四話 シュシと花の種
やって来たのは、村をさらに上がった先にある、ドーム型の大きな建造物の前だった。
「わあ……おっきくて、まるい……! 壁も透明だし……住んでみたーいっ」
「ここがシュシの家なんだよ」
「ほんとに家にしてる人がいるの!? すっごぉ……!」
飛び上がったりしてはしゃぐフウカを連れて、ドーム入り口の扉から、中へと入り込む。
見る者を圧倒する外観からは予想通りの、内部は広大な空間となっていた。
「土……! 土だ! わああっ……! やわらかーい!」
見渡す限り、一面に土。フウカは黄色い声を上げて飛び跳ね、手ですくって喜んでいる。
「フウカ、すごく興奮してるね。この辺は金属と砂しかないけどさ、土がそんなに好きなのかな?」
「その昔古い人は、あふれんばかりの土とともに生きていたという。だから懐かしい気持ちになるのかも知れんな」
奥の方にシャッターの開いたガレージ、そしていくらかの機材が見えるだけで、他に目を引くものはなかった。
「ここに……誰かいるの? 何もないみたいだけど……」
「いるよ。ほら、そこに」
と、ティムが指差した先には、何やらドームの中央に巨大な岩石が転がっているだけで、ロボットらしき者の姿はない。
「おーい! シュシ~! ぼくだよ、ティム!」
かと思えば突然ティムが声を張るので、フウカは一層戸惑っているようだ。
すると――。
「……その声、ティム」
何の前触れもなく目の前の岩石がぐるりと動き、巨人めいた山のようなロボットが、三つもの白く光る目でティム達を見下ろしたのである。
「ひゃあっ!」
巌の如き巨体の眼光に射貫かれ、すっとんきょうな声を上げて腰を抜かすフウカ。
ティムはふふっと吹き出し、フウカへ手を貸して立つのを手伝う。
「この人がシュシだよ。ちょっと大きいけど、とっても優しい、ぼくの友達なんだ」
フウカからしてみればちょっとどころではないだろう。眼前に佇むシュシの頭から胴体から壁や大岩と見まがう程で、長い腕の指先すらフウカの身体より大きいくらいなのだ。
それに、シュシの腰から下半分はちぎり取られたみたいに見当たらず、コード類がむき出しになり、土の上で何重ものとぐろを巻いている。
「ティム、ワガハイ、久しぶり」
「うん、久しぶりー」
「しばらく顔、見なかったが、健勝のようで何よりだ」
シュシはたどたどしい調子で、ティムとワガハイは朗らかに挨拶を交わす。
「紹介するよ。この子はフウカ。古い人の……えっと、子供なんだよ」
「子供、て、なんだ?」
「うんと、えっと……そう! 誰かの助けがないと、大変な子って事!」
「それ、ティムの事、違うか?」
「ちっ、違うよ!」
「やれやれ、こいつらは……」
呆れたようにかぶりを振るワガハイをよそに、シュシが改めてフウカへ視線を巡らせる。
「初めまして、フウカ。俺、シュシ。よろしく」
「う、うん……よろしく……」
ガレクシャスのような巨躯と威圧感の合わせ技こそないものの、単純な体格差というものはそれだけで生物を萎縮させる。
フウカもさっきまでの騒ぎようはどこへやら、大人しく挨拶を返すのだった。
「それでね、フウカはかくかくしかじかで……」
ティムがフウカの身の上を伝え、その両親の行方に関して尋ねるが。
「……ごめん。俺、古い人の事、知らない」
「そっか……」
「ねえねえ、シュシはここで何してるの? みんなみたいに、お仕事をしてるの?」
「俺、何もしてない」
「そ、そうなの?」
フウカが目を丸くする。シュシはこくりと頷いた。
「俺、ここで、土の番をしてる。最近は、手入れもし始めた。それだけ。後は何もない」
「土の番?」
「――いいか、娘。この星では昔、災厄が起きた」
昔語りをするようないかにも重苦しい口調のワガハイに、フウカは目を瞬かせて顎を上げる。
「災厄ってなに、ワガハイ……?」
「我々には想像もつかん恐ろしい何かだ。その結果、天も地もひどく汚されてしまった」
ぽかんとしているフウカに、ワガハイが講義を始めた。
「それこそ大気も、土も、水も、機械も、何もかもだ。ここでは生物は生きられん。土を必要とする種類ならなおさらだ。ただ……」
ワガハイは一度言葉を切り、太い首を動かしてドームを見渡す。
