第3話 独りよがりな状況説明 下


 ドンドンとドアをたたく音に叩き起こされ、落ちていた意識が現実へと帰ってくる。ああいや、”ここ”を現実というのも違うか。などと、本調子には程遠い頭でとりとめのない思考を流す。


 相変わらず無駄な思考だが、そもそも人間なんぞ、無駄でない思考をする方が少ないだろう。もっとも、俺が勝手にそう思っているだけにすぎないが。


 そもそも、人間というのは無駄が多い。その第一がこの思考だ。無駄な思考というよりは、思考すること自体が無駄だと言っていい。


 思考なんぞがあるために、種のタブーといえる同族殺しや自殺をすらやってのけ、草食系男子や絶食系男子などという、種の繁殖にすら悪影響を与える”欠陥品”すら生じるようになった。


 いや、それをいうならそもそも結婚などというシステム自体が、種の存続に反した仕組みだろう。


 種の保存という観点として観るなら、野生や本能のみで生きるほうがよっぽど有利と思えるものだ。





 そう断じる俺に、”オレ”が否定の言葉を並べる。





 とはいえ事実、人類が繁栄しているのも確かである。それは間違いなく、思考から生じた知性による成果であり、本能や野生よりも自身や種の危機に対して敏感であるということもしばしばある。


 さらに知性の結晶ともいえる文明を発展させることで、野生でいるよりも遥かに生存性は上がっている。外敵や気候変化から身を守るための家屋、医療による病気の克服、挙げればキリはない。


 また、結婚というシステムはより良い遺伝子を優先的に残すことに貢献し、結果として未来の人類の生存確率を上げている・・・ことだろうと思う。





 などと、くだらない自問自答を続けている間にもドアをたたく音は大きくなる一方だ。やれやれ、気は乗らないが出てやるとするか。





 鍵を解錠するや否や、可憐な女生徒たちがその美貌に余すところなく敵意をみなぎらせ、俺を睨み付けてくる。


「氷月蛍斗さん、生徒会室まで来てもらいます。おとなしく同行すればよし、さもなくば・・・」


 昨夜のヴェルタが、そう口を開いた。


「昨夜はどうも。いや、こう言おうか。ゆうべはおたのしみでしたね」


「口より足を動かしてくれねえか?」


 木刀で真っ先に脱落したサイドポニーの女生徒が、腰に手を当てて急かす。


「あいにくと、誰かさんたちのせいで睡眠不足でな。体が言うことを聞かん」


「なら、引き摺っていくだけです」


 レンシアに襟をつかまれ、廊下へと引き出される。やれやれ、どうせ抵抗したり逃げたところで、素性が特定されていては意味もないか。


「へいへいっと」


 つかんだ腕を払いのけ、先導する彼女らに続いて重い足を進めた。やれやれ、あまり目立ちたくはなかったんだがなぁ・・・。











 かくして、道程を無言で消化し、やってまいりました生徒会室。生まれてこの方、どの学校でも俺には全く縁がない部屋だったのが、こんな形で来る羽目になるとは。


 きっちりノックをしてから、


「レンシア他役員二名と規則違反者、入ります」


 そう几帳面に入室の挨拶をし、ぞろぞろと中へと入る。俺も続いて中へ・・・


「ようこそ、転校生にして唯一の男子生徒、そして初日からの規則違反者さん?」


 入り、生徒会長らしき人物の顔を見て思ったことはただ一つ。





 完全にしくじった!それはもう、完璧に!どうしてこうなった!!





