第37話 幕間~命の価値~

 まだ私が王女と呼ばれていたころ、時々思うことがあった。


 小さいころに、ある人が私に言った言葉がある。


 ”人の命の価値っていうのはねえ、みんな同じなんだよ。そう、みんな等価さ。それを忘れちゃいけないよ”





 まだ、年齢が二桁にもなっていない頃の話。


 その日は、何かの式典だった。


 お父様は、壇上に両手をつき、時々身振り手振りを交えながら、熱弁を振るっていた。


 お母様は、その後ろに用意された椅子に腰かけて、ただただ微笑みを群衆へと向けていた。


 外に出る時、お父様の両側には、黒い服でサングラスを掛けた人が二人、いつもただただ立っていた。


 いつの日か、お母様に”あの人たちはだぁれ?”と質問したら、「あれは、お父様を守ってくれる人よ」という返事が返ってきた。





 話の終わったらしいお父様が、一礼をしたところで、いつも立ってるだけだった黒い服の人たちが、急に動いた。


 乾いた音が三回。


 何が起こったのか、すぐには分からなかった。


 黒い服の人が一人、仰向けに倒れている。そのまま起き上がろうとしない。サングラスの外れた目は見開いたまま。こめかみと首から血が出ている。


 血が、白のワイシャツをどんどん塗りつぶしていく。


 もう一人の黒い服の人も、肩を押さえて膝を着いている。


 お父様は慌てた顔で、お母さまを連れて、用意された壇の裏へと走っていく。


 私も、侍従の女性に手を掴まれて、お父様と同じ方向へと引っ張られていく。


 私は、その時こう言っていたらしい。


「なんで?なんで黒い服のおじちゃん助けないの!?苦しそうなのに!?」


 侍従がこう返したのは覚えている。


「あの人たちは、それが仕事なのです」


 初めて、人が死ぬのを見た日だった。








 大きくなって、その日の光景の意味が理解できるようになった。


 お父様を狙ったテロで、銃弾からお父様を守るために、護衛の人たちが身を挺して盾になったこと。


(防弾ベストは着ていたらしい。ただ、それらは胸~腹部を守るのみで、肩は無防備だった。)


 そのときのことを思い返すたびに考えることがある。


 人命は全て等価だなんて嘘だ。


 現に護衛の人たちは、あの時自分の命を捨てて、お父様の命を救ったじゃない。


 人命が等価だというなら、お父様を見捨てて、自分だけ逃げればいいじゃない。


 映画を見て思う。


 人命が等価だというなら、見知らぬ人のために、命がけで災害や悪人に立ち向かわなくていいじゃない。








 十五歳の誕生日を迎えた。侍従が、お父様から誕生日プレゼントを預かっていると言った。


 渡されたのは、トパーズのあしらわれたイヤリングと・・・一人の女性。


 スーツは黒ではなかったけど、サングラスは掛けていた。


 すぐにわかった。私の護衛だと。


 名前は覚えていない。頭がグルグルしていて、そんなものは耳に入らなかった。


 かつて、お父様の身代わりになった二人の顔、特に死んだ護衛の人の虚ろな表情が、フラッシュバックする。


 この人も、いざとなれば私を守るために命を張るのだろうか。


 私を守って、自分の命を捨ててまで、致命の凶弾に立ちふさがるのだろうか。


 私の命に、そんな価値はあるのだろうか。


 それ以前に、命は皆等価じゃなかったのか。


 お父様は、この人にそんな命令を下したのか。


 あまつさえ、それを誕生日プレゼントなどというのか。





 また、私にを見ろと言うのか。





 私は、何に、どれに、どうして恐怖したのかもわからないままに叫び声を上げて・・・その後は覚えていない。





 ただ一つ覚えているのは・・・








 その日から、自分の立場とお父様が嫌いになったということだけ。

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