八話 白鉄騎士団のアイアンホワイト

 宇宙港、通称『港』は、災厄の後にも関わらず他の施設と比較しても損耗や荒廃が浅い部類であり、そこに手を加えて人々が集まれるようにした、交通の要所である。

 港前広場は集落の大通りにも負けない程の人でごった返しており、賑わいの中には他の村出身である見慣れない服装の人々もちらほら混じっていた。


「様々な物資を搬入、保存できる巨大倉庫。発電所や整備室といった作業施設、及び徹底した治安警備、サービスの充実ぶりから遠方各所からも人がやってくるため、ちょっとした村と呼んで差し支えないな」

「へえ……すっごぉ……!」

「ワンワン! ワフ……!」


 ワガハイの解説を聞きながらフウカは興奮し、カインとともに忙しく左右に目を走らせながらうずうずと足踏みをしている。

 長旅の後で休息しているグループ、たまたま寄り集った面々で談笑するグループ、友人同士で待ち合わせていたグループと、局地的な混み具合で言えばティム達の集落以上であり、フウカも空腹さえなければ、好奇心のまま駆け出して行ってしまった事だろう。


「とにかく人の行き来が多いから、ぼく達から離れないようにね、フウカ」

「うん……っ」


 熱気と喧噪を縫うように進むと、遠くの方にメインゲートが見えてくる。


「あの先はターミナルで、エントランスを抜ければ宇宙船の発着場にも行けるのだ」

「宇宙船……あるの!? 宇宙に行ける!?」

「あいにくと、まともに使える船は一隻たりとも残ってない。全て修復不可能なまでに破壊され、おまけに有害物質で汚染されている……かといって今の我々に、新しい船を作る必要性もないしな」