 その生徒会長の顔は、まさしく俺が接触するべきターゲットのそれだった。





「とりあえず、かけなさいな。あ・な・た以外は」


 その声で、俺以外の面子は椅子へ腰かける。


 室内はいたって簡素。中央に会議におあつらえ向きの白い丸テーブルと、椅子が7つ。それにホワイトボードと鉢植え二つ。窓にカーテン。家具はそれだけ。シンプルの極みだ。


 そして、いかにも上座な、ホワイトボード側の席に会長・・・ターゲットが座っている。


 やや薄めの金髪とストレートヘア。それに、白めの肌色と青がかった目の色。うん、間違いない。


「自己紹介くらいはしておきましょうか。私はこの学園の会長、シルフィ=フロワースです」


 うん、知ってる。あんたの母親から聞いてるし。


「では、レンシア。確認を兼ねて報告を」


「かしこまりました、会長」


 そうして、レンシアが昨夜のことを罪状を読むかのように報告するのを尻目に、まだ不調な思考回路をフル稼働させる。


 ターゲットが早期に見つかったのはまあいい。探す手間が省けてありがたくはある。


 しかし、


 しかしだ


 この接触の仕方は最悪だ。本来なら、彼女には好意的に接してもらえるよう動く予定だったのが、完全に破綻した。


 たった一度の本能的欲求のせいで。


 これが、若さゆえの過ちという奴か・・・。


「・・・以上が、昨夜の顛末です。規則違反の現行犯および、役員への妨害行為と傷害行為。処罰は免れないかと」


 などと思考の中だけでジョークを言っていると、気がついたら報告が終わっていた。ともかく、済んだものは仕方ない。逆境は望むところ、ここから大逆転を起こしたほうが面白いってもんさ。・・・そういうことにしておこう。


「報告ご苦労様。では、氷月さん、弁解などあれば伺いましょう?」


 そう、鋭く睨み付けて冷たく告げてくるターゲット。・・・もうこれ詰んでないか?恋愛シミュレーションなら巻き返しもあるんだろうが・・・。


「転校初日で勝手がわからなかった。それだけだ」


「それは考慮するにしても、役員への攻撃などはやりすぎではないかしら?」


「あまりに転校の歓迎が熱烈なもんで、ついこちらも興じてしまっただけさ」


 やっちまった。これでは煽っているようにしか聞こえないだろう。実際、昨夜の4人からの視線が敵意をさらに増している。こういうとき、自分の捻くれた性根が恨めしい。


「反省の色がないわね。いいわ、決を採りましょう。彼への処罰に反対するものは?」


 会長を除いて、メンバーは5人。うち4人が昨夜の被害者な時点で結果は分かり切っている。挙手などなかった。


「では、学園規則に則り、処罰を執行します」


 ち、停学か、あるいは退学か?どちらにしても、タイムロスが大きい。できれば叱責や減点くらいで・・・


「氷月蛍斗に対し、3ヶ月の生徒会の手伝いを命じます」


「・・・ほむ?」


 つまり、生徒会の雑用を引き受けろってわけか。願ってもない!ターゲットに接触できる時間が増えるなら願ったりだ。


「よろしいですね?」


「それで、昨夜の件は水に流してくれるというわけだな?」


「そういうこと。それでは、同意ということでいいわね?」


 そういって、会長が席を立とうとしたところで、満を持して告げる。


「だが断る」


「・・・はい?」


 うん、一回言ってみたかっただけなんだ、すまない。あまりにおあつらえ向きな状況だったもんで、つい言葉に出しちまった。


「どうせなら、俺を生徒会に入れてくれ」


「はぁ!?」


 ヴェルタが机を叩いて、叫んだ。ふざけるのも大概にしろとでも言いたそうな顔。おお、怖い怖い。


「昨夜、あれだけのことをやらかしといて、どの口がそんなことをいうのかしらねぇ?」


 ほかの役員からの突き刺さるような敵意の視線。ただ唯一会長だけは、敵意よりも疑問の色が濃かった。


「どうしてそんなことを?」


 そう聞かれると困る。こちらとしては、その方がよりターゲットと親密になりえるというだけの理由なんだが。ともあれ、解答例を脳内で急いでシミュレーションする。





「気が向いたからさ!」


 ・・・却下に決まってる。


「人の役に立ちたいんです!!」


 下手な採用面接かよ。


「前から興味が・・・」


 いやいや、昨日来たばっかりだし。


「昨夜の皆さんの戦いっぷりに感銘を受けました!」


 ・・・馬鹿にしてるとしかとられない。返り討ちにしちゃってるし。





 困った。ロクな回答案がない。ええい!肝心な時にさっぱり回らない頭め!それもこれも睡眠不足が悪い!


