六話 カイン

「おい、お前達! これはどういう事だ!」


 一方、置いてけぼりにされていたワガハイが足音荒く近づいて来て、憤然と問い詰めてくる。


「わたしよくわかんない」


 涙を拭い、ある程度落ち着いたらしいフウカは、いまだ赤みがかったままの顔をワガハイへ向け、純粋無垢そのものといった目顔で見返し。


「ぼくもよくわかんない」


 ティムもぽけーっと目のランプを瞬かせ、現状を伝えて。


「お、お前達なぁ……!」


 ワガハイは処置なしとばかりにバリバリと頭を掻き、腕組みをして穴の方を一瞥する。


「……とにかく、詳しい話は後だ。今はあのドリルを止めるぞ」

「はーい」


 素直に頷き、ティム達は手分けしてドリルの操作盤を探しだし、ひっきりなしに続いていた恐ろしい掘削音をようやく停止させた。

 一段落ついた一行は、再びフウカとティムの身に起きた事態を議題に取り上げる。


「つまり、娘。あの光についてはまるで心当たりがない、というわけだな?」

「うん……わたし、自分が光ってたっていうのにも気がついてなかったし……みんなに言われるまで」

「もう一度光って見せられんのか?」

「む、むりだよう……」

「あの~……ぼくも同じ。びっくりするので精一杯だったから、特になんにも……」

「……まったく! 古い人の関わる超常現象に居合わせられたというのに、収穫がろくにないとは!」


 憤懣やるかたない、とワガハイは神経質そうにうろうろして見せたが――ふいに足を止め、ちらりとこちらへ視線を送り。


「とはいえ、まぁ……ティムが無事で、コアも傷ついていない風なのは、僥倖だったがな」


 コア、とフウカが首を傾げると、ワガハイは講釈モードでくどくどと説明し始める。


「古い人風に言えば、心臓のようなものだ。我々の動力を司り、普段は装甲奥深くに守られている。これがある限り、身体への多少の破損は修理が間に合う」

「こんなのだよ」


 ティムが前面の装甲を開いて見せる。

 胸部の中心には幾何学模様の刻まれた、深い藍色に煌めく宝玉が装着されており、フウカがおおーと目を丸くして覗き込む。


「綺麗……みんなに、このコアがくっついてるの?」

「くっついてるの。くっついてない子もいるけど」

「すっごぉ……何でできてるんだろ? なんでちょっと光ってるんだろ? さ、触ってみたい嗅いでみたい舐めてみたい……」

「やめんか、デリケートな代物だと説明したばかりだろう。ティムも赤の他人にそうそう見せびらかすんじゃない、羞恥しろ」

「でもフウカは、命の恩人だから……」

「とにかく、少しの傷ならばまだしも、あまりに大きく壊れたコアは専門の技師でも修理は不可能。そうなると、我々に備わるあらゆる機能はもはや諦めて停止するしかない」

「停止……」


 フウカが小さく息を呑む。


「……死んじゃうって……事?」

「そだよ。死んじゃったら解体されて、他のパーツとか、エネルギー源に再利用されるんだっけ、ワガハイ」

「そ、そんなの……!」


 フウカはショックを受けたみたいにおののき、目を見開いてティムを見つめている。


「わ、わたし……もうちょっとでティムがそんな……! うぅっ……!」

「――あ、大丈夫だよ! もしぼくが死んじゃってても、ワガハイが後の事はしてくれたし、きっとフウカも村の一員になれて……」


 ティムがフォローしようとするも、どうしてかフウカはしきりにかぶりを左右に振り、そうじゃないと繰り返し呟いていた。


「ち、違うよ! わたし……ティムともう二度と会えなかったかもって思ったら、きゅ、急に……怖くなって来ちゃって……っ!」


 これまたフウカの目元には涙がにじみ、唇を強く噛んで何かをこらえるようにしている。


「あのドリルだって大きくて、鋭くて、落ちたらどんなに痛いかもって思ったら……わたし……!」

「でもぼく、ロボットだから痛みは感じないよ……?」

「でも……っ、思っちゃったんだもん……!」


 話が噛み合わない。ティムは困った。


(まいったなあ……ぼくは助かったのに、フウカは何をそんなに引きずってるんだろ……)


