでフウカ、これからどうするつもりじゃ?」

「声……かけてみる。ワガハイ、できるかな?」

「奴のフロアに放送をかけるんだな? 少し待て……」


 ワガハイがキーを叩き、ケーブルにつながれているマイクを一つ、フウカの方へ押す。


「お前の声が機関室へ届くようになった。叫ばなくても向こうに聞こえるはずだ」


 分かった、とフウカは緊張した面持ちで頷き、椅子によじ登って膝立ちの体勢で、マイクへ向けて語りかけた。


「ねえ……聞こえる? わたし、フウカっていうの」


 遠慮がちにフウカが喋った瞬間、画面の中で四つ足戦車が立ち止まり、声のしてきた方向を探すように、巨大な銃身を回頭させ始めた。


「あ、あのね、勝手に船の中に入っちゃった事はごめんね。でも、ティムやワガハイ達は悪くないの! わたし、お父さんお母さんを捜したかったから……でも、もう出て行くから。ごめんね、迷惑だったよね……だから」


 四つ足戦車が、こちらへ転回した。ライトが当てられて眩しく、画面の中は見えない。


「最後に、あなたの事を教えて欲しいな。ここで何をしているのかとか、あなたの名前とか……こんな事聞くの、変だよね。でも、こんな場所に一人でいるのって、寂しくないかなって……だからできたら一度だけでいいから、お話してみたい。あなたの事が、知りた――」


 直後、ライトの位置がわずかに下へずれた途端、四つ足戦車から暴風のような鉛玉の群れが叩き込まれ、画面は暗転した。


「あ……」


 放心したみたいに、凍り付くフウカ。ワガハイが端末をいじり、嘆息混じりに首を横に振る。


「カメラは破壊されたようだ……これが答えというわけか。奴はもはや制御不能だ」

「そんな……! わ、わたしはただ、お話してみたかっただけで――だって、あの子、身体中が傷ついて、ぼろぼろだった! なのに……っ」

「フウカ……」

「残念じゃが、見境すらなくなっているあやつに、話は通じん……直せるだけの技術も、ここにはない」

「クゥン、クゥーン……」


 フウカは大きく狼狽していて、カインの鼻を鳴らすような呼び掛けにも応じずすがりつくように画面を見つめているが、再び四つ足戦車の姿が映る事はなかった。


「……やはりワシがあやつを食い止める他、手立てはあるまい。そのために、少しばかり時間を稼いでくれると、助かるんじゃがのう……」

「待って……待ってよ!」


 フウカが振り向き、制止の声を上げる。


「長老さん……あの子の事を知ってるんじゃないの!? なのにそんな言い方……っ」

「え、そ、そうなの!?」


 ティムが驚くと、隣でワガハイがうなるような低い声で言う。


「……この船をメンテナンスし、なおかつ禁足の地としていたのは、長老、あなたでしょう。ならば当然、あの戦車に関しても知り得ているはず……違いますかな」


 全員の視線で串刺しにされた長老さんは、ちょっと居住まいの悪そうに身体を傾ける。


「むう……そう言われると困っちゃうのう」

「長老さん、教えてよ……あの子の事」

「知ってなんとする? 奴を止める手段でも思いつくというのか、フウカ」

「そんなの分かんないよ! でも……っ、何も知らないでいたら、そこで終わりだもん!」


 語気を強めて食い下がるフウカに、長老さんはそれ以上反駁するでもなく、あっさりと折れた風に、語り聞かせる口調になる。


「……あの災厄の日。突然にそれは襲って来た。地殻変動のような激しい地響き。空は割れ、河も蒸発し、星すら裂け……灼熱が大地を吹き荒れた。まさに天変地異じゃった」

「へ? でもそれって、今とは関係ない……」

「黙って静聴しろ、ティム。長老は往々にして婉曲な話題から始めて核心へ触れる事が多い。年寄りの長話と聞き流すなよ」

「聞こえとるぞい、誰がボケ老人じゃ……まぁそんな感じで、このアーヴェルは恐らく一度、滅んだ。悪夢そのものだったわい。ロボットは夢など見んのじゃがのう」

「なるほど、これまでに得られた資料とも合致している……やはり災厄とは大規模な自然災害を指していたという事ですな」

「いや……それは分からん。単なる自然の怒りというにはあまりにも――」


 長老さんはもの思わしげにうつむく。


「だとすると、長老さんも古い人達と一緒にいたって事だよね?」

「そうなるのう。じゃが、災厄の日前後の記憶はどうも曖昧でな……ともかく、その混乱の最中、古い人は皆、忽然といなくなった。どこでどうしているのか見当もつかんのじゃ……すまんのうフウカ」

