夢幻の契り

 冷たい月明かりが射し込む部屋で、おかつは横たわったまま泣いていた。


 すると、長い影法師が、絹のような白い肌の背中へ歩み寄る。怯えた様子で泣き顔を上げれば、自分と同じ産まれたままの姿で、斬喰郎がそこにいた。


「うっ……ううう……うああぁぁああああぁぁぁああああああ!!」


 涙があふれて止まらない。

 力の限り、おかつは泣いた。


「すまない。遅くなってしまった」


 抱き起こそうとする斬喰郎の胸に、おかつはしがみつく。


「嫌……初めてが、あんな化け物だなんて……絶対に嫌だ……」


 震える声で、おかつは言葉を続ける。


「お願いします、斬喰郎様…………わたしを……わたしを抱いてくださいまし」


 斬喰郎は何も言わずに、そっとおかつを抱きしめ、まぶたを閉じた。





 月が雲に隠れる。


 ふたりの吐息が闇夜に溶ける。


「ああっ、斬喰郎様……!」


 おかつは、心地好い熱気に包まれて泣いていた。もちろん悲しみや痛みからではない。斬喰郎の優しさが、ただ、嬉しかった。


 闇がふたたび、盈月の穏やかな明かりに照らされる。


「斬喰郎様……どうか名前を……名前を呼んでください……」


 今この時だけの、今宵だけの愛しい人──おかつは身体を重ねながら、両手を伸ばして斬喰郎の頬に、しっかりとれる。


「おかつ」


 涙の痕が残る頬をゆるませ、おかつはそっとほほむ。


「わたしのことは全部、明日には忘れてくださいね」

「……いや、忘れないさ。オレがおまえの初めての男だ」

「斬喰郎様……ありがとう……」


 すっかりと雲が消えた夜空に、丸い月が綺麗に浮かぶ。


 縁側にひとり腰掛ける魑獲紗丸は、澄んだ眼差しでそんな月夜をじっと見上げていた。




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