三話 ニホン村と長老さん

 ティムの家から道伝いに下って行くと、やがて多くの建物が存在する集落に辿り着いた。

 バケツを横たえたような建物、ブリキの積み木みたいな建物、電柱が密集してできた建物と、大きさや形は千差万別で、共通項があるとすれば、それらの建物は全てロボット達の家々であり、そして金属で作られているという二点だった。


「わあ……すっごぉ! 家がいっぱいあるー! ロボット……人もいっぱいいるねぇ!」


 村を貫く大通りの路上には、個性豊かな形状のロボット達がのんびり行き交っている。

 曲がっていたり短かったりする手作り感あふれる街灯の下で談笑する人型ロボット達、塗装の剥げかけた家の壁にペンキを塗っている、バケツの身体にスプリングの手足がくっついたロボット、下部に備わるキャタピラを動かして資材を運ぶロボットと、一つ見渡しただけでもたくさんで、その一人一人を指差しては、フウカはおーっとかわーっとか活発に声を上げている。


「ねえねえ! あなたはどんなロボット?」

「チチッ」


 次にフウカが目をつけたのは、真球形に丸っこくて頭にプロペラを装着したロボットだ。


「わたし、フウカ! よろしくね!」

「チチチッ……チチ……チチチッ、チチチチッチッチッチチチチ! ッチチチチチ!」

「ふぇ?」

「――チシャー!」


 だしぬけにそのロボットの全身がパカっと割れて溝だらけになり、目を見開いたフウカは声を上げて尻餅をついてしまう。


「ひゃん!」

「あはははっ、大丈夫、フウカ? 仕方ないよ、チェッキーは怒りっぽいんだ。ワガハイほどじゃないけど」

「おいティム、聞こえてるぞ」

「うーん……お友達になれるかなって思ったのに」


 雑踏に紛れて消えていくチェッキーを見送り、フウカは失敗失敗と髪を掻く。


「おや、そこにいるのはティムとワガハイじゃないか! 山ごもりから戻って来たのか?」


 と、今度は細い路地の方から声を掛けられる。見れば、道に開いたマンホールの穴から、人型のロボット数人が這い出てくるところだった。


「うん、フウカのお父さんとお母さんを見つけるためにね。あ! フウカは古い人で、上から船に乗ってやって来て……」

「空から黒いのが降ってきて、すごい地震と大きな音がしたよな。そうか、それに乗ってたのがその子なのか」


 じろじろと見られ、フウカは萎縮したみたいにティムの後ろへ隠れる。


「だからね、えっと……あ、フウカ。お父さんとお母さんの名前はなんだっけ?」

「……ヤーヴァ・リューピンとキキ・リューピンだよ」

「うーん、ちょっと聞いた事ないな俺達。この間新しく目覚めた仲間ならいるけどさ」

「そっかぁ、それは残念。……マンホールから出て来てたけど、何かあったの?」


 いや、とそのロボットは路地の方を振り返り、肩をすくめる。


「さっきの地震で排水設備に異常が出てないか、水路を調べてたんだよ。ほら、うちの集落は水はけが悪いから……ちょっとした雨で浸水したくないからな」

「ふん。だから妙に村が騒がしいというか、壊れた民家や機械の修理に皆が奔走しているわけだ」


 ワガハイが言うと、びくり、とフウカが背中を震わせ、か細く声を発する。