 しかし、このまま沈黙しているわけにもいかない。まともな回答が出るのを期待し、勢いと直感で口を開く。


「会長の傍にいたいんです!」


 はは~、ある意味事実ではあるが誤解を受けかねないなぁ、この回答は~。


 自分で言っておいて、頭を抱える。あああああああああああああ!!記憶抹消してえええええええええええ!1分前からやりなおしてえええええええええええええ!!


「会長の傍にいたいって、一目惚れしたと受けとっていいのかしら・・・?」


「なんで頭抱えてんだ?」


「思わぬタイミングで告白する羽目になったからか?」


会長含む役員たちが、疑惑当惑てんこもりの目でこちらを見ている。 

あー、これはもう引き返せないやつですね。


 ・・・もういいや。どうせ、誤解されたところでターゲット以外は関係ないし。仕事が終われば二度と会うこともないだろう。うん、そういうことにしよう。


「え、えっと、気持ちは嬉しいのだけれど・・・」


 おおう、周りの空気に乗せられてターゲットが顔を赤くしている。こうなりゃこのまま押し通してやる!毒を食らわば皿うどんじゃい!!


「その可憐な容姿に心奪われた!ぜひ、お傍に!!」


 ・・・客観的に自分を見ると死にたくなる。普段は冷めた人間を自称し、そう振る舞っているような奴が吐いていい言葉ではない。


「わたし、外見だけで判断されるのは嫌いよ」


「・・・」


 くっ、恥を忍んでやっているのにこの女!というか、元はといえばお前を助けるためにここまで出向いてきたのに!!どうして俺がこんな目に。・・・いや、元はといえば俺のせいか。


 ここは耐えろ氷月蛍斗!チャンスを感情で捨てるな。ここでもうひと押しすれば、難易度が変わってくるんだぞ!気の利いたセリフを返せ!的確に!どこから拾ってきた言葉でもいい!!


「なら、君のことを知る機会をくれ!生徒会で一緒に活動して、君のことをもっと知りたい!」


 ・・・よし、よくやった俺の脳内語録!いかにもそれらしい回答だ。自分に賛辞を送りたい!ラノベを読んでた甲斐があるってもんだぜ!





 ・・・そうだよ!察しの通りヤケクソだよ!こんにゃろい!もうどうにでもなれ!!





「・・・あうう、でも、そんな、いきなり・・・それに私は・・・」


 よし、効いている!ここでとっておきのダメ押しというやつだ!!


「頼む!お互いのことを知り合う機会をくれ!!」


 よくやった俺!プライドや恥やその他諸々を捨ててのこの口撃!!


 こうかは ばつぐんだ!


 ・・・いや、メロメロは変化技だから効果抜群も何もないか。というか、孵化厳選まだ途中なのをさっさと終えないと・・・じゃなくって!


 思考が現実逃避で逸れそうになるのを引き戻す。


 会長は顔を伏せたまま何も言わない。迷っているのか、はたまた照れてるだけなのか。後者なら可愛いんだが。外見も悪くないし。背も低く、顔だちも整っていてそれこそ人形のような・・・でもなくって!一体何を考えている!!


