第2話 独りよがりな状況説明 上
目が覚めた。見知らぬ天井があった。
上半身を起こし、体を伸ばし、いつもの癖として五体が完全に動くかを確認する。特に問題はなさそうだ。外はすっかり夜の帳が下りていた。部屋に備え付けの壁時計は、午後11時を指していた。・・・どうやら5時間ほど眠っていたらしい。道理で、腹も減るわけだ。あらためて、部屋に備蓄食料がないかを確認するが、冷蔵庫をはじめとしてどこも空だった。仕方ない、調達に出るとしようか。部屋の鍵を閉め、すっかり暗闇に包まれた廊下を進む。たしか、学生食堂が近い位置にあったはずだ。ひとまずはそこへ向かうことにした。
「バカか俺は」
学生食堂は閉まっていた。そりゃそうだ。学食がこんな時間まで開いているわけがない。寝起きで再起動中の頭ではそんなことにも気づかなかったらしい。となると、城外に出て済ませるしかないだろう。確か、飲食店の集まった区画もあったはずだ。
「ん?夜の城外・・・?」
何かが頭の隅に引っかかったが、まあいい。今はともかく、飢えを満たすのが先決だ。俺は、城外への扉の一つを押し開き、夜風の中へと踏み出した。思った通り、外はまだ灯りが点っていた。この分なら、営業している飲食店の一つはあるだろう。もっとも、異国の少女の創造した世界だ、日本食は期待できまい。とはいえ、全店が似たような料理しか出さないということもなかろう。
「ちょっと、そこのあなた」
などと、未だに不調の頭で思考を流していると、右方向から声をかけられた。首だけ向けると、生徒会と書いたタスキを下げた美少女がいた。少女の空想の世界だけに、この世界の役者たちは全員綺麗だったり可愛らしい容姿をしているが、彼女はとりわけ可憐に見えた。ただ、それだけに、威圧的な眼差しを向ける目が余計に強調されて映ってしまう。なにはともあれ、こんな美少女に声をかけられて、無視するほど無粋でもない。
「なにかな?」
そう、いつもより柔らかい返答を返してみる。
「あなた、男だけどこの学園の生徒・・・よね?」
「どうしてそう思う?」
「襟に校章がついてるからよ」
「なるほど」
そういえば、職員室で校章のバッジをもらってからずっと付けっぱなしだった。この学園では私服が許されている代わりに、学園生と分かるように校章の描かれたバッジを、目立つ位置につけることが義務付けられているんだとか。
「じゃあ、確認も済んだところで改めて」
相手は勝手に仕切りなおすと、高圧的に告げてきた。
「あなたを、規則違反の罪で生徒会室へ連行します」
「・・・はい?」
「罪状は、夜間の城外への外出。いいですね?」
ああ、そうだった。教師が好き勝手に喋ってる中で、そんな規則の説明があった。あまりに情報の密度が濃かったので、完全に摩耗しちまっていた。さっき引っかかったのはこれに違いない。万全の頭なら思い出せただろうに・・・。
とりあえず、この場をどうにか収めるために言い訳を並べてみる。
「実は、今日が転校初日で全然規則とかがわからないんだ。見逃してくれないか」
「職員室で説明を受けたはずです」
まあ、そうなんだが。
「部屋に食料がないんだ。晩餐くらいは・・・」
「明日の朝食まで我慢なさい。一食抜いたって死にはしません」
「水もないんだ」
「水道水をどうぞ」
ええい、正論ばかり並べやがってからに、腹立たしい。穏便に交渉で済ませようと思ったが、腹が立ったし、その分腹も減った。ここは食欲を優先させてもらう。まったく、人間の三大欲求とはよく言ったものだ。
「あんた名前は?」
「なぜそんなことを?」
「記念さ」
「何の記念なんだか。・・・レンシアよ。見ての通り生徒会のメンバー」
「ありがとう、レンシア。そして・・・あばよっ」
あえて、後ろにではなくレンシアの脇を抜けて正面へと疾駆する。こちらのほうが反応も判断も遅れるのは経験済みだ。
「なっ!?」
そのまま駆け抜けて撒くつもりが、不意に足首を取られて前のめりに倒れた。滑稽かつ無様の極みだ。見ると、足首にピンク色の蔦が絡みついている。それは、レンシアの手から伸びていた。なるほど、こいつが魔法らしい。
「こんの!!」
引きはがそうとするが、表面に粘液のようなものがまとわりついていて、握る力が入らない。・・・仕方ないか。
「っせ!!」
「!?そんな!!」