「このドームは汚染を逃れ、被害は最小限に済んだ。それがたまたま運によるものか、何らかの理由あっての事か、今は分からん。とはいえここは元々、植物を栽培するための施設だったのだろうな」
見ろ、とワガハイが上を指差すと、ドームの天井にはライトやスプリンクラーが設置されている事が分かる。
「奥の機器を操作すれば、光量や温度の調節ができる。倉庫には人工肥料もある。薬剤も清潔な水もある。シュシはそれらを駆使して、生き残ったこの希少な土を守っているのだ」
土を耕し、掘って深くし、整地する。そうする事で土の硬度を調整したり、薬剤を加えて最適な環境を保っているのだ。
シュシの備える重機よりも強力な腕と、丁寧な加減が求められる、繊細な仕事である。
「俺、ここで、目、覚めた。多分、上から落ちて来た、思う」
シュシも同じように頭上を示せば、ちょうど真上には布やテープやビニール、板などで穴を補修した部分があり、透明な天井越しに、赤黒い雲の漂う病んだような空が覗ける。
その大きさは、確かに体格と同じ程度だ。そして多分、シュシの下半身も、その時に。
「気がついたら、土、あった。他にやる事、なかったから、土、守ってる。そうしてるうちに、ティム、ワガハイ、と、出会った」
そこでシュシは、子供が喜んだ時みたいに首をかくりと傾け。
「俺の名前、シュシ、長老さんから、もらった」
「長老さんから……?」
「長老さんはね、一番最初に目が覚めた『人』なんだよ。ぼくもワガハイもみんなも、長老さんに目覚めさせてもらったんだ。それで名前をもらって、家をもらって、仕事をもらうの」
「ティムはまだ仕事をもらってはいないがな」
う、とティムは首をすくめ、足下の土を蹴るフリをしてすねる。
「そ、そのうちぼくにだってできる事が見つかるよ。多分……」
「長老は大変思慮深く、おおらかな方だ。ロボット一人一人のタイプや技術に合った仕事を斡旋してもらえるので、我が輩としては大助かりだな。力仕事は性に合わん」
「わたしも工事とか物運びとかしてるワガハイとか、想像つかないかも~」
フウカもころころと笑い声を上げてから、ふとまぶたをしばたたかせた。
「でもみんな、目が覚める前は、何してたの?」
「うーん……なんだろ。分かんない。別に知らなくても困らないし……知りたがってるのはワガハイとか、頭の良い人ばっかりだよね」
「我が輩としては古い人の築いた文明や民俗学などに興味があるからな。それに、知識としてだけでなく、時折『フラッシュバック』という形で目覚める前の記憶を思い出したり、部分的に追体験する現象もあるそうだ……我が輩はまだないが」
「フラッシュ、バック……」
「ワガハイなら目が覚める前でも、きっと難しい研究とかしてそうだよね! あと機械をいじくったりとか」
「そういうティムはプー太郎か何かではないか? お前の場合、何が得意かもこの数十年、いまだに不明瞭なままだしな……苦手分野はいくらでも思いつくが」
「ひ、ひどっ! それでお仕事もらえない事気にしてるのにっ」
「俺も、ティムも、ワガハイも。昔の事、より、前を、見ていたい。今を頑張って、生きる事に、意味があると思ってる」
シュシの木訥とした台詞に、フウカは神妙な表情で耳を傾けていた。
「あのね……シュシはここで、お花を育てないの?」
「……花?」
「お花はね、とっても綺麗で、いい匂いがして、心が安らぐんだよ!」
フウカは手を上げ、踊るような足取りで土の上を回り、シュシに教える。
「こんなにおっきな畑があるんだもん。作ろうよ、お花畑! その方がもっと、みんなも喜ぶと思うよ!」
「みんな……喜ぶ。それ、ほんとか?」
「ほんとほんと! 約束するよ!」
花、とシュシは首を傾げて考える素振りを見せたが、頭を垂れさせてしまう。
「俺……花の作り方、分からない。花、って、なんだ?」
「お花はね、種が必要なんだよ! えっと、こういうの!」
フウカは先ほど見かけた子犬ロボットが落として行った粒を取り出し、シュシに見せる。
「これ、ひまわりの種だよ! とっても可愛いお花を咲かせるの!」
けれど先に顔を寄せて来たのはシュシではなく、片眼鏡をスキャンモードにしたワガハイだった。
「驚いたな。恐らく古い人の技術で保管されていたためだろう、この種はまだ生きている……!」