「会長」


 自爆した挙句混乱している俺を無視して、レンシアが声をかける。


「それは断りづらくての沈黙ですか?あるいは恥じらいゆえでしょうか?前者であれば、私が代わりに、一切未練を残さないよう丁寧にお断りいたしますが」


「え?いや、その、あの・・・」


 単に気持ちの整理がついていないらしい。あるいは、性急な状況についてこられていないだけか。見かねたのか、ヴェルタがこんな提案を出した。


「ならいっそ、勝負で決めればいいじゃねえか。会長が勝てば、お断り。万が一このクズが勝てば、生徒会入りを仕方なく認めてやるってことで。どうだ?」


 うん、なんでそういうことになるのかな?わけがわからないよ。しかし、ほかの面々は次々に同意する。


「それは名案ですね」


 どこがですかねえ?


「それなら後腐れもないかな」


 あるわ!ありまくるわ!


「このまま話が進展しないよりいいかと」


 あんたら、人の恋愛を何だと思ってんですかい!いや、俺も人のこと言えねえけどさあ!嘘だし!!


「そう、ね。みんながそういうなら。それがいいのかも」


 うおおい!会長!?なんで流されてんの!?意志薄弱なの!?激流に身を任せてどうかしてるの!?どう考えても、おかしいだろう!


 いくら家庭の事情で、友達付き合い・・・というか人付き合いの経験薄いにしても、それはねえだろうよ。


「なら、会場をセッティングします。一時間後に模擬戦室で」


「ちょっ!?まっ!」


 俺の制止を振り切って、外へと出ていくレンシア。


「えっと・・・」


 こっちをちらちら伺いつつ、気恥ずかしそうな会長。


「じゃ、じゃあまたあとで!」


 そういうと、部屋を飛び出していった。・・・おかしい。どこで俺は選択肢を間違えたのか。やはり俺が青春ラブコメやるのは間違っているのか。キャラ的に無理があるのか。


 ・・・まあ、面倒だからやるつもりなんざないが。


「ねえ、あなた」


 不意に後ろから声をかけられた。そこには、してやったりという顔の4人の役員。


「残念だけど、生徒会入りはあきらめなさい。あの会長に魔法勝負で勝てるわけがないもの」


「魔法勝負??」


「この学園で勝負といえば魔法勝負よ。互いに魔法を使い、相手を継戦不可能にすれば勝ち」


「そして、会長は今までのところ無敗なんだぜ?結果はわかりきってる」


 なるほど、俺を生徒会に入れないために会長が混乱してるのをいいことに誘導しやがったのか。


「あたしたち、あんたのこと嫌いだもの。悪く思わないでよね」


 ・・・気に入らねえな。これだから人間ってやつは・・・。


「おい、下郎ども」


 いきなり俺の雰囲気が変わったことに怯んだらしい。顔が引きつっている。


「自分たちの腹いせのために友人を利用してんじゃねえよ、それでも友人か?ったく、人間ってのはやっぱり下劣で低俗だ。自分もそんな生き物だと思うと死にたくなるわ」


「はっ!腹いせはてめえだろうよ。自分の目論見が失敗したからって、オレたちに当たるんじゃねえよ!」


 ヴェルタが、火がついたように反論してくる。当然俺も引かない。


「てめえらと一緒にすんな。俺は八つ当たりなんて非生産的な行為はしねえんだよ。勝手に自分たちの薄汚れた尺度で、俺を測るんじゃねえよ。ったく、くだらない奴らだぜ」


「言わせておけば・・・こんのぉ!」


 拳を振りかぶり、俺を殴ろうとしたところで


「やめなさい!」


 後ろにいた役員に腕を掴まれる。ちっ、かかってくるなら4人まとめて仕留めてやったんだが。


「氷月さん、一旦自室へお引き取りを。後ほど、迎えを行かせます」


「・・・ちっ」


 頭を冷やすためにも、一度自室へと戻ることにした。











 自室で寝転びながら考える。なぜ俺はあの時ヴェルタたちに対して怒りを抱いたのか。答えは決まっている。





 同族嫌悪





 俺だって、自分の目的のために、ある意味あの子を利用しようとしているし、あいつらと大して変わらないのも自覚している。ただ、違うと言い切れるのは、俺は自分が外道だという自覚はある。あいつらは、自覚すらなく、ごく自然にそれをやってのけた。それが気に入らなかった、それだけだ。それに、俺の行動は結果としてあの子を救うことにも繋がる・・・いや、これも自己弁護や偽善の類か。


