夢幻の終演者(仮題)

PKT

一幕目 夢現

第1話 自己満足なプロローグ

 目を開けた・・・いや、むしろ目を閉じたというべきなのか。まあ、そんな言い回しはどうでもいい。


 くだらない自問自答をあっさりと投げ捨て、俺は立ち上がって正面を見る。・・・広大な湖の中央、架けられた一本の橋の先に異様に大きい城と、それを取り巻く城壁がある。


「やれやれ、箱入りのお姫様らしいというか、なんというか・・・」


 そう呟くことで自分を納得させ、同時に今の状況を体に染渡らせていく。


「それじゃ、とりあえずいくとするかね」


 なぜか足元にあった、氷月 蛍斗ひづき けいとと自分の名が書かれたスーツケースを手に、城下町へのアーチをくぐる。並行して思考を流し、まず第一にすべきことを考える。とはいえ、結論はいつも同じ。


(まずは、主役の捜索からかね。やれやれ、すぐ見つかるといいが・・・)


 ここへ来る前に見た彼女の顔を思い出しながら、周囲を観察する。


 歩くこと数分。城下町を抜け、俺は城の前へと辿りついた。


 タージ=マハルかよとツッコミたいくらい、一面真っ白な壁だ。(洒落ではない)白亜の城とでも名付けてやりたい。尖塔部分だけは青に塗装されている。


(童話なんかでありがちなディテールだな。まあ、夢見る少女らしくはあるか)


 先ほどくぐった城門にはこう書いてあった。”アインツ魔法少女学校”と


(ファンタジーなんだか、メルヘンなんだか・・・これが、複雑な乙女心、年頃の女の子ってやつなのか。・・・いや、大して考えてないだけか)


 つらつらと無駄な思考を流しつつ、中世の宮殿のそれを再現したかのような庭を、ただ真っ直ぐ進み続ける。周りの少女の俺を見る目が怪訝であったり、疑念に満ちていたりするのは、ここが魔法使いではなく魔法”少女”の学校だからだろう。確かに、可憐な少女の園の中に俺のような荒んだ男子など、場違いの極みだろう。もっとも、理解した上でなお、歩みを止めたり釈明をすることはない。したところで、俺の仕事にプラスになるとは思えないし、何より面倒だ。


「あの・・・?」


 三人のグループの少女達の内の一人が、後ろから俺を呼んだ。・・・俺に話しかけるには相当勇気が必要だったらしい。現に、三人とも身構えたり俺の挙動を観察したりと、各々が警戒態勢をとっている。それを見れば、どれほどの勇気を振り絞って俺に話しかけたのかは嫌でも伝わる。無視してもよかったが、その勇気に応えてやるくらいはやぶさかでもない。なにより、まだ少しは残っているらしい俺の良心が痛む。


「ああ、気にするな。別に怪しいものじゃない」


 といってはみたが、怪しい奴はみんなそう言うのではないかとも考えてしまう。むしろ、逆効果だったかもしれない。


「は、はぁ・・・?」


 語尾に疑問のイントネーションが残っているのを聞き取ったが、それ以上は追及してこなかった。これ以上の余力と勇気はなかったらしい。三人とも、こちらを振り返りながら去って行った。その後も、疑惑の視線を浴びながら歩くこと8分程、ようやく入城(?)することができた。


 中は、高い天井にシャンデリアが吊るされ、長く広い廊下には一定距離ごとに花瓶や絵画が飾られている。こりゃ、ますますもって中世の城だ。まあ、あくまで俺の受けた印象でしかないが。


 玄関付近にあった学園案内板を見ると、どうやらこの城自体が学生寮を備えた学校ということらしい。とはいえ、城下にはスーパーやコンビニらしきもの、レストランにブティック、果ては娯楽施設とこの城を中心として街が一つ出来ているらしい。


「いくら、箱入り娘の想像・・・というか創造の世界とはいえ、あまりにも突拍子なさすぎだろうに」


 一つ嘆息して、思考を切り替える。第一に優先するべきは彼女との接触だが、そのためにはこの世界での自分に設定されたロールを理解しておく必要がある。魔法少女学校ということだから、自分は生徒ではないだろう。だとすると教師だろうか、その場合はかなり面倒だ。魔法を知らない俺が魔法を教える教師なんて、そんな無茶なロールプレイングをできるわけがない。どう足掻いてもボロが出て、自分の正体がバレることになる。そうなれば、自身の不利は免れない。ともあれ、確定していない状況を想定したところで埒もない。なら、どうやってこの世界での自分の立場を把握するのか・・・?


 学内案内板を眺め、とある部屋の名前を見つけたことでその問題は解決した。





 ”教職員室”





 ここで教師の反応を見れば、自ずと自分の立場は明らかになるだろう。そう結論付けて、俺は地図に示された場所へと歩みを向けた。





 





 約10分と30秒後、俺は職員室の中で教師たちに囲まれるという事態に陥っていた。職員室の扉を開け、キョトンとした顔の教師を捕まえて自分の名前を名乗ると、10秒後にはこの有様になっていた。


 興奮状態で勝手に話し続ける彼女らの話をまとめると、ここは、生まれつき魔法の素質を備えた少女を集め、その魔力(体内に蓄積される、魔法に使うエネルギーと定義されているんだとか)を高めるための訓練と魔法に関する知識を学ぶ場であるらしい。そして、元来魔法の素質を持つのは女性だけだったが、その中で唯一魔法の素質を持った男が俺らしい。やれやれ、これまた目立つ役を引き当てちまったもんだ。そしてここの教師とは、以前魔法少女だった人ばかり・・・つまり女性のみだ。まるでギャルゲか何かのような世界観だな、などと連想する自分に少し自己嫌悪を抱く。


 ともあれ、教師陣の質問攻めをやり過ごし、必要な情報を得たところで職員室を辞して学生寮のある方へと向かうことにした。どうやら、学園関連の施設と寮のみが城内にあり、他の施設は全て城外にあるらしい。所々に、”魔導器具保管室”だの、”魔法実戦訓練室”だのといった俺の好奇心をそそる部屋も多かったが、そのあたりの散策は明日以降に回すことにする。











 職員室で受け取った城内の見取り図を見ながら彷徨うこと30分。そろそろ夕方になろうかという頃合いで、ようやく自分の部屋を探し当てることができた。当然というか、他の学生の女子たちとは離れた場所になっていた。鍵を開け、ひとしきり中を見回す。1Kの手狭な部屋だったが、故郷の日本のアパートに比べると洗練された印象があった。一面全て城と同じ純白に統一された壁には慣れることができそうにない。しばらくはこの現実感のない部屋が俺の寝床となる。一心地ついたところで、スーツケースを漁ってみる。大抵は衣服などの生活用品だったが、あいにくと食料の類はなかった。中に入っていた財布には、見慣れぬ紙幣が入っていた。ユーロ・・・とは違うようだ。ドルでもマルクでもない。この世界オリジナルの紙幣とみるべきだろう。


 職員室でもらった生徒手帳やら書類やらを適当に部屋の隅に押しやり、絨毯の上に横になるとすぐに睡魔が襲ってきた。そういえば、”こっち”に来る前も移動続きでゆっくり睡眠をとれていない。俺は、今考えるべきことを一旦全て頭の隅に追いやり、人間の本能と欲求に身を任せ瞼を閉じた・・・。

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