十話 ダララロツアー

 暗闇の中に、こちらを呼ぶような言葉が響いていた。


「おぬし、ワシの声が聞こえるかの? 聞こえているなら返事をして欲しいのう」


 のほほんとした、マイペースな、それでもどこか、心地の良い声で。


「うーん……なんだロ? 誰だロ……?」


 誘われるままに、停止状態にあった視覚機能をオンにすると、目の前に立っていたのは、何だか丸っこい、白い髭をつけて杖を突いた小さなロボットだった。


「おや、応答があったわい。わざわざ捜しに来た甲斐があったというものじゃ」

「捜しに来た……誰を捜してたんだロ?」

「もちろん、おぬしの事じゃ」


 小さなロボットはにこやかに笑いながら、杖先でこちらを指し示す。


「……俺……ロ?」


 そうじゃ、とロボットは頷き、あたりへ視線を振るように送る。


「せっかく目を覚ました事じゃし、ずっとここに一人でいたら、退屈ではないか?」


 言われてみれば、この場にいるのは自分達二人だけで、後はとても静かなものだ。

 静かで、冷たくて、暗い。体温を感じる事などないのに、なぜか寒々とした心地になり、無意識に身じろぎしてしまう。


「た、退屈というか……怖いロ。俺、ずっとこのままなのかロ?」

「嫌かの?」

「嫌だロ!」


 だったら、とロボットはからりと笑う。


「ワシと一緒に来んか?」

「どこへだロ……?」

「もっと人のいっぱいいる、騒がしくて賑やかな場所じゃ。少なくとも退屈はせんわい」

「……行ってみたいだロ。でも……」


 ここよりもずっと、寂しくない所があるなら行ってみたい。――けれど。


「俺……自信ないだロ。……俺なんかが、役に立てるか分からないだロ」

「ふむ……それは違うぞい」

「え……?」


 やんわりと否定されて、思わず顔を上げると。


「不要なものなどおらん」


 ロボットは何かを懐かしむように目を上げて、独白のような口調で、はっきり言った。


「どんな者にも何かを成すだけの力がある。だからこそ生み出された。例え自信がなくとも、成そうとするだけの意志があれば、その力もおのずとついてくるものじゃ」


 目線を下げて、再びこちらを見据える。


「おぬしはどうかの」

「俺……ロ?」

「おぬしには、まだ――何かをしようという気概が、その意思が残っているのか?」


 その問いに応じようとするかのようにひとりでに半身が持ち上がり、勝手に額から鳩のおもちゃが飛び出す。


「俺……俺は、やりたい事があるだロ!」


 今度は真正面からロボットを見返して、強く頷いた。


「俺は多分、手先が器用だった気がするから、いっぱいみんなを楽しませてみたいだロ! 一人になるのは……嫌だロ!」


 記憶領域をかすめる、おぼろげな映像。どこか船の一室で、自分は多くの人々に囲まれ、色々な手品や遊びを披露し、笑顔を向けられていつもいつも楽しかった。

 失いたくない。あの頃に戻りたい。そのためにまだ、歩き出せるなら。

 ふむ、とロボットは鼻を鳴らし。


「おぬし……名前は?」

「……名前?」

「なんじゃ、中途半端に記憶が残っとるような割に、それは忘れてしもうたんか。まあ良かろう。名前がないなら、ワシがつけてやるわい」


 ロボットは穴の空くほどこちらを眺め、何事か小声で呟きながら頭を捻り、やがて。


「そーじゃのー……ベロが突き出て、ロロロロうるさいので、ダララロなんかどうじゃ?」

「ど、どうと言われても……分かんないだロ」

「なら決まりじゃ。ふっ、さすがはワシのネーミングセンス、今日も冴えとるわい……」


 さあ、とロボットが振り返り、闇に覆われた空間の奥を指し示す。


「出口はこっちじゃ。しっかりついてくるが良いぞ」

「……そういうあんたの名前は何だロ?」

「ワシか? ワシは長老じゃ。敬意と愛情を込めてさんをつけるのじゃぞ」


 長老――神妙に反芻するダララロを置いて、長老さんはとっとこ歩き出している。


「わわっ、待っ、待ってくれだロ~長老さん~っ!」


 ダララロはこけつまろびつ、その後を追っていくのだった。




 料理ができるようになってから一週間ほどが経過し、ティムとフウカ、カインの三人はシュシガーデンを訪れていた。


「シュシ~、遊びに来たよーっ!」

「ワンワンッ!」

「あ……、フウカに、ティム、カイン……よく来た、歓迎する」