 実際のところ、やってることは変わらないし、俺の自己満足かエゴか、まあそんな感情の産物であることは分かっている。理屈でなく感情が先に立った。だから大人げなくキレた。それだけだ。我ながらガキなことだ。





 これだから人間ってやつはくだらないし欠陥品だ。


 理屈だけで行動するのなら、思考を得た意味はある。理屈の上で正しい行動なら、たとえそれが結果として誤っていたとしても、それは理屈が間違っていただけだ。それなら仕方ない。


 だが、感情が混じるのなら思考を得ても利は薄い。最初から間違っているとわかっている選択肢を、感情の赴くままに採る可能性が生まれるからだ。これは前者とは大きな差だ。


 だから俺は人間が、自分が嫌いだ。たまに死にたくもなる。でも、俺は人間なんだと言い訳をして、感情で間違った選択を採る。


 わかっている。矛盾していると。そして尚更死にたくなる。そしてより人間を嫌いになる。はっ、素晴らしい無限ループの出来上がり。負の循環だ。


 もし、神が人間を作ったとしたら、どうしてこんな不完全なモノを創造などしたのか。


 きまぐれか?あるいは不完全なものと自分たちを比べて優越感を得るためか?そういったものを観察でもして暇つぶしでもする気だったか?あるいは・・・完全を作れるほど万能ではなかったのか?


 ・・・いや、これも逃避か。一つ言えるとしたら、目の前に今神がいたら、間違いなく俺はそいつを殺しにかかるに違いない。


 生きているのなら神様だって殺して見せる、と言うところか。


 あ、いや、でもあの世界観だと神様は生きても死んでもいないんだったっけか。





 などと、脇へと逸れていく思考を、ノックの音が中断させた。


 ドアが躊躇なく開かれ、レンシアが中へと勝手に入り込んでくる。鍵をかけてなかったのはこっちとはいえ、ずかずか上がり込んできやがってからに。


「準備が整いました。どうぞ、おいでください」


「・・・」


 無言でレンシアの後に続き、ほどなく目的地へ着く。


 ドーム状の建物。中へ入ると、中央には円形の何もない空間。それを取り囲むような観客席と観衆。さながらリングのような作りになっていた。


「模擬戦ドームです。魔法を使う模擬戦は、全てここで行うんです。」


 俺の考えを読むように、レンシアが説明してくれる。しかし、観客の多いこと。今は昼休みらしいから観客がいるのはおかしくないにしても、200人以上いるんじゃないのか?


「中央へ」


 促されるまま、観客席を抜けて中央の空間へ歩を進める。と、


「まずはチャレンジャー!転校初日から校則違反の上に、生徒会役員へ楯突き、暴力までふるった鬼畜外道男子の・・・えーと、ヒヅキケイトの到着だあ!」


 そんなアナウンスが鳴り響き、一斉にブーイングが起こる。実況までいるのかよ、本格的だな。つーか、大げさすぎじゃないか!?外道はその通りだからいいとして、明らかに俺を悪役に仕立て上げに来てるだろ!