 古い人とは感情豊かである。それともフウカだけなのだろうか、と頭をひねっていると。


「……何にせよ、ティムが助かったのには、やはりお前の力があったからだろうと、我が輩は結論づけよう」


 ワガハイは神妙な風情でフウカへ向き直り、ひたと見据える。


「ティムの友人として……その命を救ってくれた事に、礼を言う。……『フウカ』」


 フウカはたっぷり数秒、きょとんとしたみたいにワガハイを見返して。


「……うん!」


 先ほどの極彩色の輝きにも負けない、ぱあっとした微笑みを形作ったのだった。


「ワガハイこそあの時、グッドタイミングでフウカを助けてくれてありがとね」

「うんうん! そうじゃなかったらわたしもティムもダメだったと思う!」

「べ、別に我が輩は、希少な観察対象とついでに力仕事担当がいなくなると困るだけだからな……礼には及ばん」

「あははっ、ワガハイの顔が赤くなってる~」

「なるわけないだろうがっ!」


 と、そんな賑やかな一同を少し遠巻きに、身を伏せて見守る小さな影が目に留まる。


「あ……君は」


 ティム達が顔を向けると、その影――フウカとともに救い出した子犬はぱっと腰を上げ、くるりときびすを返して駆け出そうとして。


「待って!」


 フウカが呼び止めると、子犬はぴたりと進むのをやめ、遠慮がちに向き直ってくる。

 そんな子犬に、フウカはためらいもなく歩みを寄せて、目の前で屈み込み。


「このポシェットの中身……見ていいかな?」


 紐が緩んでぶらぶらになったポシェットを指差し、首を傾げて尋ねると、子犬は小さく鳴いたのみで、逃げる素振りは特にしなかった。


「じゃ、ちょっとしつれーして……わあ、やっぱり植物の種だ、ぎっしり詰まってる!」

「えっ、そうだったの?!」


 ティムが驚いて見せると、子犬は若干得意そうに、主役のように尻をついてふんぞり返って首筋を後ろ足で掻き始める。


「一見した限り、観賞用の花の種、果物になる種、と種類は豊富だな。古い人の住んでいた家や建物を片っ端から当たって、探しでもしないとこうは集まらんだろう」

「これ、あなたの……なんだよね?」

「ワン……ワンワン」

「飼い主さんからの命令? すごいねー……その人! 今どこにいるのっ?」

「クゥーン……」

「え……?」


 沈痛にトーンの落ちた子犬の声を耳にすると、それまでわくわくと鼻息の荒かったフウカは、意気がしおれたように語調を落として。


「そ、そっか……死んじゃったんだ、ね。でもあなたは、ずっとあちこちで種を集めてたんだ。そしたらきっと、喜んでくれるかも知れないから、って……」


 子犬も俯きがちに尻尾を垂らし、ボロボロになったポシェットを見下ろしている。

 この小さな身体で、飼い主の最後の命令に従って、帰る場所もなく――どれ程の険しい道のりで、どれだけの苦難に陥って来た事だろうか。

 それはこの子犬がフウカに対して突き刺していた警戒心を思い起こせば、自然と想像がつくというものだ。


「あなたは、これからも植物の種を探していくの……?」

「ワン!」

「それじゃ、わたしと一緒だね! わたしも種を探してるの……いっぱいいっぱい、お花畑を咲かせたいから!」


 少しでもそのイメージを伝えんとするように、両腕を広げてフウカが笑う。

 子犬は寸刻動きを止めてその姿を見つめたかと思うと――舌を出し、何度も尻尾を振り始めた。


「ワン! ワンワンワン!」

「えっ……急にどうしたの?」

「ワンワン! ワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワン!」

