第4話
四月。始業式の後、入学式の前。真新しい制服にどこか痛みの目立つ校章を付けて、私は何故か人目をはばかる様に門をくぐりました。立番の赤い腕章をつけた生徒は、私が差し出した生徒証をちらっと見ると、一瞬険しい顔をして、それから無言で、進む様に顎をしゃくりました。本当なら、私はまだここにいないはずなんですから無理もありません。赤尾さんを通じて特別に発行された、高等部一年生の生徒証。まだ教科書も受け取らないうちに、執行部の活動に参加するよう……呼び出されていたのです。
一度中等部の校舎へ向かいそうになり、ちょっと遠回りをして高等部の校舎には入りました。
登校時間をずらす様言われていたので、来た時には課業はすでに始まっていました。といっても、まだ年度始めの行事や説明のホームルームばかりでしたけど。出来るだけ教室の前を通らない様にしながら、四階の執行部室へ向かいます。白い扉はあの日と変わらずぴったりと閉じられ、中からは何の気配も感じられませんでした。内側に、開放厳禁の張り紙があることに気がついたのは随分後になってからでした。
「……時間通り、だな」
執行部長さんが、奥の事務机に座っていました。この日は会長さん一人だけでした
「これを持って、図書準備室に行ってもらう。委細は赤尾に聞いて欲しい。彼が担当だ」
机の上に薄いファイルを置き、私の方にそっと滑らせました。
「では、頼む」
私がファイルを受け取ると、会長さんは積み上がったプリントを一枚ずつめくり始めました。私はどうしていいかわからず、しばらくその様子をじっと眺めていました。上から下に、目を通していく様が良くわかります。全部読み終わると、左側に積み上げていき、また右の山から一枚とって、上から下。時々何か書き込むので、右に置いたペンを取る。その時にふと目があって、私は飛び上がりそうになりました。
「……どうした。もう用は済んだ。行ってくれ」
「え、あ、あの」
「あぁ……場所がわからないのか。南棟の三階だ。普段なら施錠されているが、今日は赤尾が鍵を預かってきているはずだ。もし彼がいなければ、そのまま廊下で待っているといい。三十分後に確認に人をやるから、それまで待たされているようなら次の指示をする。それでいいか?」
動きは止めないまま、会長さんはそう言いました。私は一礼して、執行部室を出ました。
ちょうど、一限目が終わったところでした。四階には教室はないので、ここまで上がってくる人はいません。それでも、階下が騒がしくなったことは十分伝わってきました。私は二限が始まるまで、その場から外を見ていました。ここからだと、敷地の裏側が見渡せました。表は駅に面していて、如何にも地方の主要駅前といった景色が見えるのですが、裏側は遠くまで土地が低くなっていて、結構遠くまで田畑や林が広がっています。こちら側には運動場や、道を挟んで職員駐車場、大倉庫棟があって、執行部の備品装備は、工場のような見た目の倉庫棟にまとめられているんだそうです。
チャイムが鳴ったので、私は階段を降り、図書準備室に向かいました。
コツ……コツ……と、私の足音がひびきました。誰かに聞かれているんじゃないかと、そんな気がして、なんとかして足音を消そうとそろそろ歩いているうちに図書準備室の前を通り過ぎそうになっていました。執行部室と違って窓のある引き戸。窓は目隠しされていますが、明かりが漏れているので、誰かがいることがわかりました。
「あぁ、来てくださいましたね。お待ちしてましたよ」
私が扉に手をかける前に、中から赤尾さんの顔が覗いていました。他には、誰もいません。扉の向かいに窓があって、右手の奥にはまた扉。その奥は図書室につながっているはずです。左手の奥には閉架書庫への鉄の扉、狭い部屋の真ん中には事務机が二つ向かい合わせになっていて、赤尾さんはその手前側を使って何か文書を作っていたようでした。開いたままのノートパソコンの脇に、書き散らしたメモや資料が雑に積み上げられていました。
「いやぁ、去年のものを流用すれば簡単かとも思ったんですが、なかなかいい感じに出来上がらなくて、ちょっと困ってたんですよねぇ」
「あの、私はどうしたらいいですか?何も聞かされてなくて……」
「そうだったんですか?部長はそういうとこあるからなぁ……」
赤尾さんは積み上げた紙束の中程から、一枚のプリントを抜き取って渡しました。
「新入生オリエンテーリングのパンフを作ってるんです。去年はフルカラーの良いのを作れたんですけど、今年は予算がないので……単色でなんとか見栄えのするものを、という会長のご希望でして」
多分、試しに作ったものなのでしょう、写真やイラストがたくさん入った、賑やかなパンフレット……のはずでした。
「ほとんど、潰れちゃってますね」
「あはは、そうなんですよ。印刷屋さんに頼むわけにもいかないので、職員室の輪転機を借りたんですが解像度?がどうも……部内資料と違って部数が多いですから、紙もどうしても良くないものになっちゃいますし……」
執行部員が不足しがちなのは、私も中等部で実感していました。他の委員会と違って、あくまでも自由参加の執行部です。部活動以上に活動が多く、責任も負います。内申には有利なのでうすけど……
「やっぱり、最初のアピールが肝心だと思うんですよね」
赤尾さんの言いたいことも、なんとなくわかりました。執行部の活動は、結構地味です。校内自治の中心はやはり生徒会で、執行部はあくまでもその下部組織です。その中では大きなもの、ではありますけれど、はっきり言って、地味です。
「正直言って、この何年か予算は減り続けています。出願数の減少も大きいんですけど……それ以上に、実績がないんですよ。ウチ」
赤尾さんは、ずっとにこにこしてはいますけれど、悔しさのような、歯痒さのような、そんなものを言葉の端々に滲ませていました。
結局、私に与えられたのは、この厳しい条件でのパンフレット作り、でした。
予算はないので、紙面を彩ることはできない。実績に乏しいので、殊更アピールできるものもない。
それでいて、今年度は人員増をしないと、普段の活動にも支障をきたしかねないので、なんとしても、仮入部でも良いから、一人でも多くの新入生に興味を持ってもらえるような……ものを作って欲しい、ということでした。
「難しいとは思うんですけど、会長直々に部長に下りてきた案件なんですよ。野宮さんに是非って」
「へ……?」
「もちろん僕も手伝いますから、がんばりましょう」
そういうと赤尾さんは、多分ずっとそうしていたように、何処か難しい顔をしながら机に向かいました。
少しの間、私はそれを何処かぼんやり眺めていることしかできませんでした。
何故……私なんだろう。
学園戦線異状なし! @reznov1945
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