 途切れ途切れの言葉遣いながらも、半身だけで振り返ったシュシが軽く手を上げ、小走りに入って来たティム達に挨拶する。


「急にゴメンね。ぼく達、種の様子が気になってさ……」


 種まきや水やりなどの栽培、経過観察はシュシが買って出てくれたので任せ、暇を見て顔を出したのである。


「グッド、タイミングだ。ちょうど、芽が出てる」

「ほ、ほんと!? 見せて見せて!」


 指を胸の前で組み、カインと一緒にぴょんぴょん飛び跳ねるフウカに、シュシはゆったりと横へずれて――。

 その奥に、瑞々しい新芽が生えた緑の絨毯が、整えられた畑一面に広がっていた。


「わあ……! うわあ~~~っ! 芽! 芽が出てるよ! かわいーいっ!」


 フウカはたちまち黄色い歓声を上げ、新芽達の前へ飛びつき、ちょこんとした葉っぱを撫でてみたり、声をかけてみたり、匂いを嗅いだり、思う様喜びを表現している。


「ワンッワンッ! ワンワフ……ワオーン!!」


 毒々しい空と金属ばかりのこの星にはそぐわない、澄んだ色合いの燦然とした自然が、ここに芽生えていた。


「俺、このままこの芽を、育てる。そうすれば、きっと花、咲く」

「うん、咲くよ! 色んなお花が、絶対咲いて……わたし、すっごく楽しみだよ! シュシ、ありがとね……って、あれ?」


 顔を上げたフウカは、次の瞬間きょとんとしたみたいにドームの各所へ目線を投げ、あーっと叫びながら指差した。


「あ、あれ! あれなに!?」

「ワンッ!?」


 それは鉄の棒に、細かく切り取った金属部品や残骸を組み立てて張り付けられ、例えるなら人型ロボットのようだった。

 とはいえその人型はただ突っ立っているだけで身じろぎもせず、どちらかといえば。


「……人形……? ううん、カカシ――カカシだよね、これっ!?」

「やっと、気づいた。あれも、俺の自信作」


 カカシは大きなものが二つ、小さなものが一つあり、そのフォルムや、頭の部分に描かれた笑顔の似顔絵には見覚えがあった。


「もしかしてさ……あれのモデルって、ぼく達?」

「大当たり。花の育て方、勉強してた時に、思いついた……カラスはいない、けど」


 もし表情があれば、にっこりと微笑んでいただろう――そう思えるほどにシュシは優しく首を傾け、お手製のカカシに指先で触れて。


「ティム、ワガハイ、フウカ、……みんな、大切」




 村の広場まで戻って来ると、何やら人だかりができていた。


「なんだろう……朝はこんな事なかったよね?」

「ワン……?」

「……あっ、見て! 輪の中心にいるのって……ダララロじゃない!?」


 指で示したティムの身体にフウカはよじ登り、肩越しに目をすがめて確認している。


「ツアーに参加されるお客さんがたは、この指とーまれ! ――ってそんなわけないだロ! この用紙にサインするだロ!」


 人混みに囲まれながら、ダララロが音頭を取るようにはしっこく動き回り、何らかの活動を行っているらしかった。


「む!? そこにいるのはティムとカインと……フー子だロ!?」

「フウカだよう」


 近くまでやって来たダララロに出会い頭に名前を間違われ、フウカは口を尖らせている。


「ダララロ、こんな所で何やってるの? お店の手伝いは?」

「今日は休みだロ! それよりやらなきゃいけない大事な仕事があるだロ!」

「大事な仕事って……?」

「ずばり、ダララロツアーだロ!」


 ダララロが今度は上空めがけて腕を突き上げると、周りに集まっている人々も一斉にノリ良く歓声を上げる。その勢いにティムはたじろいだ。


「だ、ダララロツアーって……なに?」

「他の村から人を招いて、ニホン村を観光してもらう事だロ! ニホン村にはたくさんの観光ポイントがあるだロ、お客の皆さんにも楽しんでもらえるはずだロ!」

「ほわあ……そんな事してたんだ。ぼく、全然気づかなかった」

「十年前から定期的に開催してるだロ! ティムは趣味以外の事に興味なさすぎだロ!」


 びしっと指を突きつけられ、ティムは恐縮してしまう。

 なるほど言われてみれば、集まっているのは赤いインナーに青いジャケット、背中に星条旗のイラストを張り付けた二本足の馬型ロボットだったり、厚い毛皮のコートやマフラー、手袋を着込んだ熊型ロボットだったり、チャイナ服を着た白い猫型ロボットだったり、チェック柄のカラフルな民族衣装を着た鳥型ロボットだったりと、顔ぶれも多種多様だ。