シュシもぐい、と身体を折り曲げ、鼻先までをフウカの手元に近づけて、三つの目を光らせながらしげしげと眺めた。
「俺、これ、他の場所で、見た事ある」
「そ、そうなのっ? どこどこ……っ?」
フウカが種をシュシの手に落とすと、シュシは壊れ物を触るような遠慮がちな手つきで、顔の前まで持ち上げる。
「……工場地帯で、前に見た。どこかの建物の中に……いっぱいあった」
「工場地帯……」
「フウカ。この、種があれば、花、作れるか?」
「うん。でも……お花でここをいっぱいにするには、もっといっぱい種が必要になるよ」
と、そこでフウカは何事かを思いついたみたいに、ぱっと顔を華やがせた。
「それなら、種を見つけたらシュシに渡すよ! その代わり、シュシはお花を育てて、咲かせてね! いいでしょ?」
「分かった……フウカの事、待つ。種、持って来てくれ。俺、あまりここを動けない」
それはシュシの下半身がないためでもあるだろうが、それ以上に、彼の番人としての責任感が強いためだろう。
その思いを受け取ったみたいに、フウカも胸を叩いて頷く。
「任せといて!」
シュシのガーデンを出た後、ティム達は途方に暮れていた。
「フウカのお父さんとお母さんの事は分からなかったし、そういえばシュシに、フウカの事をいる! って言ってもらうのお願いするの忘れてたし……」
「我が輩は気づいていたが、お前の言い出した事だからな。助け船は出さんぞ」
「うう……ワガハイってこういう時意地悪だよね」
「……それで、娘よ。これからどうする気だ? 戻って、改めてシュシにお願いしてみるか?」
「ううん。それより、その工場地帯ってところで、種を探してみようよ!」
そのフウカの意見は予想外で、ティムもワガハイも数秒、あっけにとられた。
「ほ、ほんとに行くの、フウカ?」
「うん。だってお花畑ができるところ、見たいもん」
「長老の条件を満たさなければ、それも無理というものなのだが……」
「でもでも! お花、見たい! ――それに、もしかしたらあの子もあそこに……」
「あの子……?」
ともかく、フウカの意思は固そうだ。ティムはワガハイと目を見交わせ。
「そうだね……ひょっとしたらフウカのお父さんとお母さんもいるかも知れないし」
「どのみち行く当てはないんだ。それに我が輩も、もし種が残っているというならぜひ見てみたい。同行しよう」
「わあーい! ティム、ワガハイ、ありがとう!」
「えへへ……」
「やれやれ……」
一行は新たな目的を見いだし、いざ歩を進めるのだった。
さながら見張り台のように、べったりと汚れのこびり付いた鉄塔が林立している。
規則的で等間隔ながらも、大小様々な棟が入り組んだ構造を形成し、破損した配管や腐食したタンク、折れ曲がった煙突が密集し空を覆っていた。
外は外で、乾ききった大地に亀裂が走るほどに荒れ果てている。クレーン車やブルドーザーが倒れ、二つに割れたヘルメットや砕けたライトが打ち捨てられ、個数の欠けたカラーコーンやひしゃげた立ち入り禁止の看板が無言で天を仰いでいた。
「足の踏み場もないとはこの事だな。えらくとっちらかっているものだ」
ちぎれたテープが風に乗ってワガハイの顔へ張り付き、それをわずらわしそうに振り払いながらぼやく。
「このあたりに来たのって、何気に初めてだもんね。何があるのかぼくも分からないや。……フウカ、色々落ちてて危ないから、転ばないようにね」
ティムの呼び掛けに、フウカもうんと頷きながら、転がっている鉄骨をひょいとジャンプして跳び越える。
「む……おい、見ろ!」
「ど、どうしたのワガハイ?」
緊張を含んだワガハイの声に、ティムとフウカも小走りにそちらへ向かい。
――目の前にある光景に、揃って驚きのあまり棒立ちになった。
「こ、これ……」
……穴。穴だ。すり鉢状にくり抜かれた、直径数十メートルはあろうかという、この工場地帯の中心に穿たれた深淵。
どこまでも底のない闇が、冷たい空気を吹き上げさせながら、見下ろすティム達を逆に睨み返しているのだ。
「……あ、あれ、見て! 何かあるよ!」
「あ、ちょっ、フウカ、前に出たら危ないって!」
フウカが叫び、身を乗り出して指差すところを、慌ててティムが腕を水平に伸ばして押しとどめる。