「わたしと……一緒に行きたいの? ほ、本当にっ?」


 フウカが勢い込んで尋ねると、子犬はその場で元気よく飛びついていく。


「ワンワン!」


「わわっ! あは、あはは……! そっか、そうだよね……一人より、みんなで探した方がきっと早く見つかるもんね!」


 フウカは子犬と手足を絡みつかせて戯れながら、鼻先で触れあう距離で笑いかける。


「うん……! これからは、一人じゃないよ!」

「ワンワンワン!」


 楽しげな二人の様子を、ワガハイは興味深そうに片眼鏡をいじりながら呟いた。


「ふむ。やはり、命を助けられた事が原因だろうか。それで子犬も、フウカを新しいパートナーとして認めたのかも知れんな」

「じゃあ、これからは名前が必要になるんじゃないかな? そう思わない、フウカ?」 

「うん! そうだね……だったら何がいいかな?」


 首を傾ける子犬と額を突き合わせ、考え込むフウカとティム達。


「ねえねえ、それじゃあ『わんわん』! なんていうのはどうかな?」

「……おいティム。なんだその、幼児並みのネーミングセンスは。それよりも、ベオチャミオシドリドリボババン、というのは……い、いやなんでもない。忘れてくれ」


 その隣でいかめしく顔を斜め四十五度に倒していたフウカが、甲高い声を上げた。


「……カイン! ねえ、カインなんてどう?」


「ワンワン! ワンワンワンワンワン!」


 ここぞとばかりにフウカの胸へ飛び込み、全身で喜びを表現する子犬。


「わあ、あははっ! 気に入ってくれたんだね! じゃああなたは、これからカインね!」

「カインかぁ……なんでカインなんだろう?」

「最初にお前の家に来た時、フウカは聖書を読破していた。その影響だろう」

「せいしょ……?」

「……やはりお前はもう少し学を身につけるべきだな」




「シュシ~! 植物の種、見つかったよーっ!」


 シュシのドームへ戻る頃にはとっぷり日も暮れ、空はどろりとした泥の塊みたいな黒雲に覆われていたが、フウカの活発さはそんな息苦しさを吹き飛ばすようだった。


「本当、か? フウカ、早い。こんなに早く、見つかると思わな、かった」

「場所を教えてくれたシュシのおかげだよ!」


 屈託のないフウカの言葉に、シュシは照れたように巨大な手で顔を覆った。


「俺、大した事、してない。全部フウカの、おかげ」

「そんな事ないって! シュシがここの土を守ってくれてなかったら、種を探したって無駄だったもん!」

「フウカが、空から落ちて来なければ、花の事だって、俺、ずっと知らなかった」

「むーっ! わたしなんて、シュシのおかげで新しい友達もできたもんね! ね、カイン!」

「ワンワンワン!」

「むむ……俺、負けた。潔く、褒められてしまう」


 肩を落とし、渋々敗北を認めるシュシ。フウカは胸を張って鼻を鳴らし、それからカインとタッチして笑い合う。


「……これはなんという勝負なんだ?」

「わかんない。でも三人とも楽しそうだからいいよねっ」

「これも古い人特有の習性……にはとても感じられんな、やれやれ……」


 ワガハイが頭を悩ませている間に、フウカはカインから受け取ったポシェットから、植物の種をシュシへ渡している所だった。


「種、たくさん。これなら、花、きっと咲く」

「わあーい! わたしも頑張って手伝うよ!」

「そ、そこまでしてもらうのは、悪い……」

「どうして? わたしもお花が咲くところが見たいもん! お花はねえ、すごいんだよ! まず芽が出て、これがすっごく可愛くて、それでにょきにょきって大きくなって……!」