「……ごめんなさい……わたしのせいで」

「ふっ、フウカのせいじゃないよ! あれは事故みたいなもんだし……あ、そ、そういえば、記憶の方はどうかなフウカ! 何か思い出せた?」

「ううん。……全然」

「と、とにかく気落ちしないでよ、何事もこれからだしさ!」


 フウカを慰めるティムに、ロボット達はちょっとびっくりしたみたいにざわつく。


「でも、本当に古い人なんだな……その子。事情はよく分からないけど、その『オトウサン』と『オカアサン』、見つかるといいな!」

「ティムとワガハイのでこぼこコンビじゃ、いまいち不安だけどね~」

「何を言うか。ティムはともかく我が輩まで変人扱いとは、まったく非常に遺憾である」


 会話が続く間に、ふと路地裏のマンホールの奥に目が行くフウカ。


 建物の陰に、金色の子犬ロボットが青い眼でじっとこちらを覗いており、視線が合った。


 子犬の首からは薄汚れたポシェットがかけられ、身じろぎする度に揺れている。

 かと思えばすぐに身を翻し、マンホールの中へ飛び込んで行ってしまった。


「あ……お、落としたよっ」

 その際、ポシェットからぽとり、と小さな粒のようなものが落ち、駆け寄ったフウカはとっさに拾い上げるものの、覗いたマンホールの下にはもう、子犬の影も形もなかった。




 その後、三人は村の中心にある広場までやって来て、そこから村人達がいつも集まるという、酒場へ立ち寄る事になった。


「情報収集といえば酒場! ……って、誰かが言ってたっけ? 本だっけ?」

「古い時代のスラングみたいなものだろう。が、着眼点は悪くない」

「居酒屋みたい……」


 広場を見渡せる小高い位置にある、長方形の建造物。鉄製ではあるが全面に暗褐色がふんだんに塗りつけられていて、軒先からは電球の仕込まれた提灯がいくつもぶら下がり、戸口には油のこびりついた垂れ幕に『酒』と漢字が描かれている。

 入ってみると、むわっとした熱気とガスの激臭が襲って来た。

 屋内はより雑多なガラクタや物であふれ返っており、ジュークボックスからはジャズロックなBGMが流れ、無骨なフォルムのロボット達がテーブルを囲み、くだを巻いている。


「ううっ……なんかここ、変な匂いばっかりするぅ」

「匂い……が何なのかはよく分からないけど、こうやって酒場をわざと汚くするのも、一種の伝統なんだって。ずっと前から受け継がれてるらしいけど……フウカ、大丈夫?」

「がまんする」


 そこにシルクハットをかぶった一体のロボットが、黒い液体の注がれたジョッキをトレイへ乗せて抱え、足に仕込んだローラースケートで滑り近づいて来た。


「いらっしゃいだロ! 好きな物を注文しロ! ガソリンか石油か灯油か電池の漬け物和えか、固形燃料のあぶりでもいいだロ!」

「ダララロ、我々は客ではない。したがってどれも必要ない」


 しかし、ワガハイは手を横に振って断りを入れる。


「――客じゃ、ない、だと? ……ロ~~~~~~ッ!?」


 するとダララロはみるみる顔を真っ赤にさせ、煙突になっている頭部から盛大に煙を吐き出し、シルクハットを真上へ一気に浮かせた!