握っていた小刀で蔦を断ち切り、残りを解いて再び駆け出す。もう一度同じように転ばせにくるかと思ったが杞憂に終わった。速度を落とさず振り返ると、レンシアはどこかに電話をかけていた。おそらく、応援を呼んだのだろう。こっちもそれは覚悟の上だ。今のうちに距離を稼いで、姿を眩ますとしよう。一度見失ってくれれば、あとはこっちのものだ。
・・・などと思っていたのだが。
「待たんかい、こらぁっ!!」
「逃がしませんよ」
「ええい、しつこい!!」
身を潜ませ、息を整えていたところをあっけなく発見されてかれこれ15分も鬼ごっこを続ける羽目になっている。しかも、かくれんぼではこちらに勝ち目がないときた。最初を含めて、三度も追っ手を撒いて身を隠してみたが、いずれもほとんどタイムラグをおかずに発見されている。どうやら、追跡か発信機の類の魔法をかけられているらしい。さらに、生徒会メンバーらしい新たな追っ手は3人増え、しかも交代で追跡をしてくるので、相手のスタミナ切れに期待することもできない。というか、こっちのスタミナがいい加減限界だ。しかも・・・
「せいっ!」
少女がかざした手の平から、紫電が放射される。追っ手は断続的にこちらに魔法での直接攻撃を仕掛けてきていた。おかげで、常に神経を尖らさねばならない。それが余計に俺の疲労感を誘っていた。このままでは、あと10分もせずに生徒会室で尋問される羽目になるだろう。夕飯を取り損ねることより、こいつらに捕まる=負ける方がよほど口惜しい。とはいえ、こちらの現状の劣勢は否めない。そう、”現状の”だが。
「「((!?))」」
狭い路地の交差する十字路で、突如180度反転した俺の意図を判断しかねて、二人ともが足を止める。ここからもう一度全速力で走るという手もなくはないが、いかんせん体力が足りない。ではどうするか?
「こうするさ」
二人の片割れへと急接近し、手に持った”それ”で首筋に軽く一撃。立っている人間は俺を含めて二人となった。
「木刀!?そんなものどこから!?」
「異次元から」
適当なことを言いつつ、驚愕に立ちすくむもう一人へと肉薄する。魔法学園なのに物質の転送や生成はないのだろうかという疑問が、ふと頭をよぎる。ちなみに、今言ったことはまんざら嘘というわけでもない。まあ、言わば俺の能力とでも言ったところか。
ろくな抵抗もできずに相方も地面へと伏したところで、予想通り残りの二人が駆けつける。一人は言わずと知れたレンシア。今度は杖を携帯している。・・・こりゃ、追跡というより対象とその周囲を観察するような魔法を使っているに違いない。現に、残りの二人はなんの連絡もなしに先のペアの危機を知って、この場へ到着している。もっとも、どこかからこっそり肉眼で観察していた可能性もあったりするが。
「よくも二人を!」
「生徒への暴力に、生徒会への反抗。生温い沙汰では済ましませんよ!」
各々、敵意を隠すことなく臨戦態勢をとっている。・・・やれやれ、そんな目をされたら俺も意地でも抵抗したくなるじゃないか。互いに一部の油断も許されない真剣勝負というのは、どういう状況であれ燃える。しかも、二対一というハンディキャップ戦。いいぜ、逆境上等!ますます興じられるってもんだ。
「レンシアの隣のお前、やり合う前に名前だけでも残していきな」
俺の雰囲気が変わったことに少し気圧されながらも、戦意はそのままに少女は答えた。
「ヴェルタ。今夜の敗北とともに、覚えておきな」
「いいだろう。勝利の愉悦とともに刻んでやるさ」
もう語ることはない。俺も、得物を手に具現化して機を計る。
「なに、あれ・・・?見たことない武器だわ」
「いや、それよりもどこから?いいえ、どうやって!?」
さすがに殺傷性が高いために、本来の俺の得物達を出すわけにはいかないが、まあこれでも充分だろう。右手に十手を握りしめ、眼前で構える。魔法などという、ある種なんでもありな概念を行使する相手との戦闘。どんな予想外の一手が指されるか。恐怖もなくはないが、それ以上の興味と興奮があった。
とくにきっかけもなく、敵が先に動く。ヴェルタが両手の指先を揃えて、こちらに向ける。前に習えの体勢といえばわかりやすいだろうか。同時に十本の指先から、青く小さい光弾が連射される。並行してレンシアも、杖を手に接近してくる。なるほど、前衛と後衛というわけか。面白い。
「戦いについて少しは知っているらしいな!」
レンシアに先んじて迫り来る光弾を、左の路地へ入ってやり過ごす。そのまま、敵前衛が路地に入ってくるのを待ち受ける。短時間でも、二人を分断しようという考えだ。が、3秒経ってもレンシアは入ってこない。・・・いや、上か!
