十六話 エンシェント・イヴ号

「中に入ったけど……何の音もしないね」


 ティム達は梯子を登って船内へと入り込み、素早く周囲を確認していた。

 ここは船底にほど近い機関室らしく、シリンダーやポンプのような機械が一面に配置されているものの、当然どれも駆動してはおらず、埃や砂をかぶっている。

 だがそれ以上に目を引いたのは、ルーム全体があまりにも荒れ果てている点だった。

 どこを向いても破損し、横転した機械。砕けた床や天井で埋まった瓦礫だらけ。

 足の踏み場もない程で、上の階からも崩落しているため見通しが狭く、おまけに光源のない暗闇が凝りその全貌を見渡す事はどだいできそうにない。


「何がどうしてこんな状態に……」


 言いかけたティムの前でワガハイが制止するように腕を上げ、しゃがみ込みながら何かを拾い上げる。


「これを見ろ」

「え……――こ、これって……!」


 ワガハイの手の中にあったのは、一発の空薬莢だった。

 ものも言えずに硬直するティムに、ワガハイが床を指し示すと、そちらにはさらに多くの空薬莢が転がり、近くの壁には弾痕らしき傷まで散見される。


「ど、どうしてこんなのが……こ、この船で何があったの……っ?」

「さあな……それにしても、ここは予想よりずっと危険そうだ。念のため、こういった戦闘の痕跡には注意しながら進もう」


 戦闘の痕跡。改めてそう口に出されると、途端に震えが這い登って来た。


「大丈夫、なのかな……ぼく、なんだか怖いよ。だってこの船には、そういう、銃……とか持った人がいるかも知れないんでしょ?」

「だとしても、怯むわけにはいかんだろう。――さっきから、弱って来ているのが分かるのだ……」


 ワガハイが自身の背中をちらりと見やる。


「怖いなどとはとても言ってられん」

「ワンワンッ!」


 カインがまた鼓舞するように吠え、ティムは拳を握り込みながら、目の光を瞬かせた。


「そ、そうだったね……行かないと。ごめん」

「気にするな」


 とはいえ、そこかしこに見られる弾や爆発による崩壊の跡、老朽化による荒廃の他には物音も、誰かしらの気配一つさえ感じられず、ティム達は湧き上がる恐怖を抑えつけながら、足早に進んでいく。