「そうなの……残念」

「フウカ、宇宙船好きなんだ?」

「っていうかわたし、宇宙が好きなの。空から星を見下ろしたり、逆に星々を見上げたり……そういうのって、とってもロマンチックな気持ちになるんだよ」

「そっか……ぼくもお星様は好きだから、気持ちは分かるなぁ」

「クゥーン……」

「……その口ぶりだと、過去に宇宙を旅したように聞こえるぞ、フウカ。まさか記憶が戻ったのか?」

「宇宙船って聞いたら、ふと頭の中に景色が蘇って……わたし、宇宙船に乗ってたし、記憶喪失になる前は、そんな思い出があったのかな……分かんないや」


 しおれたように頭を垂れるフウカ。ティムやカインが声をかけても、反応は鈍い。

 一刻も早く何か食べさせなくては。ティムが広場を見渡すと、ちょうどコンテナの置いてある場所に列が並んでおり、先頭には昨日も目にした純白のロボットが立っていた。


「あ、アイアンホワイト!」


 ティムが思わず叫ぶと、列を成す人々に物資の配給を行っていたアイアンホワイトがちらりと視線を寄越し、隣にいた部下数人に何か言い置くと、歩み寄って来た。


「この人……わたし、見た事あるよ。確か昨日……」

「奴が白鉄騎士団のアイアンホワイトだ。白鉄騎士団は各地を巡って治安を守ったり、時には要請に応じて要人や施設を警護もする。こいつの管轄はこの宇宙港、というわけだ」


 ワガハイが説明する間に、目の前までやって来るアイアンホワイト。

 その佇まいは腰に帯びた重厚な大剣もあいまって自信と覇気に満ち、鋭利な眼光と一点の曇りもない白き甲冑がまぶしく、風を受けた青いマントがはためいている。


「君達は……ティムとワガハイ、だな?」

「あれ、名前知られちゃってる……?」

「ニホン村でも指折りの有名人と聞いている。風の噂で耳には入ってくるものだ」

「あはは……きっと変な意味で伝わっちゃってるよ。ねえワガハイ?」

「そ、そんなわけがないだろう。我が輩は学究の徒として日頃から品行方正にだな……」


 そして、とアイアンホワイトの目線が、フウカの方へ降りて行く。


「そちらの君は、フウカだな。昨日は色々と慌ただしく、ろくに挨拶もできなかった。私はアイアンホワイト。白鉄騎士団の長などを務めている」

「う、うん……よろしく。こっちはカインだよ」

「ワン!」

「晴れてニホン村に参入した事は長老から聞いている。まずはおめでとうと言っておこう」

「ありがと……」

「だが、私にも平和を守るという役目がある」


 アイアンホワイトはきっぱりと言った。


「君は古い人の上に、記憶喪失だそうだな? 得体の知れない存在はいたずらに混乱を招きかねない。よって、これからもその動向は見張らせてもらうぞ」

「ちょっとアイアンホワイト、そんな言い方って……」

「ワンワン!」


 フウカの自責の念を知っているだけに、さすがに口を挟んだティムだったが、それよりも先にワガハイが進み出て。


「その代わり、またぞろガレクシャスがちょっかい出してきたら守れよ。昨日だって、本来なら真っ先にお前達が来るべき事件だったんだぞ」

「それについては申し訳ない。ガレクシャスについてももちろんだ。奴の行方は私達も追っている……フウカが正式に村の一員となった以上、その魔手を伸ばすならば食い止めねばならないからな」

「やれやれ……聞いたかフウカ? こういう生真面目な奴なんだよ。頭が固いのか柔らかいのか分からんが、怖い相手じゃない」

「ワガハイ……うん、ありがとう。それに……」


 会話が途切れたのを見計らい、アイアンホワイトの元に人々が集まってくる。

 行方知れずになった誰それを捜して欲しい、この先の橋が崩れているので調査を手伝って欲しい、荷物運びに人手を貸して欲しい、暇なので話相手になって欲しい、などと瞬く間に包囲され、一斉に話しかけられている状態だ。


「まあ、待ってくれ。一つずつ解決していこう。君達は一人じゃない。このアイアンホワイトがいつでもついている……」


 そんなアイアンホワイトは戸惑った風もなく落ち着いて対応しており、フウカは肩の力を抜くように息を吐いて。


「……わたし、アイアンホワイトさんの事、かっこいいと思うよ。あんなにみんなに頼られちゃって……すごいよね!」

「人気者なのは間違いないからな。本人は否定するだろうが……まったく」

「アイアンホワイトさんとも、もっふぉお話しぇれみぇらい……」


 意見を述べるフウカの呂律はもはや回っておらず、おまけにここでまたお腹がぐうううと主張し、ティムは慌てた。


「――そっ、そうだよアイアンホワイト! 実は急ぎの用事があってさ……」

「何事だ? 私の力の及ぶ事柄ならば手を貸そう」

「ご飯ちょうだい!」


 ティムのすっとんきょうな要求に、どっしり待ち構えていたアイアンホワイトは、代わってワガハイが説明するまで、首を傾げる羽目になった。


「……なるほど、どうにもゆゆしき事態のようだな」

「おなかすいて、わたしもう動けないかも……ティム、ワガハイ、カイン、ごめんね……」

「ワッワン!?」

「おおお願いアイアンホワイト、一刻を争うんだよぉっ! 急がないとフウカがっ……」

「古い人用の食品なら、倉庫の奥に保管してある。とはいえ先の災厄でほとんどは破壊され、残っているのもさほどの種類や量はないが……」

「今はこいつの空腹を満たすのが先決だ。なんでもいいから案内してくれ」


 アイアンホワイトに先導され、ワガハイ、カイン、そしてぐったりしているフウカを両腕で抱えたティムが続く。

 エントランスを抜けて通路へ入り、そこからいくつかのフロアを抜けてやって来たのは、広場に勝るとも劣らない規模の、照明の明るい巨大な空間であった。

 その部屋にはナンバー分けされた倉庫がびっしり並んでおり、フロアを警備していた騎士団員にアイアンホワイトが事情を告げると、一番奥にある倉庫の一つを開けてくれる。


「ここだ。望みのものがあるか、確認してみて欲しい」


 アイアンホワイトの言葉を受け、ティム達はおっかなびっくり踏み込んで行く。

 中はひんやりとした空気と、白いボックスと黒いボックスが両側に分けて積み重ねられていた。

 アイアンホワイトの話によれば、白いボックスは冷蔵庫であるらしい。とはいえ災厄の時代に一度電気も水道も使い物にならなくなったため、食料は全滅したとの事。


「クンクン……ワンワン!」

「黒いボックスの方にまだ保存食が残ってるんだね……どれどれ」


 ティムが手頃なボックスを持ち上げて床に下ろし、音を立てて開けてみると。


「うわあ……なんか缶詰が色々入ってる!」

「こっちは乾パンや、腐らない原料を使った菓子類だな。コンビーフやツナ缶、コーン缶、グリーンピース缶……野菜や魚類も揃っているようだ」

「色々あるんだねぇ~」


 ワガハイが缶詰の一つを取り上げ、軽く振ってみせる。


「古い人が開発した薬品を混ぜて育った肉、野菜、魚類を、特殊な技術で加工した上で保温、保湿、冷凍効果を備える缶にパッケージ。過去にはたった数年でダメになる食品ばかりだったが、この技術が導入されてからは飛躍的に消費期限が延び、また効率的に栄養を摂取できるようになった事から、古い人達の寿命も大幅に長くなっていたとか」

