第三章 十三話 飢えしガレクシャス
四季も生きた風も暖かい土も澄んだ海もない過酷な環境下で、数多くのロボットが生活を営み、幾多ものエリアを介して社会を形成している。
だが中には、社会媒体に属さず、己が力のみを恃みに生きる、無頼漢のような者達も存在する。
その筆頭がガレクシャスであった。力こそを自由と考える彼はあらゆる束縛を疎み、あてのない孤独な旅路を続けていた。
やがて、誰よりも強い力を備えるその力に魅せられた者達が寄り集まり、ある時は敵対し、ある時は従属を誓い、ガレクシャスは手足となる手下達を得るに至る。
付き従う者達は力が全てという哲学を体現するガレクシャスこそを頂点と敬い、恐れ、決して肩を並べる事はない。
支配者は一人でいい。群れの先頭を行く者は他者を寄せ付けぬ孤高。ガレクシャスもそれを当然の事柄と思っていた。
「ガレクシャス様。例のガキが数日前、出入りした場所はここですぜ」
その日、ガレクシャスは一味の者達を引き連れて、約一週間前にフウカ達が探索した工場地帯を訪れていた。
「中心部にあるドリルが回転し、その上で停止した……それ以外にこれといった変化は見当たらないな……」
「あ、あのガレクシャス様……本当にもう、大丈夫なんですかい?」
おずおずと質問してきた手下の一人へ、ガレクシャスは肩越しに鋭い視線を投げる。
「ひっ……い、いえ、ここ数日間、ガレクシャス様はフラッシュバックに悩まされておいでだったでしょう? だからその、つまりお体の方は……」
「……問題ない。それよりも、あのフラッシュバックの原因――それこそを、俺は探り当てねばならん。何をおいても、絶対にだ……」
答えるガレクシャスにどこまでも迷いはない。けれどもやはり、思い詰めたような気配を漂わせている事を、付き合いの長い手下達は感じ取っていた。
「そ、その原因って……あの、空から降ってきた、古い人のガキ――」
言いかけた手下を遮るようにガレクシャスは腕を上げ、分厚い金属外装に守られたその手を前方の、無機質に佇む管理人室の建物へ向けた。
「あれを見ろ。……ドアが開いている」
「そ、それがどうかしましたかい?」
「もっと以前、ここを探索した時は、あのドアは何をしても開く事はなかった。……何か気に掛かる。調べるぞ」
それだけ短く言って、ガレクシャスは建物内へ入っていく
壁には認証装置があるだけで、他に力ずくで破られた感じでもない。しかしその奥にはリノリウム張りの清潔な通路が伸びて、さらに突き当たりにはエレベーターが見えていた。
「やはり……これは奴の仕業なのか? だとするなら……」
「が、ガレクシャス様……?」
「……俺はこの奥を見て来る。お前らはここにいて、見張りをしろ」
それだけ言い置いて、ガレクシャスはドアをくぐり、ずんずん通路を突き進む。
突き当たりのエレベーターの電源は生きているようで、操作パネルを押せば、すんなり中へ乗る事ができた。
とりあえず最下層を選びはしたものの、エレベーターはいつまでも止まる様子がない。
駆動音と振動だけが鳴り響く小さな箱の中で、ガレクシャスはその時が来るのを、階層パネルを睨みながら待ち……。
「――ついたか……」
ようやく止まるエレベーター。そしてドアが開くなりただちに踏み出し、素早く辺りを探るように、警戒をしようとして――。
自らの降り立った場所がまったくの想定外だったように、ガレクシャスから呆然とした声が漏れる。
そこは、広大な大空洞だった。垂れ込める底なしの常闇。立ちこめる冷気を含んだ空気。
「工場地帯の、地下……のはずだが、ここまで地面を掘って、一体何を……?」
地下鉄や水路を作るにしては、深すぎて使い物になるはずもない。
それに壁や地面を観察すれば、大空洞はただ掘り抜かれただけで人の手は最低限にしか入っていないみたいだ。作業の途上だからなのか、それとも放り投げられて放置されているのか、この時点では見当も付かない。
「む……あちらに何かがある」
少し天井の低くなった奥の暗がりに、何やら白い建物を発見する。
それは掘っ立て小屋のようにも、神聖不可侵な祠のようにも見えた。ただ空洞の中にぽつんと存在しており、浮世離れした雰囲気が漂っている。
ガレクシャスはその小屋へと足を向ける。一見してサイズが大きいわけでも、広いわけでもないごく普通の建造物ではあるが、そんな代物がここにある事自体がすでに異常だ。 意識が張り詰め、何が起きても対応できるよう身構えて進む。
出入り口は正面に白いドアが一つ。鍵穴はなく、認証装置も見当たらないが――代わりに何か、パスワードを入力するような小型端末が一台だけ設置されていた。
「中に、何があるんだ……?」
ならば腕ずくで、と手をかけて開こうとするも、ドアというより建造物そのものが見かけよりもはるかに頑丈なのか、ガレクシャスの腕力をもってしてもびくともしなかった。
ますます興をそそられる――とそこで、建物の横手にある壁に小窓らしき枠があり、そこから羽目板をスライドさせれば、内部の様子が覗ける事に気がついた。
「まぁ、開く方法は後で考えればいい……それよりも」
意を決して開いた小窓へ顔を寄せ、建物内にあるものを把握しようとして。
瞬間。――『それ』を目の当たりにしてしまった。
「――な……!」
ガレクシャスは途方もない何かに貫かれたように、驚愕に身をこわばらせた。
この世に怖いものはない。自分よりも強いものは存在しない。
そう豪語していた事が、思考がストップするほどの衝撃に揺さぶられ、まるで塵みたいにかき消えていくかのような心地。
「こ、これ、は……なんだ……っ!?」
だけれどガレクシャスは、強者たる矜持も、手下達へ見せる威厳ある態度も、もはやどうでも良くなるほどの、半ば忘我の境地のまま。
一心不乱に、そこにある『それ』へ、意識も視線も……そして心さえ、縛られた――。
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