第4話 伏線まみれの経過報告
下の下な方法ながらもシルフィを下した俺。その日を境に周囲からの見る目が変わった・・・なんてよくある話のようにはいくわけもなく。むしろ、多くの学生から冷たい眼差しを受けていた。
・・・いや、確かに見る目は変わったわけか。悪化とはいえ、その手の作品でのお約束は現実でも起こるらしい。もっとも、ここを現実というのは違う気もするが。
さて、ともあれ試合の日から一週間が経過した。といっても、やっていたことといえば、魔法の実技と座学のほかは生徒会の見回りやら、事務仕事くらいのもので、肝心の物語を進めることは何一つできていない。
(ちなみに、座学の時間はほぼ睡眠時間となっているし、実技については、魔法で物質生成ができ、それを練習していると誤魔化している。余談だが、物質生成の魔法は本来かなりの高難度らしい)
そもそも、シルフィが何を望んで、あるいは何を果たしたくてこの世界を作ったのかすらまだわかっていない。
ちなみに、シルフィはというと、俺に対しては表面上事務的に接してくれている。初の試合での敗北の悔しさやら、俺の向けた偽物の好意への嬉しさやら、その俺がとった卑劣なやり方への怒りやら、感情がごちゃごちゃで整理しきれておらず、どう接していいのかわからないといった風である。
このままでは、物語を進めるどころか情報収集すらもままならない。
いよいよ、手詰まりかと思っていたところに、ようやく援軍が到着した。
こちらへきてから8日目、学食でパンをかじっていた俺の前に見知った顔が近づいてきた。
「よう、蛍斗。苦戦してるみたいじゃないか」
「・・・水菜か。たしかに、予定より時間かかっちまってるよ。ちょっと最初の出会い方を間違えてな」
「パンを咥えたシルフィに、体当たりでも食らったか?」
「いや、ラブコメ的な感じではなく・・・」
「ははっ、来て早々に何かやらかしたらしいじゃないか。生徒からの評判は最悪の一言に尽きるぜ」
「左様でございますか」
小学校時代からの幼馴染で、腐れ縁でもある。
互いに昼食を取りながら、情報交換(というより、ほぼ俺からの一方的供与だが)を行う。
「つまり、大して何もわかってないわけだ」
一通りの状況説明を終えて、水菜の放った第一声はこれだった。何も言い返せないのが口惜しい限りだ。
「あたしの役は、魔法はそこそこだが運動センスはお墨付きって生徒らしい。」
なるほど、運動どころか格闘技すら嗜む水菜にぴったりの配役だ。しかし、それ以上の懸念があった。
「でも、それだと実技の授業はどうするんだ。途中参加だと、お前が演じる前の生徒と矛盾が生じないか?」
この学園では、自身の魔法を実際に使用し、それに対して教師から指導を受ける実技の科目がある。本来部外者である俺たちは、当然魔法など使えるはずもない。俺は最初からの参加だったために、自身の役柄について縛りがなく、自由に振る舞えた。しかし、途中参加となり、既にディテールがある程度定まった生徒を引き継ぐ水菜はそうもいかない。その生徒と同一人物だと認識される以上、その生徒が使えた魔法はもちろん、言動などもトレースする必要がある。
「そうなんだよなぁ。こいつの言動を演じるのはともかく、魔法まで再現するのは無理だからなぁ。どうしたものやらっと」
同じ懸念を抱いていたらしく、水菜が投げやりに答える。
「ボロを出すと、敵に俺たちが”アクター”だと悟られるからな。しばらくは体調不良で休んだらどうだ」
「それだと、クラスメイトからの情報収集とかができなくなるだろ。お前は墓穴掘って生徒との会話すらできそうにないってのにさ。まったく、面倒な状況を作りやがって。それに、体調不良なんて言って、治癒魔法なんてものを備えた生徒が来たりしても困るしな」
「たしかに、その手の魔法がないとは言い切れないな」
この世界での魔法の定義はただ一つ。自身が念じることにより、因果関係を無視して何かしらの現象を起こす、これだけである。統計化や体系化されているといったこともなく、発生する現象は個々人の資質によるという設定らしい。要するに何でもありのご都合主義ということか。まあ、そもそも”ここ”がそういう世界なのだが。これなら、そこらのゲームやラノベの設定のほうが凝っていると断言できる。