だが確かに、底の方には穴と同じくらいに巨大な、ドリルの掘削機が鎮座していた。
ドリル上部には太いコードが幾本も接続されており、この規格外の機械が、紛れもなく稼働していたのだという痕跡を示している。
「すっごい大きな穴だねぇ……この施設も、古い人達が動かしてたのかな。……ここで何をしてたんだろう?」
「さてな。穴を掘ると言っても、地下にあるのは崩れた鉄道や、地下水路くらいだ。こんな大がかりな機材を総動員する必要性も合理性も感じられんが……」
ワガハイが目線を穴の淵へ投げると、向こう側には穴から掘り出された大量の土砂や、それを運搬するショベルカーやトラックが何台も停められているのが見えた。
「なんかわたし、怖いな……あのドリル、まだ動いたりする……?」
「その可能性は低い。何せここ数十年、放置されていたのだ。ろくにメンテナンスもされない機械は、ただ朽ちて行くのみだとも。――まぁどのみち、この近辺は亀裂も多く、地盤も不安定だろうし、油が飛び散っていて滑りやすい。くれぐれも不用意に穴の淵に近づいて落ちたりしないようにな。特にティム」
「わ、分かってるよ。ぼくだってそこまでおっちょこちょいじゃないってば……」
困ったように手を振ったティムだったが、その直後。
「……あっ! 向こうにいっぱいガラクタがある! ぼ、ぼく、ちょっと見てくるね!」
「言った側からこれか……おいティム! 人の話をちゃんと聞かんか……!」
「あっ、ティム、ワガハイ! ま、待って……っ」
工場の壁付近に積み上げられた鉄材を見つけ、スキップしながら駆け寄っていくティムと、小走りによたよたと追うワガハイ。
穴を覗き込んでいたフウカも一歩出遅れ、慌ててその後についていこうとするが。
「ん……?」
背中に妙な視線を感じて足を止め、きょとんとしたまま振り返る。
「あ……あの時の!」
するとそこには、首にポシェットをかけたあの金色の子犬ロボットが、工場棟の物陰から顔だけを出すようにして身を屈め、上目遣いにこちらを見ていた。
「あ、あのね……さっき、種を落としたよね? でもごめんね、それはシュシにあげちゃって……あれ?」
何やら子犬の様子がおかしい。どうやらパイプとパイプの間に挟まれはまり込んでしまっているらしく、さっきから手足をばたつかせ、爪で配管や壁を引っかいている。
「……動けないの? そ、それならわたし、手伝おうか……?」
フウカがおずおずと申し出ながら、子犬の方へ歩みを寄せるが。
「ウー……ワンワン!」
「ひゃっ!?」
「ワンワンワンワンワンワンワンワン! ワンワンワンワンワンワンワンワンワン!」
子犬は火の付いたみたいに甲高い声で吠え始め、フウカを睨み付ける。
その間にも短い前脚は配管を押し込むようにして、後ろへ身体を引っ張っているようだ。
「ご、ごめんね、いきなり近づいて。でもそんな風に動いたら、傷ついちゃうよ……」
しかし子犬はフウカの言葉も無視して踏ん張り続け、ついに狭間から外れたかと思うと。
「キャイーン!」
その衝撃に耐えきれず、後方へ吹っ飛んで行ってしまう。
「あ……ど、どうしよう」
フウカは一瞬迷うようにティム達の方を振り返ったが、意を決したように、子犬の後を追って隙間の中へ身体を滑り込ませ、呼び掛けながら後を追っていくのだった。
「……おい、あの娘はどうした?」
怪訝そうに発されたワガハイの言葉に、はっと我に返るティム。
そのまま二人して振り返ると、ちょうどフウカの小さな背中が、工場の陰へ入り込んで行くところだった。
「ふ、フウカ! 待って!」
すぐさまそちらへ駆け付けるが、すでにフウカは建物を隔てた向こう側へ行ってしまったようで、こちらの声にも応答がない。
「ど、どうしようワガハイ! ああ、ぼ、ぼくのせいで、フウカの事、全然気づかなくて!」
「ええい、落ち着けティム。我が輩とてうっかり失念していたのだ。責任で言えばおあいこだ……それよりも、あの娘を追うのだろう?」
「もちろんだよ、急がないと!」
「だが我々の体格ではこの道は使えん。多少遠回りになるが、このまま大通りを進んでいこう。――急がば回れ、というやつだ」
「うん……っ!」
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