十七話 拠点防衛用自律駆動型多脚戦車

「どうやら仲直りは済んだようだな」

「あっ、ワガハイ! カインも!」


 フウカに集中していて気づかなかったが、部屋のドア前にワガハイとカインがおり、こちらの様子を窺っていた。


「ま、この緊急時に変にこじれさせず、さっさと解決できて何よりだ。見直したぞティム」

「あ、あはは……」

「フウカも、具合はどうだ?」

「平気だよ。熱も引いてるし、身体もすっごく軽いもん!」


 ぴょんとベッドから跳ね降りたフウカは、子供用の白い患者衣姿だ。濡れたワンピースはワガハイの背中にしまい込んである。


「ワガハイも、カインも……本当にありがとね。わたし、何て言ったらいいか……」

「ワンワン!」

「別に、我が輩はやりたいようにやっているだけだ、湿っぽい礼などいらん。……それより、興味深いものが見つかった。こっちに来てくれ」


 案内されたのはメディカルセンター内にある休憩室の一つで、テーブルや自販機などが据えられているが、壁際には連絡用と思われる、一台のPC端末が置かれていた。

 その端末はすでに立ち上がっており、データベース内のファイルにカーソルが合わせられている。

 マウスを取ったワガハイは、端末を操作しながら口火を切った。


「この端末内に、船の乗員らしき者が記録した映像が残されていた。しかも、もっとも直近の録画日時は約50年前――災厄の日を直撃している」

「そんな……船の乗員って……まさか」


 ――古い人。口の中だけでフウカが呟く。

 ここにきてようやく辿り着いた、古い人に関する手がかり。

 それがもし、両親だったら。そうでなくても、失われた記憶を蘇らせる内容だったら。

 猛スピードで様々な思考が駆け巡っているのか、フウカはティムが心配になるほど呆然とした風情で立ち尽くしてしまっている。


「どうにかまともに見られるのはこのファイルだけだ。……どうする、フウカ?」

「ワガハイは……もう見たの?」

「……我が輩とて閲覧はしたいが、もしもお前の両親が残した映像であれば、まずお前が確認するのが筋だと考えただけだ。それに先ほども言ったが、この映像は災厄の日に撮られている。すなわち、ショッキングな内容の可能性が高い……覚悟が必要だぞ」


 それ以前に、50年前にフウカの両親がここにいたとしたら、その後どうなったのか。

 50年もの間、フウカをほったらかして今は何をしているのか。――そういった疑問にも、答えが出てしまうのかも知れない。

 いずれにせよ、この映像はフウカにとって、目的への一つの分岐点となるだろう。


「……見るよ」


「ふ、フウカ、本当にいいの……?」

「うん。……大丈夫。わたしにはみんながいるから。何があったって、大丈夫」


 そう繰り返すフウカの目線は固く、表情はこわばり――ティムはそれからはもう何も言わず、フウカに寄り添うようにした。

 ワガハイがエンターキーを押すと、映像は一旦暗転してから、再生される。

 まず映ったのは緑がかった画面で、保存状態が悪いのか時折ノイズが走っていた。

 映っているのはどこか部屋の中で、奥の壁には複雑そうなボタンの配置された端末が見え、そして手前中央には白いテーブル越しに、一人の痩せぎすの男が座っていた。


「この男が録画者か……? ――フウカ」


 ワガハイが物問いたげな視線を送るも、フウカは俯きがちで表情が見えない。けれど。


「違う……」

「違う?」

「……この人……お父さんじゃない」


 フウカが押し殺すように囁いた直後、映像の中の男が、低い声音で口を開いた。


『……避難も終わり、今は住民も皆落ち着いている。……この船旅が無事に終わる事を祈って、この媒体に記録を残そうと思う』


 男の年齢は三十半ばくらいだろうか。白衣を羽織り、目つきは険しく、睨むようにこちら――カメラの方を向いている。


『まずは――非常に気の滅入る作業だが――我々の置かれた現状を整理しておこう。このエンシェント・イヴ号には現在、船員、住民を含めた千二百一名もの人間が乗っている。他に乗せられたのは、暴走の危険がないコアを持たないドローンだけだ。……あの死線をくぐり抜けてこの最後の便にこれだけ乗船できたのは、かなりの僥倖と言わざるを得ない。願わくば宇宙港へ辿り着くまで、幸運が続いてくれる事を祈りたいものだ』


 男は鬱々としたため息を吐き、それから気を取り直すように首を振って続ける。


『一応、篭城に耐えうるだけの物資や食料は積み込めた。切り詰めれば一ヶ月は保つだろう……それでも彼らには大変な生活を強いる事になる。せめて女子供だけでも脱出させたいが。……戦力にも余裕はある。各種警備ドローンを主力として、拠点防衛用自律駆動型多脚戦車も配置している』