「酒場に来たら注文するのが筋だろうがロ! 久しぶりに姿を見せたからって特別扱いするわけねーだらぁロォ!?」

「あっはは! ダララロも相変わらず調子よさそうだねぇ」

「ティムぅ、何笑ってんだロ!? こっちは真剣そのものだろうがロォ!?」


 トレイを振り回してジョッキの中身をぶちまけつつ、息巻くダララロの額がぱかっと開き、その中から鳩のおもちゃがぽっぽーと何度も顔を出す。


「わ……可愛い、鳩さんだ」

「え? フウカ、あの機械がなんなのか分かるの?」

「う、うん。……あれ、鳩時計だよ。決まった時間に鳩さんが飛び出て、教えてくれるの」

「ふむ……我が輩も長らくダララロの頭のアレは気になっていたが、なるほど、古い時代にいたという『生物』なのか。……これは興味深い」

「お・ま・え・ら! 俺の話を聞けロ~~~~!」


 騒ぎ続けるダララロに、店内の客の注目も集まっている。

 ティムはこれ幸いと、その客達にフウカの事を紹介した。


「フウカのお父さんとお母さんを捜してるんだけど、誰か知らない?」


 悪いな、と答えたのは、手近のテーブルの斜向かいに座っている、背中にネジ巻きをつけた大柄なロボットだ。


「昨日炭鉱で仕事してたけど、古い人は見当たらなかったぜ。むしろ地震の揺れで坑道が崩れないか、そっちの方が不安だったな」

「ここも空振りか……長丁場になりそうだな」

「た、たまたまそういう時だってあるさ! ね、フウカ? 大丈夫だって!」


 ティムが目線を投げると、フウカはやや俯いていたが、すぐにぱっと表情を楽しそうなものに変えて、別の質問をする。


「ねえねえ、みんなの仕事ってなあに?」

「俺達は村一番の力持ち! この重機でトンネルを掘ったり、原石とか採掘したりするぜ! たまに石油を掘り当てられれば、みんなの食料にもなるからな!」


 ロボット達はそれぞれ、肩からクレーンを伸ばしたり、前腕部のパワーアームを回転させたりと、自慢げに自分の仕事道具を見せつける。


「わあっ! かぁっこいい~!」


 それら一つ一つにフウカは目を輝かせ、匂いを嗅いだりつついてみたり、くるくると跳ね回るその様子にいつの間にかダララロも怒る気配が失せているようだった。


「まったく、空から鉄の塊が落ちて来たかと思ったら、あんなちんちくりんが乗ってたとはロ。……そういえばティム。この事は長老さんには話したのかロ?」


 かぶりを振ったティムが答えようとした、矢先。

 やにわに酒場の戸が開き、数人のロボット達が次々と踏み込んで来た。

 フウカが今まで出会ったロボット達とは違う、プロテクターやハンマーなどを装備した攻撃的な出で立ちで、ダララロや他の客も、驚いたように動きを止めている。

 先頭に立っているのは、黒と金色を基調としたカラーリングの、重機ロボット達よりも一回りいかつく、屈強そうなロボット。

 鋼鉄をより合わせたような太い両腕が照明を鈍く反射し、肉食獣じみた切れ長の両眼が鋭い光を発している。


「あれは……誰なの?」

「……ガレクシャス一味だロ。特定の村に定住せず、独自のグループを作ってあちこちを放浪してる。村ごとのルールも無視するし、乱暴者だし、嫌な奴らだロ……」


 フウカの問いにダララロが小声で答えるが、それからはガレクシャス一味の動向を窺うみたいに黙り込み、店内は静まりかえり、音楽だけが陽気に鳴り続いている。

 先頭のロボット――ガレクシャスはのっそりとした動きで店内を睥睨すると、その視線がフウカの前で止まる。


「お前が……あの大きな宇宙船に乗ってきた奴か……」


 フウカはびくりと口元を震わせた。敵意じみた眼差しを向けられ、とげとげしい圧迫感に足がすくんでしまったのである。


「村の奴から聞いた……古い人だと? ……こいつが?」


 その時、ガレクシャスはふと言葉を切り、穴の空くほどフウカを見つめたかと思うと。

 唐突に頭を押さえ、まるで苦しむかのようなうめき声を発した。