「でも、どうしてダララロはそのツアーをしているの? お仕事を休んでまで……」

「それは……このニホン村と、長老さんのためだロ!」


 フウカの問いかけに、ダララロは額から鳩を出しながら、ぐっと胸を張る。


「長老さんはいつも村のみんなのために、遅くまで働いているだロ……だから俺も、時間ができ次第お手伝いしてただロ」

「そっか……ダララロ、長老さんの事好きだもんね」

「すごい人だロ、尊敬してるだロ! それで、少しでも力になれればいいと思っていたけど……」


 ダララロはちょっぴり肩を落とす。


「頑張りすぎて倒れちゃって……お見舞いに来てくれた長老さんに言われたロ」


 ――お前さんはお前さんにできる事をしたらええ。無理をした所でワシも、村のみんなも喜ばんからのう。


「だからベッドの上でずっと考えてたロ……俺に得意な事で、村のためにできる事を!」

「それが……ダララロツアーなの?」

「俺はしょっちゅう注文の品を間違えるし、怒ると料理をぶん投げるし、テーブルや椅子もよく壊すだロ……そんな俺にできる事って言ったら、頭をひねってみんなを楽しませる事くらいだロ!」


 言葉通りにダララロが首を真横に倒すと、シルクハットがずり落ちそうになり慌てて手で戻す。


「それに、今までは一つの村の人々のみでのツアーだったけど、今回は色々な村の人達を一斉に招いて一大ツアーを敢行するだロ!」


 ツアーに随従する客は、おおよそ見積もっても二十人以上はいる。それでこうも混雑した盛り上がりを見せているわけだ。


「もっとニホン村を知ってもらって盛り立てて、長老さんの役に立ちたいだロ! それが拾ってもらった恩を返す事だロ!」


 得心したティムは、次にフウカが発した台詞に、ぎょっとする羽目になった。


「――それ! ダララロツアー! わたしも参加したい!」

「うぇええぇっ!? ふっ、フウカ、本気なの!?」

「ワウン!?」

「だってなんだか楽しそうなんだもん。ねえダララロ、いいでしょ? 連れてって連れてって!」

「ロ、ロー~~……? ま、まぁニホン村の住人がツアーに参加しちゃいけないって規定はなかったロ……」


 ごにょごにょと漏らしたダララロは、断る理由を思いついたみたいにフウカを指差す。


「で、でもフー子は古い人だロ! 俺はまだフー子の事を認めてるわけじゃないだロ! だから参加させても迷惑になるだロ!」

「……めい、わく……」


 フウカはそれまでの威勢が嘘みたいに黙り込み、ぽつりとおうむ返しに呟くと、砂色の髪を落としてうなだれ――。


「じゃあ、ぼくも行くよ」


 にわかにティムが発した言葉に、フウカもダララロも飛び上がるように視線を向けた。


「ぼく、ニホン村の住人だし……フウカの事はぼくが見てるから、ダララロは安心してツアーに集中しなよ。それなら、問題ないでしょ?」

「そ、それは……」

「ワンワンッ!」


 自分もいるぞ、と主張するようにカインも吠え立て、ダララロはしばし悩むようにして。


「えーい、負けたロ! フー子と一緒に参加でいいだロ! この用紙に名前書くだロ!」

「……だってさ、フウカ。良かったね」


 用紙の束を受け取ったティムが、一枚をフウカへ手渡しながら話しかける。


「い、いいの、ティム、カイン……? 二人とも、来てくれるの?」

「うん! フウカの言う通り、とっても楽しそうだし……ダララロも張り切りすぎてるみたいでちょっと心配だし、何より――」

「何より……?」

「このツアーで各地を巡れば、お父さんとお母さんの事も何か分かるかもでしょ?」


 ティムが力を込めてそう言うと、フウカは意表を突かれたみたいに目を見開いてから。


「うん……うん!」


 ペンを口にくわえて自分の名前を記入しているカインをしゃがみ込んで撫でながら、屈託のない微笑みを向けた。


「いつも、いつもありがとね……二人とも!」

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