「きょてんぼうえいじりつくどー……?」

「下層で襲って来たあの戦車の事だろう。なるほど……元々は古い人の味方だったわけか」

『砲身に接続されたガトリング砲での制圧射撃と、イオンレーザー砲による広域攻撃を主軸としているが、レーザーにはクールタイムがあり、再び撃てるようになるまでは歩兵による援護が必須だそうだ。コアこそ持たないがAIも優秀で、この通信室から音声による指示を送れば従ってくれる』


 通信室、とフウカは映像を食い入るようにしながら、それだけ呟いた。


『軍にも余力などないというのに、これだけの兵器を提供してくれた彼らには足を向けて眠れないな――ああ、そうだ。俺達は昨日も眠れたし、明日も眠れるだろう……そして必ず、生きて朝を迎えて見せる……!』


 男は己へ言い聞かせるように片手で髪を掻きむしり、一呼吸置いてさらに言葉を紡ぐ。


『本星とも連絡がつかない。あり合わせの機器ではなく、やはり直接電波塔を経由しなければ通信も届かないようだ。……引き続き試行錯誤はしてみるが、望み薄だろうな』


 そこで男は端末に手を伸ばし、その一秒後に映像は消えた。

 どうやら記録したのはここまでらしい。


「まだ続きがあるぞ。この映像記録はこの一日目から、四日目まで続いている……時系列順に連続再生してみよう」


 ワガハイが次のファイル――二日目の映像を再生する。

 すると通信室に現れたのは先ほどの男で、顎には無精髭が生え、目の下には濃いクマができていた。


『……今日も生き延びる事ができた。だが、災厄は一向に沈静する気配を見せない。暴走したロボット達の襲撃も、まばらだがあった。おかげで船の損傷も、精神的な消耗も激しい……ルートを変更して、直接浜辺へ乗り付ける事になった』


 男は落ちくぼんだ目をテーブルに落とし、歯噛みしながらぶつぶつと話し続ける。


『――の安否が気に掛かる。あの人達もいまだ――に残り、俺達と同じように抗っているはずだ。それに、あの島にはガートルードがいる。あらゆる兵器を取り込んで接続でき、全てを同時かつ自在に操作できる――が誇る最強の拠点防衛用ロボットだ。――がいる限り、――達に危害は加えられない――だ』


 音声が一部飛んで聞き取れず、映像は途切れた。

 ワガハイが順次再生していくが、三日目の内容も、彼ら古い人々が何かに追い詰められていくというものばかりで、とても直視できたものではない。

 フウカに至ってはとうに青ざめ、疲れがぶり返して来たかのようにふらついている。


「フウカ、もう休んだ方が……」

「ううん、大丈夫……ここでやめたら、次にいつ見られるか分からないし。ワガハイ、お願い」

「ああ……といっても、この四日目が最後になるな」


 再生すると、一日目とは比べものにならないほど心身共に憔悴しきり、別人のように様変わりした死人のような顔色の男が、数秒間何も言わず虚空を見つめていた。


『……船は座礁し、二度と海には出られない。外では戦闘が続いているが、我々は絶対に屈しない』


 声量は囁きかけるような小ささで、ボリュームを上げなければ聞き取れなかったが、男の表情そのものはむしろ穏やかで、比較的落ち着いた雰囲気に見えた。


『……そうだ。これは人へ課せられた、未来に対する挑戦だ。我々に心がある限り、どこまでも生きあがいて見せる――!』


 眉間に皺を寄せ、何かを訴えるように、画面越しに見ている者を――ティム達へ向けて、じっと視線を注いでくる。

 しばしの沈黙の後、あっけなく映像は途切れた。

 後は黒い画面ばかりが残り、静まりかえるティム達の姿を映している。


「な、なんだか……怖いビデオだったね。古い人達の身に、何があったんだろう」

「災厄についての全容の解明には至らなかったが、何とも考察のしがいがあるな。古い人達は何らかの事件に巻き込まれていた。いなくなったのは多分それが原因だろう。しかし彼らは、ただの一人も痕跡を残さず、どこへ行ってしまったのだ……謎は尽きんな」