「いや、実際悪役ですし」


 あーまあ、違反者だしな。この場合、俺を悪役にしておく方が盛り上がるのもわかるしな。いいさ、今は言わせておいてやる。そして、さらりと俺の思考を読むな。


「それを裁くは、我らが無敗の生徒会長!この学園の秩序の象徴にして、完全無欠、最強の魔法使い!!シルフィ=フロワース!!」


 明らかに贔屓の入った紹介とともに、会長がリングの上へと立つ。・・・ほぅ?雰囲気が生徒会室の時とは別人だ。尋常ではない集中力に、適度な緊張。四肢は力みすぎず、さりとて脱力もせず。こちらを見据える視線には、殺気すら見えそうなほどだ。そのたたずまいと威圧感は、まさしく強者のそれである。・・・なるほど。昨夜の4人よりは遥かに上手のようだ。


「では、これより試合を行います。両者にシールドを展開」


 言いながら、レンシアは何やら詠唱を開始した。同時に、俺と会長の体を光の膜の様なものが覆う。


「これの存在により、どれほどの規模の攻撃を受けても肉体へのダメージは一切ありません。ただし、シールドが吸収したダメージに応じて、感覚には影響が出ます」


「ふむ、体を斬られても肉体にダメージはないが、斬られた部分の痛みは感じるってことか」


「加えて、仮に腕が切断されるほどのダメージを吸収した場合、実際に切断されたかのように、斬られた部分より先は、動かすことはできません。もちろん、切断部の痛みは残りますが」


「そこまで再現すると、痛みによるショック死とかが気になるんだが?」


「痛みなどの苦痛にはリミッターがかけられていますので、それはありません。ただし、リミッター域に苦痛が達した場合、現実では戦闘不可能な状態であると見なし、決着となります」


「それはまた、よくできてるこった」


 ご都合主義も極まってやがる。まあ、”この世界”でそんなこと言っても仕方ない以上に今更だが。


「ちなみに、魔法によらない攻撃は可か?」


「可能です。体術や素手での格闘なども許可されています。身体強化などの魔法もありますし、それらを有効に使うためにも制限はありません。」


「そりゃ、ありがたい」





「では、試合を開始します!」





 ルール確認を終えたのを見計らったかのように、戦闘開始の合図がなされる。


 同時に、会長ことシルフィの手から火炎弾が乱射される。何か具現化してもよかったが、まずは様子見がてら体を動かして普通に回避行動をとる。


 誘導などはしないようで、射線から外れても追ってくることはなかった。


 ・・・いや、外れた炎弾が後方で弾け、火の粉の雨となって俺を包まんばかりに降り注ぐ。


 とっさに横へ体を転がす。数か所に火の粉がかかったようだが、一瞬熱い程度で、火傷するほどではなかった。


 体制を直しつつ視線をシルフィへ戻すと、今度はレンシアの放ったのと似たような蔦を複数、彼女の前の地面からこちらへと伸ばしてくる。しかも、俺の腕の倍くらいの太さがある。


 てっきり、四肢を捕らえて、身動きを封じてくるのかと思いきや、鞭のようにしならせて打撃攻撃を放ってきた。


 太さと勢いから考えて、生身での防御は無謀だろう。仕方ない、避けられるだけは避けながら接近するとしよう。


 溜息を一つ吐き、前進を試みる。振り下ろされた蔦を右にかわした直後、文字通り横殴りの一撃を脇腹へもらった。


 踏ん張ることもできず、跳ね飛ばされて地面を転がる羽目になる。


 打撃を受けた腹部を中心に、各所に痛みが広がる。


 しかも、後頭部を地面でしたたかに打ったため、立とうにも足元がおぼつかない。


「これで、チェックよ」


 シルフィが、氷で作ったらしいサーベルを持って近寄ってくる。どうやら、直接とどめを刺してやろうということらしい。・・・はっ、誇り高いことで。だが、それこそがお前の欠点かつ敗因だ。


 高潔な姫さんにおかれては、俺たちのような泥臭い喧嘩なんぞとは無縁だろう。


 シルフィが俺の傍らに立ち、剣を振り下ろそうとしたところへ足を絡めるようにして、シルフィの体を引きずり倒す。同時に体を起こして膝立ちになり、サーベルを持った右腕を押さえる。そして、躊躇なく手元に出したナイフを振り下ろす。





 観客から罵倒の嵐が吹き荒れる中、勝敗は決した。

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