「――うっ……ぐ……!? こ、こいつ……! こいつ、は……ッ!!」


 頭を軋む程にかきむしり、神経を削るような金属音を立てるガレクシャスに、彼の取り巻き達は浮き足立っている風だ。


「ガレクシャス様、どうかしやしたかい!? ――てめえ、一体何をしやがったッ!」


 そう糾弾され、けれどフウカは身に覚えのないというようにおののき、一歩後ずさるしかない。

 そこに立ちふさがったのは、慌てたように飛び出して来たティムだった。


「ふ、フウカ大丈夫!? こ、こらガレクシャス、変な事しないでよ! フウカが怖がってるじゃないか!」

「だ……黙れ! くそ、なんだ、頭が……割れそうだ……!」


 ガレクシャスは歯を食いしばるようにフウカを睨み付け、底冷えのする声音を浴びせる。


「――お前……何者か知らんが、俺達の許しもなく、この星を出歩く事などさせん。正体が分かるまで、来てもらうぞ」

「え……?」


 困惑するフウカに向けて、ガレクシャスは無造作に歩みを寄せ、荒々しく手を伸ばす。


「な、何言ってるだロ! ニホン村で誰かへの強要、暴力沙汰は御法度だロ!」


 横から止めに入ったダララロは手下達に突き飛ばされ、力ずくで抑え込まれてしまう。


「が、ガレクシャス、やめるんだ! フウカを無理矢理連れて行こうって言うなら、ぼぼぼ、ぼくが相手になるぞ!」


 悲鳴を上げるフウカを守るように、ティムが立ちはだかる。


「ええい、ティム、よせ! お前の性能では奴の相手にはならん……!」

「だ、だけどさぁワガハイっ……フウカ、今のうちに逃げて!」

「ほらお前達、力の見せ所だぞっ!」


 ワガハイが重機ロボット達へ声をかけるが、彼らはすでに隅で縮こまってしまっている。


「おっ、俺達は力自慢だけど、腕っ節はからっきしなんだよぉ……!」


 ガレクシャスは悠々とティムの頭を掴み、桁外れの握力で締め付け垂直に持ち上げて。


「粋がるなよ、使い捨ての量産型が」


 砲丸投げの要領で腕を振りかぶり、戸口へ投げつけた。フウカの叫びが遅れて響く。


「ティム――っ!」


 ティムは戸を突き破り、地面に叩きつけられながら広場の方まで転がって行ってしまう。


「う、うぅ……ひどいや。身体のあっちこっちが、ぎしぎし言ってるし……」


 ふらふらと立ち上がったティムは、関節部を伸ばして挙動を確認し、ひとまず大した事のない被害に安堵を覚える。

 痛覚がないので、ボディの損傷度合いは細かく検めておかなければ、いつの間にか蓄積していた重大なダメージを見逃す恐れもあるのだ。

 もっとも、ガレクシャスのように優秀な性能のロボットならば、高精度の自己診断機能によって迅速に異常箇所を把握できるらしいが――。

 と、広場に人だかりができている事に気がつく。これだけの騒ぎが起きていれば、それは注目もされるだろう。

 そして――どよめく群衆達の間を横切り、酒場へ近づいていく者達を認める。

 それは白馬の機械馬に騎乗し剣や槍を携えた、白い鎧の西洋騎士めいたロボット達だ。


「さあ、こっちに来い!」

「やだー! 離してーっ!」

「そこまでだ!」


 フウカを引きずって出て来たガレクシャス一味を阻むように、騎士ロボット達が相対した。


「我々は白鉄騎士団! この星の秩序と安寧を守るもの! 空から何かがこの村に飛来したので駆け付けてみれば……ガレクシャス! これ以上の乱暴狼藉は許さぬぞ!」


 全身を純白のプレートメイルで固め、青いマントをなびかせた一際勇壮なロボットが、ガレクシャスへ機械剣の切っ先を向ける。


「……俺は誰の指図も受けん。何か要求を通したければ、正義なんていうお題目より力に訴える事だな」

「ほざいたな、ガレクシャス! ならば正義の代行者たる白鉄騎士団団長、このアイアンホワイトが、今この場にて貴様を討つ! 覚悟はいいな……ッ?」


 ガレクシャスもまた両腕から稼働音を響かせ、一触即発の雰囲気が漂う。


