第3話
その日は半日かかって、高等部の校舎を案内してもらいました。正しくは、赤尾さんが会長さんから預かったプリントをあちこちに持って行ったり、またあちこちから預かったり……するのについて行った。という形でした。赤尾さんは、執行部の中では情報通信班という部署に属していて、今日みたいな連絡をするのが主な仕事なんだそうです。他にはいろんな記録を管理したり、帳簿をつけたり、そういうことをするそうです。今の所、私もここに所属する予定だそうです。
お昼頃になって、赤尾さんは学校の外へ行きました。お弁当を買いに行くんだそうです。私もお昼を回るとは聞いてなかったので、一緒について行って、コンビニでハムチーズロールとパックのアップルティーを買いました。赤尾さんは、何かの払い込みをしていました。年度末なので、各部活から予算の残りを集めて、学園本部に返納する……んだそうです。本当なら生徒会の予算委員会が取りまとめることになっているんだけど、どうせしょっちゅう回るんだから……と、半ば押し付けられたようになっているんだとか。その話をしたときだけは、苦笑いしていたように思いました。
「本当は教えちゃいけないんですけどね」
鍵を開けながら、赤尾さんは小さな声でそう言いました。
新しい机が並べられた、新一年生の教室。机が大きく見える、というと、中等部のものより実際少しだけ大きいと教えてくれました机には既に名前を書いたシールが貼られていて、私は自分の名前がある、中央三列目の机に座ってみました。赤尾さんが教卓に向かうと、黒板が大きく見えました。
情報通信班にいる赤尾さんには、新入生のクラス割を見ることができたのだそうで、私が二組に入ることをこっそり教えてくれたのでした。それどころか、クラス全員の名簿を見せてくれたのです。
残念ながら、同じように中等部から進学した子はあまり多くないようでした。一組と二組は特進クラスだそうで、学内進学組は特に優秀でないと割り当てられない……とか。私は別に成績が良かったわけじゃないから、なぜここに割り当てられたのか、自分ではわかりませんでした。
そのことを話すと、赤尾さんはまた、本当はいけないんですけど、と前置きしてから教えてくれました。
「執行部員だからですよ」
「執行部員だから……?」
「そうです。皆さんは、オリエンテーリングの後に部活・委員会選択があって、その時に執行部員も選ばれる……と思っていらっしゃいますよね?」
「はい。そういう風に説明会で聞きました」
「それがそうでもないって話なんです……!」
赤尾さんは少しだけ悪い笑顔を浮かべながら、その先を話してくれました。
学園特区においては、各校は自治運営のための組織編成、運営を生徒の自主性に委ねている。というのがあります。例えば、生徒会なんかがそうですけれど、自主性を持つ、ということはある意味では、生徒会が強くないと、運営がうまくいかなくなり、旧態然とした職員室による管理を受けることになってしまう……ということでもあるんだと、中等部の執行部でも聞いたことがありました。自由と義務、とか、最低限遵守すべきカリキュラムの維持、とか、そういったことだと……言われていました。
オブザーバーとしての職員室を排除することはできないので、目をつけられない程度には管理できる体制を整え続けなければならない。そう言われていたのを覚えています。
さて、そのためには優秀な人材を募る必要がある……ということで、年度始めにはそれはもう活発な勧誘をしたのですけど、赤尾さんがいうには、クラス編成の段階から有望な人物を各クラスに分散させるよう働きかけている、むしろ、編成にも口を出せる……その程度には、我が学園の執行部は力を持っている。ということなのです。
「じゃあ……」
「そうです」うんうんと満足げにうなづいて「野宮さんを特進に入れたのは、会長と部長なんです。もちろん、学力も考慮したそうですけれど……」
新一年生のうち、執行部が目をつけた人物……何か特色を持っているとか、入部を強く希望しているとか、逆に、なんとかしてでも入部させたいだとか……そういう人物に対しては、ある意味強権を発動して編成させている。そういうようなことを言いました。
「えぇ、わたしそんなに……」
「いやいや、僕も見せてもらいましたけど、野宮さんには期待できることがたくさんあるんですよ。苦労したんですよ?僕のところにつけてもらうの」
「……へ?」
「あれ、言いませんでしたっけ。情報通信班の班長は僕なんです。ぜひ、野宮さんには通信班で頑張ってもらいたいなーって思って。庶務とか渉外とかもかなり欲しがってたんですけど、あの辺って結局仕事しないんですよねぇ」
通信班は忙しいですけれど、きっと充実すると思いますよ。そういった赤尾さんの顔は、やっぱりにこにこでした。
「まぁ、大丈夫です。このクラスには他にも有望な方がいますし、入学したらすぐにでもわかりますよ」
ひときわ笑顔を振りまく赤尾さんから目を逸らし、私は教室を見渡してみました。他に誰もいない教室。どんな子が入るんだろう。私はまた、赤尾さんのにこにこ笑顔に向き直りました。さっきと変わらないのに、なんだか違って見える。
この人は、なんでも知っているんじゃないか。笑顔の裏に感じた寒さが、身に沁みるような気がしました。
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