十一話 空回り


「あはは! この『ラーマの平日』って言う映画面白いねぇ!」


 真っ暗な中で広がる巨大なスクリーンには、白黒の画面の中で白いドレスを着た黒髪ツインテールの女性と平安貴族が丁々発止の掛け合いを繰り広げる様が映っている。

 最初に観光地として訪れたのは、ダララロによって修復が施された、映画館だった。

 ティムにとっては初めて見る映画で、めまぐるしく映像が移り変わる度に声を上げて興奮していたが、その隣の席に座るフウカは指を組み、瞳を煌めかせながら頬を染め。


「わたしもこんな素敵な恋がしてみたいなあ……」

「あっ! 男の人が空中大回転モンゴリアンチョップを女の人の延髄に! アクションシーン凝ってるなぁ……昔の古い人って凄かったんだ」

「ワンワンッ!」


 それぞれ見方は異なるものの、思い思いに映画を楽しんでいたが。


「恋愛映画なんて下らないアル。ラック・ボンドの新作『愛のサンパウロ』でも聴くヨ」

「あーっ! やめるだロ! 映画上映中に端末から大音量流すのは迷惑になるだロ!」

「はらしょー。はらしょー」

「止まれだロ! 上映中にスクリーン前でガソリンタンクの飲み比べ始めちゃダメだロ!」


 ……引率役ダララロは、ツアー客達が好き勝手に振る舞うのを注意するため、周章頭から煙を噴かせながら映画館中を奔走していた。


「楽しかったねぇ、映画。ぼくすごく感動しちゃった」

「でも、ダララロは忙しそうだったよね……わたし達以外に静かに座ってる人、ほとんどいなかったし」

「クーン……」


 上映が終わり、扉から出たエントランスでは、ダララロがぐったりと椅子に腰掛け休憩を取っている。


「だ、ダララロ、大丈夫?」

「大丈夫だロ……色々な村から人が来る以上、これくらいの混乱は想定済みだロ……気にしないで楽しんでってくれロ」


 その後館内を散策したティム達は、奥のゲームコーナーで、VR装置を見つけた。

 等間隔で居並んでいる透明なカプセルに入れば、意識だけを電脳世界に飛ばし、現実とは違うヴァーチャルな世界に没入できるとの事だ。


「へぇ……そんなのもあるんだね。あ、フウカ! これも古い人の作ったものみたいだし、使ってみたら過去の思い出が蘇ったりしないかな……!?」

「んー……でも年齢制限が書いてあるよ。十二歳以上だって……わたし、もっと大きくならなきゃ」

「そっかあ……残念」


 大人しく装置の使用を諦めたティム達だったが、その横ではまたまたトラブルが巻き起こっていた。


「イエース! ヴァーチャルリアリティ、ベリィグッド! ミーモレッツ・プレイネー!」

「あーっ! 何普通にカプセルの中入ってるだロ! ロボットは入っちゃダメって書いてあるだロ! 機械が壊れるだロ早く出――」


 ダララロと客達でもみ合っていたカプセルは派手に爆発し、一帯は破片と煙に包まれた。


「ワン!? ワンワンッ!?」

「だ、大丈夫だロ……見た目ほど損傷はないだロ……でもどっと疲れたロ……」


 早くも雲行きの怪しいツアーだが、とにもかくにも次の場所へ向かう事に。


「うおわああっ! すごい! なんだか見慣れない珍しいものが色々あるよフウカ!」

「うん、本がいっぱいある! 変な絵とか彫刻も! すっごぉ……っ!」


 やって来たのは博物館。歴史の資料、美術品、芸術品、その他様々な遺物や作品が展示されており、それらを前にしたティム達のテンションも頂点に達していた。


「ずっとずっと古い時代にいた生物、笑顔が素敵な『安竜』の骨格模型とかもすごい!」

「食べてもニコニコ、食べられてもニコニコ! うふふ、昔の時代は平和だったんだね~」

「逆に最新のPCとか、みんな古い人の作ったものなんだよね? ワガハイに見せたらきっと喜ぶよこれ!」

「でも手で触ったり、持ち出したらダメだよティム。世に二つとない品々ばかりなんだから! カインも食べたらダメだからね」

「ワ、ワンッ!?」