 突き当たりの長い階段を上がって下層部を抜けると、ドアを開けた先は客室の並ぶ廊下。

 床に敷かれた赤い絨毯は塵や泥が堆積して見る影もなく、両側の壁もところどころ崩れてぼろぼろな客室まで丸見えである。


「だけど、どのフロアに行けばフウカを治療できるのかな……?」

「まずはマップを探すぞ。船の全体図がはっきりすれば、医務室の位置も特定できるはず」


 ワガハイがそう言うや、少し先行していたカインが通路の奥で、吠え声を発した。


「カイン、何か見つけたのっ……?」


 駆け足で向かうと、カインは壁に向かって吠えている最中だった。


「壁――あ、あったぞ、船のマップだ! まさかこんなに簡単に見つかるとは……」

「お手柄だよ、カイン! これできっとフウカも助かるよ!」

「ワン!」


 ワガハイが紙媒体の地図をむしり取り、暗視モードの片眼鏡を近づけて確認する。


「医務室は四階デッキにあるようだな。……かなり上の方だ」


 メディカルセンターと割り振られているポイントは、船の中層部に当たる場所で、そこまで行くには数十メートルは上がらなければならないだろう。


「そんな……遠すぎるよ……!」

「四の五の言える局面ではないぞ。この分ではエレベーターにも頼れん、地道に階段を上がっていくしか――」

「……ワンッ!? ワンワン! グルルルルル……!」


 その矢先、唐突にカインが後方へ向き直り、姿勢を低くしてうなり声を上げた。


「か、カイン? どうしたの……っ?」


 まるで出会った時そのもののような警戒ぶりにティムは戸惑いながらも、ワガハイと揃って振り向いた、瞬間。

 轟音を上げて奥の通路の天井が崩壊し、その真上から何か、得体の知れない巨大な物体が降り注いで来た。

 船全体を揺るがすかのような激しい振動を張り上げ、大量の砂煙を巻き上げて現れたのは、一体の砲台のような戦車である。

 全身を灰色の装甲で固め、太く長く伸びた銃身には無数の銃口が円を描いて並び、中央部には一際黒々とした大口径が重心と狙いを定めるようにわずかに揺れている。

 胴体部位にセットされたライトは全てティム達へ向けられており、その体躯を支える直角に曲がった四つの脚が鈍い駆動音を響かせ、ゆっくりと前進を始めていた。


「な、なにあれ、ロボット? ぼく達の仲間……っ!?」

「にしては、仲良くしようという雰囲気は感じられんな。むしろ――」


 どう対応すべきかとたじろぐティム達の前で、歩く四つ足戦車の銃身から金属質で耳障りな起動音が発生し、並んだ無数の銃口が、次第に回転し始める。


「ワン! ワォーンッ!」

「な、なんかやばいよ! 逃げよう!」

「賛成だ!」


 ティム達は逃走を決断し、背を向けた刹那。

 重厚な破裂音が連続し、放たれた多数の弾丸が、こちらめがけて飛来して来た。

 恐るべき破壊が床を壁を天井を打ち砕き、弾痕を穿ちながらティム達を追跡する。

 初めは緩慢だった戦車の脚も猛スピードで動き、銃弾をばらまきながらまっしぐらに突進してくるのだ。


「なんで!? なんであの子こんな事するの!? こんな……あ、危な……っ」

「ええい、発砲音が大きすぎて何を言ってるのか聞こえんぞ!」


 こけつまろびつ走りつつも廊下の角を曲がるが、戦車も器用に曲がり角でカーブし、ほとんど速度を落とさずついて来て、変わらず何秒間に数百発もの弾丸を射撃している。

 しかもその時、より一層異様な駆動音が、銃身中央にある大口径からとどろき始めた。


「なんだ……奴の銃身が光ってるぞ……!?」

「で、でも銃撃は収まったよ! 今のうちに……」


 余裕ができ、一瞬だけ振り返ったティムは、絶句した。

 戦車の備える大口径の主砲に、何か、光る粒子のようなものが集まっている。

 それらはみるみる、目もくらむばかりに光量を強くして、今にも内側から破裂しそうで。


「――避けろッ!」


 ワガハイがティムを脇にある客室へ突き飛ばし、自らも反対側の通路へ逃げ込む。カインは床下にできた穴へと身を滑り込ませて。


 一秒後、戦車から柱のような極太レーザー砲が発射された。


 世界を染め上げる程のオレンジの光は実像を伴って廊下を一直線に貫き、船体の壁をやすやすと焼いて外へ飛び出し、それでもとどまらず浜辺の岩壁に風穴を開け、そのまま上空へと消えていった。