「いただき!」
「ほう?なにをだね、お嬢さん?」
屋根から飛び降り、杖を叩き付けに来たその腕を空いた左手でとり、落下の勢いを利用して地面へと叩き付ける。もちろん、怪我をさせない程度の手加減は怠っていない。
「うっ」
衝撃で呼吸を詰まらせてはいるが、おそらく骨折などはないはずだ。せいぜいひびが入った程度だろうなどと、悠長に観察していた俺の背後に気配が現れる。ヴェルタが迂回してきたものらしい。振り返ると、どこからか調達したらしい箒に跨り、上空から俺を見下ろすヴェルタがいた。
「箒で空を飛ぶ・・・か。こりゃまた古典的というか、定番というか」
なんて言ってる間に再び光弾が俺を襲う。アーケードや軒先などがない以上、自力で防ぐか避けるかの二択しかない。数量的に回避は望めまい。なら、防ぐか。着弾までの猶予で瞬時に頭を回転させ、思い浮かんだそれを具現化させる。・・・よりによってビニール傘だったが。いや、確かに頭上からの雨を防ぐにはもってこいだが、今回はただの雨でなく光弾の雨だ。とはいえ、新たに何かを具現化する余裕はない。一か八か、左手に持った傘を開き、屈んで殺到する光へと向ける。一瞬と間をおかず、光弾が傘に着弾する手応えが伝わる。幸いと、傘のビニールを貫通したりはしなかった。しかし、代わりに別の異変が起こる。傘の重量が増している。5秒も経たずに重量の増えた傘を支えきれなくなり、バックステップと同時にその場に置き捨てる。その際、俺の左腕にも複数の光弾が直撃する。痛みはなかったが、それらは左腕に付着。そして、やはり左腕に普段以上の重力がかかる。どうやら、あの光弾は付着した部分の重量を増やすらしい。あるいは、重力の強化だろうか。いや、単に光弾に重量があるのか?十手で払おうとしたが、実体がないらしく虚しく通り抜けるだけだった。参った、これでは左手が使い物にならない上に、俺自身の機動力にも悪影響が出てくる。おまけに、相手は空を飛んでいるときた。これでは、ただの人間では反撃もままならない。
・・・まあ、ただの人間ならだが。
俺は右手に、使い慣れたそれを具現化させ、空へと投げる。当然、ヴェルタ本人を狙ったりはしない。狙いは、跨っている物の方。
「ナイフ!?」
さすがに切断とまではいかなかったが、跨っていた箒の後方を折ることに成功。そして直感通り、途端に浮力を失った箒とともにヴェルタが落下してくる。と同時に、左腕の光弾も消え去った。集中力を切らしたとかか?
「ほいよっと」
当然、地面に激突するのを見過ごしたりはせず、両手で受け止める。初めてやってみたが、思ったより負荷が大きく、尻餅をついてしまう。やはり、漫画の描写のようにはいかないということか。少女の体重がもう少しあれば、腕が折れていたかもしれない。
腕の中のお姫様は幸いと気を失っているらしい。ちょうどいいので、このままベンチにでも寝かせて本来の目的に赴くとしよう。
「待ちなさい、このっ・・・!」
ヴェルタとの交戦の間に意識を取り戻していたらしく、レンシアがこちらを睨み付けていた。起き上がれはしないようで、口だけで引き止めるレンシアに片手を揚げ、俺は歩き出した・・・。
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