まあ、おかげで俺の能力を魔法として、違和感なく認識させられたのだから感謝すべきなのかもしれない。
「ま、誰かさんが乗る電車を間違えて遅刻しなければ、予定通り二人で最初から協力できたんだがなぁ」
「しょうがねえだろ、英語なんて中学で習った程度だぜ?」
「なんのために、詳細なルートのメモをもらったんだか・・・」
俺の失敗を非難する水菜に対して、カウンターをいれる。むすっとした様子の水菜に、当面の自分の行動について伝えておく。
「俺は、直接シルフィ自身に探りを入れてみる。あんまし、こんな茶番に付き合ってられないしな」
「なら、あたしは実技の授業をうまく避けながら情報収集をしてみるぜ。物語を進めるためのフラグやキーワードを探してみる」
「情報交換は、深夜に俺の部屋で」
「わかった」
水菜の返事を合図に、俺たちは席を立った。
その夜、生徒会の活動の一つである、街の見回りをシルフィと行いながら、早速探りを入れることにした。(本来は一人で行うようだが、研修という扱いのため、シルフィがついてきている。ほかのメンバーは俺を毛嫌いしているため、ペアを組んだりはしない)
「シルフィは夢とか、やってみたいこととかないのか?」
「どうしたの、突然。昨日までろくに話さなかったのに」
「試合があれだったからな。話しかけづらくてさ」
「なら、今夜はどうして?」
「そうさなぁ・・・月が綺麗だからかな」
「・・・」
あなた正気?月の狂気に当てられたんじゃないのと言わんばかりの目で見られた。気の利いた冗談のつもりだったんだが。
「嘘だよ。そっちも必要以上に話さないし、こっちから話しかけないと生徒会に入った意味がないじゃないか」
「・・・」
今度は赤面している。俺が生徒会に入りたいといった時のことを回想しているらしい。恥ずかしいのは俺のほうなんだが。くそ、さっさとこの物語をエンディングへもっていって、全部なかったことにしてやる・・・!
「やりたいこと、ねぇ」
1分程で回想から帰ってきたシルフィは、拳を顎に当てるようにして考え込み始めた。
背が低く、子供っぽい外見のため、傍から見ていると微笑ましい印象を受ける。
「特にないかしら。今の生活に不満はないし」
返ってきたのは、拍子抜けする答えだった。
「何もないのか」
「ええ、何も。・・・いえ、何かあったような。昔・・・いや、つい最近?あれ?何か忘れているような・・・魔法使いになりたかった?そうじゃなくて、魔法を使って・・・何をしたかったんだっけ」
「・・・」
混乱し始めるシルフィ。混乱の前に「何故か」とつかないのは、俺がこうした物語の主役を幾度か見てきたことがあるからだった。どうやら、俺や水菜のように、こっちの素質があるらしい。さて、どうしたものか・・・。
俺が考え始めるのと反対に、思考するのを一旦やめたらしいシルフィが、悪戯を思いついた子供の笑顔で言った。
「一つあったわ。試合であなたを完膚なきまでに負かすこと。今度は手加減も油断もなしでね」
どうやら、前回のあれで手加減していたらしい。俺は、ちょっとした手品のような能力が使えるほかは一般人並みのスペックしかない。そんな俺が、もう一度あんな何でもありの理不尽と対しようものなら、一方的に叩き潰されるだけだろう。
「そいつは、御免被りたいね。まともにやったら勝てるとは思えん」
「誉めてくれてありがとう。でも、あなたの魔法もすごいと思うわよ。ナイフや傘を一瞬で作り出すなんて」
「こちらこそ、賛辞をいただいて光栄の至りだよ」
「でも、私との試合では積極的に使わなかったわね。手抜き?それとも、最初から不意打ち狙いだったのかしら」
「買いかぶってもらって恐縮だが、使う隙が見いだせなかっただけだよ」
その後は互いの魔法についての話になり、シルフィの内情に切り込むタイミングを見出すことはできなかった。
見回りを終えた深夜。仮初の自室で、俺は水菜との情報交換を行った。
「どうも、シルフィの奴、俺たちと同族みたいだぜ?」
開口一番にそう伝えると、水菜は目を丸くしていた。どうやら、意味はちゃんと伝わったらしい。
「お姫さんでもテレビゲームとかやるんだな。意外だな」
前言撤回。そっちの意味にとったのか。確かに俺たちはゲーム仲間だが、この状況でそう連想するのは予想していなかった。