「メディカル、センター……あ、見つけた、ここだ! 電気がついてる!」


 間一髪、一命を取り留めたティム達は、その後なぜか動作を停止した戦車の目を盗んで下層部を脱出し、ラウンジにあるエレベーターを使って目的の中層部へと辿り着いていた。


「それにしても、エレベーターの時といい驚かされる事ばかりだな……まさか電源が生きているとは。誰かが定期的に点検や整備を行わなければこんな事はありえんはずだが」

「それならそれで都合がいいよ。機械が使えればフウカの治療だってうまくいくと思うし」


 と、ティム達のいるメディカルセンター受付に入ってくる小さな影。周辺の偵察に出向いていたカインだ。


「あ、カイン! ――大丈夫、怪我はない?」

「ワン!」

「どうだ? このフロアにあの四つ足戦車はいないか?」


 ワガハイの恐る恐るな質問に、カインは確信を込めて力強く吠えて応じたものである。


「大丈夫みたいだね……これで安心して入れそうだよ」

「治療中にあんなレーザー砲をぶち込まれてはかなわんからな……さあ、行くぞ」


 受付を抜けて、案内板を頼りに奥を目指す。このフロアは下層部と比べてもさほど破壊が及んでおらず、争った形跡もない。変わらないのは死んだような静かさだけだ。


「この病室が治療室に近いな。ここに運び込んで、ベッドにフウカを寝かせよう」

「その後は?」

「案内のマニュアルによれば、緊急の場合に備えて素人でも扱える医療キットが設置されているらしい。そいつを使えば我々でも古い人の治療は可能なはずだ。探すぞ」


 探しだし、ぐったりと身じろぎもしないフウカをまず着替えさせ、適切な薬剤を打って解毒し、点滴で栄養を補給し、額に濡れたタオルをかけて解熱しできる限り手当てする。

 しばらくするとフウカの呼吸は少しずつ規則正しいものに戻り、顔は赤らみながらも生気が戻って来た風に感じられた。


「フウカ、大丈夫かな……?」

「やれるだけはやった。センサーで確認しても調子は明らかに良くなっているし、峠は越えたと見るべきだろう。後は体力が回復すれば、目を覚ますはずだ」

「ほ、ほんと? ほんとに?」


 ワガハイの頷きを見たティムは、大きく息をつきながら安心して脱力し、崩れ落ちるように椅子へ座り込んだ。


「よ、良かったぁ……。フウカ、治るんだって、カイン。良かった、本当に良かったよぉ……っ」

「ワン!」

「ふん――おい、ティム。お前はフウカの側にいてやれ。我が輩はさっき休憩室で見つけた端末を調べて来る」

「う、うん。気をつけてね」

「ワンワンッ!」


 ワガハイにはカインもついていくようだ。

 二人が部屋を出て行き、座り込むティムと、額に濡れタオルを乗せたフウカだけが残される。

 どれくらい経っただろうか。ぼうっとフウカの寝顔を眺めていたティムは、その閉じられていたまぶたがぴくりと震えるのを見て、弾かれたみたいに身を乗り出した。


「ん……うぅ。……ティム……?」

「ふ、フウカ!? フウカ、ぼくだよ、ティム! 目を覚ましたんだね……っ!」


 フウカはまだ意識がはっきりしていないのか、その瞳は天井へ向いている。


「ティム……ごめんね」

「え、な、なに? なんで謝るの……?」

「わたし……一人で勝手に出て行って、みんなに迷惑かけた、よね……。ティム達が危ない目に遭ってるの、分かってたのに、身体が重くて、何もできなくて……」

「そんな……そんな事!」


 ティムはベッドの横で立ち尽くす。


「……悪いのは、ぼくだよ。フウカがどんなにお父さんとお母さんに会いたいか、本当の気持ちを分かってあげられなかった。ぼくには、そういう人達がいないから……」


 ごめんね、と繰り返すティムに、フウカは茫洋とした眼差しを送る。


「ぼく、何にも分かってなくて……どんなに励ましても慰めても、フウカはずっと寂しいままで……っ! 全部、全部ぼくが、もっと本気でやらなかったから……このままの楽しい日々が過ごせればいいって、そんな風にどこかで、満足なんかしてたから……!」


 フウカに合わせる顔がない。一緒にいてあげられる資格もない。

 自分なんかにできる事なんて、何もなかった――強い自責の念にかられ、拳を握り込む。

 そんなティムの指先に、フウカが無言で腕を伸ばし、柔らかい人差し指の先で、触れた。


「違うよ……」

「え……?」

「それは、違うよ。わたし、ずっとティムに、どうやってお礼を言えばいいのか、どうしたら恩返しとかできるのか、ずっと悩んでるんだよ……? 会った時から、今だって」


 気づくとフウカの目の焦点ははっきりとティムに合わさり、いつも見せるあの屈託のない、明るい微笑みがそこにあった。


「わたし……ティムの事、大好き」

「フウカ……」

「お父さんもお母さんもいなくても、わたしの帰る家は、ティムの家だから。――だから、一緒に帰ろう? 自分を責め続けて、悲しい事は、もう言わないで……」


 ティムは――優しく触れて来るフウカの手を、自分の手で守るようにくるみこんだ。


「……うん……絶対帰ろう! ワガハイもカインもダララロも、フウカとまた一緒に遊びたいって、そう思ってるはずだから……!」

「うん……。――ティム」

「なに……?」

「来てくれて……ありがとう」

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