 安竜『メッチャタノシィサウルス』の模型に忍び寄っていたカインは、フウカに横目を投げられぴくっと足を止めた。


「そうだロダメだロ! みんなここで走ったり遊んだりしたらダメだロ!」


 一方ダララロは、ここでも好き好きに動き回るお客達の制止に追われていた。


「この模型固いアルか? ちょっと突いてみるアルヨ!」

「イエース! ミンナデパワーヲアワセルネー!」


 何人かで肩車して安竜模型に触ろうとしていたり、端末にある内蔵記録を無断コピーしようとしていたり、床を泥だらけにしていたり、展示物の持ち主達が見たら卒倒しそうな光景が繰り広げられている。


「せっかく災厄を逃れた貴重品ばかりなんだロ! 博物館ではお静かにだローッ!」


 結局、騒ぎが収まったのは客の人々がひとしきり観光を終え、興味が失せた頃だった。


「ダララロ……だ、大丈夫?」


 休憩時間。ティム達は博物館裏手の軒下で、うずくまっているダララロを見つけた。


「うう……何もかも予定通りにいかないだロ。なんでこんな目に……」

「あの人達、あんまり言う事聞いてくれないよね。ダララロの大事なツアーなのに……」

「いや、お客さん達は悪くないだロ。いけないのは、言葉や風習もまったく違う色々な人達が来る事を知っておきながら、その調査や勉強を怠った俺だロ……」

「ダララロ……」

「ツアーを盛り上げる事はもちろんでも、それ以上に、お客さん達がどうすれば気持ち良く、快適に過ごせるかを考えなきゃいけなかったロ……」


 ひとたび問題が起こればあれはダメこれはダメと頭ごなしに怒鳴り散らすばかりで、一行の空気もぴりぴりひりついている。

 こんなざまでは信用を得られず、到底最後までツアーをやり遂げられるはずがない――そうダララロは言っているのだ。


「そんな……あんな張り切ってたのに。やめちゃうの……?」

「このツアーを始めた時、長老さんはほどほどで良いと度々言ってたロ。なのに俺は、これで長老さんも俺を見直してくれるはずだロ! なんて思ってて……実際は全部空回りだったロ。役に立つどころか足を引っ張るだけで……俺はなんてバカなんだロ」


 ついに頭を抱え、しきりにうめき出すダララロ。

 ティムもカインも何も言えず、そんな彼をただ見下ろすしかなかったが。


「――そんな事ないよ」


 落ち着いた声色で口を開いたフウカに、ティム達の目は引きつけられた。


「確かに、ダララロは間違っちゃったかもしれない。でも、わたし達はとっても楽しかったよ!」

「ほ……ほんとか、フー子……?」


 うん! とフウカはにっこり答えた。


「だって映画館も、博物館も、すっごく良かったもん! あんなに楽しかったの、ここに来て初めてだったんだから!」

「フー子……」

「だからさ、もっともっと、色んな場所に連れて行って欲しいな! わたしもダララロのツアーが盛り上がるよう、お手伝いするから! だから、がんばろ? ね?」


 ぼくも、とティムも後押しされるみたいに、自然と言葉がついて出る。


「ぼくも同じ気持ちだよ! 面白い事も大変な事もひっくるめてさ、フウカも、カインも、ダララロも、お客さんも、みんながいるから楽しいって思えるんだ!」

「ワン! ワンワンッ! ワオオオーーーン!」


 みんな、とダララロはフウカ、ティム、カインを順番にじっと見つめ――。


「……分かっただロ!」


 決然とした表情の鳩を額から飛び出させ、はずみをつけて一気に立ち上がった。


「俺、もうちょっとだけ頑張ってみるだロ! だから……よろしくだロ!」


 ダララロが手を突き出すと、ティムとフウカはその上にそれぞれ手を重ね。


「うん!」

「よーし! 何としてもこのツアーを成功させるぞーっ!」

「ワンワン!」


 カインの吠え声とともに真上へ突き上げ、えいえいおーっと気合を入れ直したのだった。

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