「ちげえよ!アクターとしての素質ありってことさ」
「わかってるよ、ボケただけじゃねえか」
「お前が言うと、冗談に聞こえないんだが」
「さらりとあたしをディスるのもやめてもらいたいんだが」
「いや、だってなぁ・・・水菜だし?」
「・・・」
「よしわかった、拳を下ろせ。話を戻そう」
座ったままでファイティングポーズをとる水菜をなだめ、本題へと話を戻す。
「アクターの素質ありってことは、ここが自分の見ている夢だってもう気づいてるのか?」
「いや、まだ完全に開眼してはいない。が、現実のほうでの記憶がうっすら残っている」
「なるほどなぁ。つまり、開眼を促してしまえば・・・」
「そう。情報収集なんてする必要もなく、この夢を終わらせられる」
「しっかし、アクター候補を見つけたのなんか久々じゃないか?7か月前の中学生以来じゃないか?」
「ああ、たしか倉瀬って名前だったか。あの夢での立ち回りはきつかったなぁ」
「なんせ、エンディングの条件が憧れのアイドルと付き合い始めることだったからなぁ。主役の倉瀬が、よりによって中学生って時点で蛍斗が匙投げようとしたもんな」
「中学生相手に付き合うアイドルがどこにいるってんだよ。しかも、とことん現実的にできてたせいで、きっかけ一つ作るのも手間だったしな」
「ガードマンの目をかすめて楽屋へ入りこんだりとか、ライブに乱入したりとか、いろいろやっては失敗したよな」
「たしか、あの時は12回もリセットされて、ようやくクリアしたんだったな。下手なギャルゲーよりも苦労したわ」
「そもそも、お前ギャルゲーとか苦手じゃん」
「やってて小恥ずかしくなってくるんだよ!とはいえ、あれはきつかった」
二人して、過去の苦労を笑う。ひとしきり、昔話に興じたところで方針を決める。
「ちっとばっか強引だが、本人に真実を告げて、そのショックで開眼を促すことにしよう。素質があれば目覚めるかもしれん」
「けど、もししくじったらリセットだぜ?また最初から・・・ああ、なるほど」
「そう、真実を受け入れずにもう一度やり直そうってんなら、俺や水菜の設定もリセットだ。強くてニューゲームってことになる」
「ノーリスクってわけでもないだろ。敵にばれたら、妨害は必至だし・・・なにより、それで心が壊れたらどうするよ」
「いや、俺の見る限り芯は強い娘だ」
「ホントかぁ?女の子は繊細なんだぞ?」
「がさつなお前が言うと説得力ががくっとさがるな」
「あたしだって、中身は純真なんだからな」
「嘘つけ!そもそも、純真な人間はそんなこと言わないし、そもそも純粋な人間なんているものかよ」
「やれやれ、相変わらずひねくれてる上に人を信じない奴だなぁ」
「俺はヒトって種族が嫌いだし」
「はいはい、それも聞き飽きた。だからギャルゲとかできないんだよ」
「それは関係なくねえか!?」
「だってよぉ、選択肢を選ぶときとか素直に感情や直感で選べばいいものを、うだうだ理屈やらこねて深読みした挙句、ことごとく裏目に出てるじゃねえかよ」
「・・・へいへい、どーせ俺には純粋な恋愛なんかできませんよーだ、悪うございましたね」
「これだよ、まったく。いつまで経ってもガキのままじゃねえか」
「ガキなら、もうちょっとは純粋だったろうさ」
「それもそうかもな」
いつものやり取りをして、ニッという擬音のつきそうな笑みを最後に交換する。
「なら、リーダーを信じてその方針で行こうか」
「失敗しても責任なんかとらんがな」
「ハナからそんな気毛頭ないだろ」
「まあな。そもそも、失敗したことないし」
「よく言うぜ。・・・それじゃ、明日の放課後に」
「お前にも立ち会ってもらうぜ。俺一人じゃ信憑性が薄いからな」
「あいよ、場所は?」
「あのだだっぴろい中庭の片隅でやる。あそこなら敵に聞かれる可能性も下げられるし、周囲を警戒しやすい」
「りょーかい」
ぴしっと敬礼して、水菜は部屋を出ていった。
さて、俺も眠るとしよう。・・・考えてみりゃあ、他人の夢の中で眠るってのも不思議な話だがな。
そんな、とりとめもないことを考えてるうちに、俺の意識は遠ざかっていった。
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