「こんな夜中なのに元気じゃな~。おぬしはなんもかんも一人でやっちまう気かの?」

「そんな事ないよ。水や日差しの調整はシュシにしか分からないし……って!」


 今後の展望を早口に唱えながら振り返るフウカ、及びティムとワガハイは、気配もなく背後に佇んでいた長老さんを前に、それぞれびっくり仰天した。


「ちょ、長老さん!? どうしてここに!」

「どうしても何も、約束の刻限が迫っておるから、捜しに来たわけじゃ」


 と、長老さんがのんびり目を上げ、自分やフウカよりも輪を掛けて圧倒的なサイズ差のシュシへ、トーンを数オクターブ上げた親しげな声を送る。


「というわけで邪魔しておるぞい……のう、シュシ?」

「長老さん、久しぶり」

「うむうむ。おぬしも健勝のようで何よりじゃ……とはいえ久方ぶりに足を向けてみれば、何やら楽しそうな事になっておるのう。ふぉっふぉっふぉ」


 長老さんが空いていたベンチにちょこんと腰掛け、ティム達を面白そうに眺める。


「そうなんだよ、長老さん! ぼく達これから、シュシと一緒にお花を作成しないといけなくて……」

「おい、当然のように我が輩を仲間にカウントするんじゃあない」

「えーっ、ワガハイ、手伝ってくれないの……? うるうる」

「くねくねしながらこれみよがしな上目遣いをよせ気持ち悪い! ――ええい、カインもそんな目で見るな!」

「ワフン……」

「盛り上がっておる所に水を差すようじゃがのう。……フウカの処遇について、結論を出さねばならんのじゃ」

「結論……って、ああー! そ、そういえばもう午前0時回っちゃってるーっ!?」


 時計を見れば、午前一時半。ティムもとっくに眠っている深夜である。


「あわわ、長老さん、せめて花が咲くまでもうちょっとだけ延長とか……」

「おいティム、いくらなんでも1日で花が咲くなどありえんぞ」

「そそそんな!? どどどどうしよう!」

「どっちみちルールをやすやすとねじ曲げては他の者に示しがつかんしのう」


 フウカは青ざめ、今にも泣きそうに歪んだ顔で長老さんの判決を待っている。


「わたし、村を出ていかなきゃいけないの? そしたらどうなるの? や、やだ……っ」

「では、結果を申し渡す」

「ふふフウカ落ち着いて! 長老さんタンマ! ストップ、すとーっぷ!」

「ニホン村の者は、誰一人フウカを必要との宣言を出してはいない。ゆえにフウカは、今この時をもって……」


 長老さんは杖で床を叩き、重々しく告げ――。


「フウカを、必要と言えば、いいのか? なら、俺、言う。フウカ、いる」

「――むっ? そうかそうか、それなら早く言わんかい。フウカのニホン村への滞在を認める事とする」

「い、いやーっ! ……え? あれれ?」


 張り詰めきった空気がそのやりとりだけで瞬時に萎み、呆けたような空気が漂う。


「シュシ、どうして……? わたし、まだ種を持って来ただけなのに……」


 フウカが当惑しながら見上げると、シュシもむしろ不思議そうに頭を曲げ、木訥と答える。


「フウカ、もう、俺の、友達。……だから、必要。何か変、か?」

「……ううん。ううん、そんな事ないよ……!」


 フウカは目尻に光るものを滲ませ、唇を震わせながらも満面の笑顔を咲かせた。


「――ありがとう、シュシ!」

「ま、待って下され長老! ……ということは……ということは!」


 状況の推移についていけず、呆然としたままのティムの隣で、ワガハイが興奮気味に詰め寄っていた。


「フウカはこの村にいていい! そういう事ですな、長老!」

「さっきからそう言っておるじゃろう。何年でも何十年でも構わんぞい。フウカはもう立派な、ニホン村の一員だからのう」


 改めてそう聞いて、ティムの中にも熱い何かが駆け巡るような、これまでになく胸に満ちる、正体不明の何かが広がっていく。


「や、やったね……やったね、フウカ! わああ! ここにいていいって!」

「うん! ……ありがとね、ティム、ワガハイ! それにカイン……みんなのおかげだよ」

「ワンワン!」


 ワガハイは何度もガッツポーズを取っていたが、みんなの視線が集まっているのに気がつくと、こほんとわざとらしく咳払いをして。


「……よ、良かったではないか、フウカ。なんとか首の皮一枚繋がったわけだ」

「ワガハイ、また顔赤くなってるー! かわいいーっ」

「なっとらんわ! ダララロならともかく、ロボットの顔が上気するわけが……!」


 夜も深いのにも関わらず、やんややんやと騒ぎ立てる一同。

 そんな面々を穏やかに見守りながら、長老さんは喜び笑うフウカへついと視線を向けて。


「出会ったのはほんの数刻前だというのに……もうこんなにも心を通わせおっておる。……不思議な娘じゃわい」

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