「もぐもぐもぐもぐ! ぱくぱくぱくぱくっ……!」


 ワガハイが解説し終わらない内に、フウカはティムの開けてあげた缶をひっ掴み、顔を突っ込むみたいにして貪っている。


「おかわり!」

「う、うん……すごい食べっぷりだね、フウカ……」

「むしゃくしゃぐちゃごちゃもぐごくっ……むぐぐぐぐぐぐく~!」

「ワンワン! ワンワンワン!」

「あっ、フウカが突然首を抑え、苦しげに胸を叩いているよ! 何してるんだろうね、カイン。あっ、きっと喉を詰まらせたんじゃないかなあ、どう思う、ワガハイ?」

「そりゃあ、古い人の食道は細いからな。ちょっとした事で詰まらせる。また、加齢で各消化器官は衰えていき、様々な食料改革、加工技術の発展が起きても、喉を詰まらせて死亡する例だけは減る事がなかったそうだ」

「そうなんだ……怖いね。あっ、フウカの顔色がおかしいよ! あんまり見た事ない色だなあ、いきなりどうしちゃったんだろう」

「それはだな、血流が――」

「おい、お前達何をぼんやり見ている! 死ぬぞ! 早く水を渡せ!」


 ついに見かねたアイアンホワイトがミネラルウォーターのボトルを引っ張り出してフウカに渡すと、フウカは容器ごと喉へ押し込む勢いで飲んで詰まったものをやっと流し込む。


「大丈夫だったか? フウカ?」

「う、うん……アイアンホワイトさん、ありがとう」

「そっか……喉を詰まらせた時は、水を渡せば良かったんだ! ご、ごめんねフウカ。ぼくよく分からなくって……」

「普通我々の機器や装置内に何か詰まった時は、奥へ流し込むのではなくかき出すのが常だからな。水を渡すという発想には中々ならん。それはそれとして、確かに解説している場合ではなかったようだ。我が輩とした事が、すまん……」


 カインもフウカの周囲をグルグル回り、時たま面目なさそうに鳴いている。


「ううん、いいよみんな。だって古い人と接するのは初めてなんだもんね。わたしだってカインやティムが危なかった時、どうすればいいか分からなかったもん。だからおあいこだし……その分一緒にいて、これからわかり合っていけばいいから」


 落ち込むティムとワガハイの手をフウカはそれぞれ握り、微笑みかけた。

 ――そんな少女とロボット達の情景を、アイアンホワイトはミネラルウォーターのボトルを戻しながら、静かに視線を注いでいるのだった。


「それで、どうフウカ? 元気になった?」

「……うーん……むむむ……」

「ワン? ウー……?」


 人心地ついたフウカの顔色は良く、体調も好転したには違いないのだが、どことなく表情がこわばっている風である。


「無理もあるまい。古い人というものはただ栄養を摂取して腹が膨れればいいというものではないのだ。できれば新鮮な食材を使ってちゃんと料理したものが望ましいな」

「料理かあ……そうかわかった! 酒場で出るプログラムパスタとかそういうのでしょ!」

「う、うーむ。少し違うような……」

「でもワガハイもよく知ってるよね。まるで人間博士だ」

「せめて栄養管理士と呼べ。――実際どこで料理をする? ティムの家にはガスコンロも調理器具もないだろう。他に知り合いのつてもない。まぁ我が輩の家なら、どれも揃ってはいるが……」

「じゃあワガハイの家で!」

「図々しいなおい!」


 ティムとワガハイの応酬に、フウカは楽しそうにくすくす笑う。


「……ここにある食料品は好きなだけ持っていって構わない」

「い、いいのアイアンホワイトっ?」

「人々の暮らしの助けとなり、秩序を維持するのが我らの役目だ。加えて現状、古い人用の食料があるのはここくらいだろう。これからも遠慮せず立ち寄ってくれ」


 アイアンホワイトの鷹揚な言葉に、フウカは表情をほころばせた。


「ありがとう、アイアンホワイトさん!」


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