「アイアンホワイトさんが来てくれたのは嬉しいけど、まさかこんな事になるなんて……」

「治安を乱すガレクシャスとは普段から犬猿の仲だからな……。いつかは刃傷沙汰になると思ってたけど」


 アイアンホワイトとガレクシャス。それを囲む群衆に挟まれ、右往左往するティム。


「どっ、どうしよう! 争いも止めなきゃいけないし……もしフウカが巻き込まれたら……っ!」


 弱り切って立ち尽くしたその時――張り詰めた空気にはそぐわない、のんびりとした声が聞こえた。


「おやおや……しばらくぶりに顔を出したら、何やら面白い事になっておるようだのう」


 それは、互いに睨み合い、集中を研ぎ澄ましているガレクシャス達のごく至近距離から、やおらに発されたものだった。


「な、なんだ……どこにいる!」


 ガレクシャスは戦慄とともに左右へ視線を巡らせるが、その視界を悠々とかいくぐるように、ガレクシャスの巨体の陰から、杖を突いた何者かが顔を出す。


「久しぶりじゃのう、皆の衆。元気だったかの?」


 そこにいたのは、フウカよりもさらに一回り下、卵型の一頭身ロボットだった。

 薄く褪せた黄色を基調とした色合いの丸っこいボディに、二つついたつぶらな瞳。そして白い髭が身体の下側に張り付けられており、歩く度に右に左に揺れている。


「あの人、は……?」


 フウカの疑問に答えるように、ティム以下、他の住民達から一斉に喜びの声が上がった。


「ちょ、長老さんっ。アメリカ村から帰ってきてたんだねっ!」

「つい今朝にのう。少し離れていた間に何やら賑やかな事になっておるではないか」


 嘆息する長老さんに、ガレクシャスが怒声を上げながら豪腕を振るう。


「きさまっ! さっきから舐めた真似を……!」


 しかし、もうそこに長老さんの姿はなく――真逆の死角から、声と足音がするのだった。


「まあ何にしても、ワシの村ではあまり暴れてもらいたくないのう。ここは穏便に、どちらも退いてはもらえんか……?」

「何をぬかし――ッ!?」

「さもないと」


 再び拳を振るいかけたガレクシャスの太い首筋に、きらり、と鋭い光を放つ、小型のサーベルが突きつけられる。


「ワシだって人間じゃもん。怒っちゃうぞい」


 一切の気配も発さずにガレクシャスの真後ろへ回り込んでいた長老さん。

 握られているそのサーベルは、杖から抜き放たれた仕込み剣だった。


「……くそっ! このままで済むと思うなよ……!」


 ガレクシャスは憤りを見せつけるように目を赤く発光させ、身体を震わせる。


 その後、ガレクシャスは手下達を率いて、広場から去っていった。


「……のうアイアンホワイト。ここは一旦手を引いてはもらえんか」

「お言葉ですが長老殿。我らの職務は秩序の維持。このままその者を捨て置いては、何が起こるか……」


 アイアンホワイトがフウカを見据える。目線に込められているのは、確かな警戒の色だ。

 まぁまぁ、と長老さんはマイペースに。


「責任はワシが取る。なに、悪いようにはせん。後日また、ちゃんと話をしに行くからのう……一つ、この顔に免じてはくれんか」

「長老殿がそう言われるなら……信じましょう」


 そうして長老さんは殺気立っていたアイアンホワイトまで説き伏せ、白鉄騎士団を送り返したのである。

 ピンチを救ってくれた長老さんに向けて、村人達からひゅーひゅーと歓声が上がる。


「ちょ、長老さーん。怖かったよう」

「お、俺も実は、ちょびっとだけ怖かったロ……!」

「こりゃティム。それにダララロもあまり情けない声を出すでないわ。……さてさて」


 泣きすがるティムの額を杖の先で小突きつつ、長老さんはフウカの方へ向き直る。


「フウカ、じゃったかの? ワシはこの村の長老で、村長をしておる」

「ちょ、長老で、村長さん?」

「村長とは、各地の村をとりまとめるリーダーのようなものだな。必要に応じて他の村と折衝したり、新しく村人を目覚めさせたり、迎え入れたりもする」