「ううん……辛い出来事なのに、話してくれてありがとう、長老さん」

「そんな中、あの四足戦車は必死にこの船を守っていたのじゃ……たった一人で、ずっとな。ワシは何度もあやつを説得した。村へ来い、仲間がいるぞ、と。だのにこれといった効果はなく、近づくロボットはむしろ敵として排除しようとする……」

「だから、船の周囲は立ち入り禁止にした……んだね」


 長老さんは頷いた。長い期間、あの戦車とは接していたのだろう。悄然と背中をすぼめる様子からは、危険を承知した上でかけた幾度の説得が、全て挫折した事を物語っている。


「じゃから、あやつにはもう、言っても無駄というものよ。ここでひっそり、最後の時まで過ごさせてやるか、むしろこの手で、悲しい命を終わらせてやるくらいしか……」

「そんな……そんなのって……!」


 フウカが受け入れられない、とでもいうように頭を振った矢先、カインが少し離れた椅子に向かって吠え始めた。


「どうしたというのだ、カイン。む――これは……」


 カインが示しているのは、椅子の上に乱雑に置かれているトランシーバーだった。


「あ、これぼく知ってるよ。確かこの機械同士で、離れていてもお互いに話ができるんだったよね」

「よく覚えているじゃないか。その通りだ。数は三つ、四つ……人数分以上あるな。念のため持っておくか? 何があるか分からんし、備えはあった方がいい」


 すると、そのトランシーバーを眺めていたフウカが、急に目を見開いて身を乗り出す。


「あ、あの……あのね。わたし……作戦、思いついたかも……!」

「ほう……それはまことかのう?」

「ど、どんなのっ? 聞かせて聞かせて!」


 そうしてフウカがたどたどしくも説明した即興の計画は、囮を使って四つ足戦車を誘い込み、隔壁を下ろして閉じ込めるという内容だった。

 危険を避け、相手を隔離するという趣旨はただ戦うよりも成功率が高そうで、反対の声は上がらない。


「問題は……誰がこの、一番危険な囮役をやるか、だよね……?」

「そ、それじゃわたしが……わたしがやるよ!」


 どこか空元気みたいにやたらと意気込むフウカを、いや、とワガハイが遮る。


「その任務は合理的に見て我が輩とティム、カインが担おう。フウカ、お前はここで指令を出せ」

「ど、どうして……っ? わたしだって、これくらい……!」

「悪い事は言わん。無理をするな――まだ本調子でない上に、ひどい顔色をしているぞ」


 食い下がりかけていたフウカはワガハイの返しを受け、眉根を引きつらせて黙り込む、

 今のフウカには、体力的というより、精神面で相当の負荷がかかっているようだ。

 無理もない。元はといえば両親に会いたい一心で、たった一人危険な場所へ向かってしまうような、傷だらけの思いだったのだから――。


「ぼくなら安心して。壊れちゃっても類似の量産型ならたくさんいるし、フウカを一人にはしないよ」


 ティムが軽い調子で声をかけると、フウカはびくりと肩を震わせ。


「違うよ……そうじゃないよ、ティム」


 思わぬ返しにどきりとし、「え……」と声が漏れる。


「同じ形のロボットだから、全部同じだって言いたいの? 全然違うよ、ティム……」


 顔を上げたフウカの眼差しは、触れれば壊れてしまいそうな程に儚くも鮮烈で。


「わたしにとってのティムは、今ここにいるこの瞬間のティムだけなの。だから……そんな事言わないで? 自分の命を、大事にしてあげて……?」


 すがるように、諭すようにささやいたフウカは、よろめいて椅子へ座り込む。


「……分かったよ、フウカ。ぼく、ちょっと……無神経だったね」


 ティムは膝を折り、フウカと目線を同じにして、真剣に請け合った。


「ぼく達を信じて、フウカ。なんとかうまくやってみせる。……だからフウカも、しっかりサポートをお願い!」

「……うん」

「みんなで帰ろうよ、絶対に!」


 ティムに励まされるように、フウカが静かに頭を傾ける。

 双眸には依然として迷いの色をたたえながらも、毅然と全員を見回して、力強く告げた。


「わたしも、頑張るから……だってみんなで、家に帰るんだもん!」

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