 この日以降も、どうなったのか。もはや推し量る他ないが、この船で目の当たりにした戦場跡のような惨状を鑑みるに、何もかも体よく運んだとは思えない。


「ねえ……知るべき事も終わったし、もうこの船を出よう? これ以上ここにいても、分かる事はないと思う」


 フウカが低く言って、ティムはかけるべき言葉に詰まった。

 元々は古い人の――両親を捜しに来た彼女にとって、ようやく発見したこの映像には、もっと考えるべき事や、知りたい事だってたくさんあるはずなのだ。

 なのに、そういった心境を抑えつけて、次の行動を提案している。

 意見そのものはもっともなのに、それはティム達の安全を案じたものか、それとも嫌な想像から逃れるためなのか、下を向いているフウカから感情は読み取れない。


「我が輩も賛成だ。だが、この映像媒体を外に持ち出すには時間も機材も足りない。そして次にこの船へ戻って来られる保証はない。……それでも構わないか?」


 一拍を置いてフウカは頷き、小声でワガハイに対して「ありがとう」と付け足した。


 三人がメディカルセンターを出るや否や、カインがうなり声を上げて飛び出し、目前にある吹き抜けを睨み付けた。


「どうしたの、カイン――まさか……!?」


 ティムもわたわたしながら駆け付け、手すりから下方を覗き込むと――。

 ……いた。四階層分を挟んだラウンジで、あの四つ足戦車が索敵するように歩き回っている。物陰一つ一つに丁寧にライトを浴びせ、敵がいないかを探っている感じだった。


「あそこを通らないと船から出られないよ……でもまたあの子と鉢合わせたら」

「あの無差別ぶりを思い出すに、完全に暴走している……次も問答無用だろうな」

「……なら、わたしがあの子と話せれば、もしかしたら……」

「ワンワン……!」


 カインは危険だ、とばかりにフウカの袖口を引っ張り、反対の姿勢を取っている。

 果たしてどうするべきなのか。ただちに身を引っ込めたために今の所隠れられているものの、あの四つ足戦車がうろついている状態で出口を目指すのはリスクが高い。

 立ち往生していると――奥の通路から何の前触れもなく、小さな影が現れた。


「やれやれ、やっと見つけたわい、おぬしら。ワシはもうグロッキーじゃぞ」

「あ……ちょ、長老さん……っ!」


 いきなり姿を現した長老さんに、びくりと跳び上がったティムが大声を上げかけると、長老さんは口元に指を立てて、静かにとジェスチャーで促してくる。


「むう、長老。どうして我々がここにいると……」

「なに、人の出入りを禁ずと言っているのに足を踏み入れた者がいる上に、この雨じゃ。真っ先に向かうべきはここかと踏んでのう」

「ご、ごめんなさい……」


 フウカがすまなそうにしゅんとすると、長老さんは小声で愉快そうに笑ってから。


「気にしておらんよ。それよりも皆無事であった事の方が嬉しいわい。……が、今は再会を喜ぶよりも、するべき事がありそうじゃな」

「そ、そうなんだよ長老さん。実は……」


 ティムがこれまでの出来事をかいつまんで説明すると、長老さんはうんうんと頷き。


「では、あやつはワシがなんとかしよう」


 手すりからラウンジを覗き込み、なんて事もないみたいに、しれっとそう言った。


「なんと……!? さすがは長老、あなたの手にかかればあのようなポンコツなどおちゃのこさいさいという訳ですかな」

「いや、そうでもないのじゃ。実は最近朝は辛いし、肩は凝るし膝がかくついて、老眼で痰も溜まってのう……」

「は……?」

「知らんのか? 古い人というのはこうやって体調不良をほのめかす事で、仕事をさぼったりしていたらしいぞい。――まぁ要するに、できない事もないが、簡単でもない、という所かの」


 再び、張り詰めた沈黙が落ちる。長老さんならばあるいは四つ足戦車に対抗できるのかも知れないが、それは同時に戦いという、無視できない大きな危険を伴うのだ。


(それでも、ぼくらが頼めばきっと、長老さんは向かってくれる……だ、だけど、本当にそれでいいのかな……全部頼りきりで、本当にそれで……?)


 何か自分にも、できる事はないのか――知らずうめくように頭を悩ませるティムだったが、その矢先、フウカが進み出た。


「ねぇ……通信室に行ってみない?」

「え……きゅ、急にどうしたの、フウカ?」

「あのね……さっきの映像の男の人が、あの子は通信室からの指示なら聞く、って言ってたから。だからわたし達もその部屋に行って、試してみようよ。もしうまくいけば、危ない事しないでなんとかできる、かも……」


 淀みない提言に、ティムは間の抜けた、そしてワガハイは感心したような声を漏らす。


「ふむ……一理あるな。少なくとも奴の側を強行突破するよりは、よほど……」

「ぼ、ぼくも、そっちの方がいいと思う。あの子ともできればケンカ、したくないし……」

「では、決まりじゃな。そういう事なら、通信室まではワシが案内しよう」


 長老さんが意見を纏め、ティム達は通信室を目指す事になった。

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