 ワガハイが横から補足してくれる。


「でも、長老さんはこの星に一人だけなんだロ。物知りで、優しくて、色々な事を知ってるんだロ! すげぇロー!」

「そうなんだ……」

「そうなんじゃよ。だから仲良くしてくれると嬉しいのう」

「うん!」


 フウカがにぱっと笑うと、長老さんも好ましげに笑声を漏らし。


「さて、フウカよ。おぬしが置かれている境遇、捜しているご両親の件については耳にしておる」

「うん……」

「じゃがこの村の長として、ワシはおぬしが安全、安心かどうか見極めねばならん。それはこの村を守るため、必要な事なのじゃ」

「……うん」

「えっ? ちょ、ちょっと待ってよ長老さん。フウカ、ニホン村にいちゃいけないのっ?」

「話を最後まで聞かんか、ティムよ。別に今すぐ追い出すとか、引き渡すとかそういう事ではない。……一つ、条件はあるがの」

「じょーけん?」


 フウカが首を傾けると、長老さんも同じように身体をそちらへ傾けながら頷く。


「おぬしがしばしこの村に滞在する事……それそのものは一向に構わん。ただその期間中に、村の者、たった一人にでも、この村にいてもよい、と言わせれば、ワシもおぬしを村の一員として認めよう」


 その条件に真っ先に驚いたのは、ティムだった。


「た、たったそれだけでいいの?」

「ワシが村長として、許可を出す事そのものは簡単じゃ。――しかしワシらの存在意義は、誰かに必要とされてこそじゃからのう。フウカも例外ではない。村の役に立ち、認められてこそ、本当の意味で一員を名乗れると思うのじゃ」

「じゃあぼくフウカいてもいい! いてもいいよっ!」

「ばかもん、おぬしが言っても意味ないじゃろうが。……とはいえ、ティムもワガハイも、この条件を達成するため、協力する事そのものはよしとしよう」

「心得ましたぞ、長老。それで期限はいかほどですかな?」

「条件を出しておいてなんじゃがワシ、忘れっぽくてのう。明日までとかどうじゃろう」

「みじっか! しばらくって言ったのに、短すぎるよ長老さーん!」

「ふぉっふぉっふぉ。まあ力を合わせて頑張る事じゃな」


 簡単なのかそうでないのか分からない条件を出して、長老さんは歩き去っていった。


「ティム……身体、大丈夫?」

「平気平気! ぼくこれでも結構頑丈だからさ」


 歩み寄ってくるフウカに、ティムは軽く腕を振って無事である事を示してみせる。


「でもさワガハイ、思ったより大事になっちゃったね……無理もないけど」

「ああ。とんだ騒動に巻き込まれて時間をロスしてしまったが……即刻追い出されるような事がなかっただけでも御の字だな」

「でも、明日まで時間がないよ。フウカのお父さんとお母さんも捜さなきゃいけないし……って、フウカ、聞いてる?」

「う、うん……」


 騒ぎが収まったために人だかりは減ったものの、それでもフウカを腫れ物か何かみたいに遠巻きにして、村人達の幾人かがそわそわとこちらを窺っている。


「わたし……みんなにとって迷惑なんだね」


 フウカは浮かない顔で俯いて、そう呟き――。


「――しっかりしろ、娘」


 腕組みをし、背中を向けたまま不意にワガハイがかけた言葉に、はっと顔を上げた。


「何をするにも、お前が動かない事には始まらんだろうが。……大事な人を捜すのなら、これくらいでへこたれてどうする」

「ワガハイ……」


 見上げるフウカの目から陰が消えて、代わりに少しずつ力が戻って来る。


「そう……そうだよね。わたし、お父さんとお母さんに会いたいもん。だから……頑張る」


 その時ティムが何かを思いついたみたいに、声を上げて二人の注目を集めた。


「避けられちゃうなら、避けない人にしようよ! ……シュシのとことかどうかな?」

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