第5話 私(たち)の本当の戦いはこれからだ?

 翌日の放課後、生徒会室で会長用の書類仕事をしていた私は、飛び込んできたケイトに半ば強引に中庭まで連れだされた。いきなり、彼の知り合いらしいカンダミズナという生徒を紹介され、目を白黒させている私に構わず、彼はシリアスな口調で語りかけてくる。


「いいか、まず最初に結論から言っておく。ここは、お前の見ている夢だ」


「・・・そんなの知ってるけど」


「・・・ありゃ、マジか。くそ、今までの俺の努力はいったい…」


 え?いや、現実で魔法なんか使えるわけないじゃない。何を言ってるのよ。


 そう付け足すと、彼はなぜかがっくりと膝をつき、力の抜けた表情をしていた。もしかして、そんなのも区別がつかないお子様だと思われていたのかしら、だとしたら心外だわ。


「いつから気づいてたんだ?」


 そんな彼の肩をポンポンと慰めるように叩きながら、ミズナが尋ねてくる。


「んーと、こっちへ来て二日目の朝だったかしら。一日目は、生徒会長であることにも、魔法を使えることも当然だと思ってた。でも、寝て起きたら、どこか違和感を感じるようになっていて・・・ああ、これ、夢か何かなんだなって」


「かなり早い段階で気づいてたんだな。それだけ素質ありってことか・・・ところでケイト。そろそろ帰ってこい」


「・・・へーい」


 溜息を一つついて、ケイトが立ち上がる。目だけは、まだ投げやりだったけど。


「で、お前はこの世界で何をしたかったんだ?魔法で空飛ぶことか?」


 やっぱりケイトって、私をお子様だと思っていないかしら?・・・たしかに、改めて自分が作ったらしいこの夢の世界を見ると、否定しづらいけど。


「私にもわからないわよ。別に魔法使いになりたかったわけでも、魔法が使いたかったわけでもないし!」


 私がそう言うと、ケイトは投げやりな目に諦観を混ぜて、呟いた。


「あー、これ面倒くさい奴だ。本人が目的をわかってないやつだ」


「マジかぁ。希望が見えたと思ったら、まさかの手掛かりなしかぁ」


 ミズナも肩を落としていた。・・・ていうか、


「あんたたちはいったい何なのよ?どうして、ここが私の夢だって知ってるのよ!?」


「んー、ある意味この世界よりも非現実的な話だが、信じる自信あるか?」


 ミズナが逆に問いを投げてきた。


「そんなの、聞いてから決めるわよ」


「左様ですか。つっても、あたしは説明するの苦手だしなぁ。ケイト、任せた」


「ですよねー、振ると思った。仕方ねえなあ、ったく」


 そう言って頭を掻いた後、ケイトはさらに投げやりな口調で、説明を始めた。


「ある日、人間に憑りつき、そいつが心に持っていた願望を夢として永遠に魅せ続ける魔物が現実世界に現れました」


「・・・はい?」


 心の準備をしていたが、予想外の話の内容に耳を疑った。思考の止まった私に構わず、彼は話し続ける。


「それが初めて確認されたのは日本で、それに憑りつかれた人間は永遠に眠り続け、そのうちに精神を破壊されました。そして、そうなったら最後、その人間は二度と目を覚ますことはありませんでしたとさ」


 ケイトは、昔話のような口調で語り続ける。


「ある日、その魔物に自力で打ち勝ち、意識を取り戻した少年がいました」


 なぜか、聞いていたミズナが一瞬目を伏せた。


「その少年は、空想の生物から名をとって、その魔物を夢魔と名付けました。・・・念のために言うと、夢魔といってもサキュバスというわけじゃない。ともかくその少年は、夢から目覚めると同時に、同じように夢魔に憑りつかれた人間の夢へと入りこむことができるようになりました」


 なるほど。その話が本当なら、ケイトたちもその能力を持った人たちってことなのね。


「その後、その少年は幾人もの人間を夢から覚まさせることに成功しました。そして、そのうちの何人かは、少年と同じ力を手にしました。同時に、日本に研究機関が設立され、夢魔やそれに憑りつかれた人間の研究が始まりました」


 そもそも、そんな現代の科学を超えた存在を、研究なんてできるのかしら。


「そして、三年にわたる研究と情報収集の結果、夢魔は夢に入りこむことで人間の精神から、何かしらのエネルギーを吸い上げ、それを糧に仲間を増やすことがわかりました。すでに年齢的には青年になりつつあった、かつての少年の提案により、その力は魔力と名付けられました」


 ということは、放っておくと夢魔とやらは永遠に増殖して、いずれは人間すべてが眠りに落ちるってことかしら。


「一方で人間側も、かつては夢魔に憑りつかれ、その中で夢に干渉する力を持った一握りの人々を集めて、夢魔に対抗する組織を作り上げました」


「その組織のうちの二人が、あたしたちってわけだ」


「締めだけ持っていくなよ、まったく」


 確かに、荒唐無稽な話に聞こえるけれど、今私が置かれている現状を考えれば、そのくらいのことが起きていたっておかしくないと思えた。


「ちなみに、そういった能力を持つ人間のことをアクターあるいはアクトレス、つまり俳優や女優と呼ぶようになりました」


「・・・?どうして俳優?」


「答えは、この夢から目覚めるための条件に由来する」


「その条件は?」


「ひとつ、夢の中で登場する何者かに化けている、夢魔を探し出してこれを殺すこと」


「あるいは、夢を見ている人間が、その夢で実現したかった願望を叶えて、その夢物語自体が終わりを迎えること」


 それで、昨日からケイトは私にそういった質問をしてたのね。・・・あれ、でも?


「それなら、夢を見ている人間は、そのうち願いを叶えて勝手に目覚めるんじゃないの?」


「ところがどっこい、夢魔はそれが成就しないように夢の内容を弄っているのさ」


 ミズナがお手上げのようなポーズで、他人事のように言った。


「なるほどね、つまりこの世界にも夢魔がいて、私の望みが叶わないように世界を作り、見張っているというわけね」


「付け加えるなら、この世界と取りつかれた人間が辿るシナリオも作っている。そのシナリオ通りに事が運んでいるかをチェックしている。しかも、夢魔の方も、アクターが紛れ込んでいる可能性を知っているから、尻尾は出さない」


「アクターも、夢魔に自身の素性がばれると、殺害を含めてあらゆる直接的な危害を加えてくるために、大々的には動けない」


 つまるところ、推理に駆け引き、そして出し抜き合いってわけだ。


 そう付け加えて、ケイトは腰に手を当てる。


「・・・ちなみに、夢の中でアクターが殺害されるとどうなるの?」


 どうしても気になったことを聞いてみた。それに対し、ミズナが様々な心情の混ざった笑みで回答してくれた。


「即座に精神を破壊される。・・・ああ、安心しな。夢を見ている本人が死んだ場合は、夢の内容がリセットされて最初からになる。ここが夢だと気づいてなければ、記憶は引き継げないがな」


 私のひきつった顔を見て勘違いしたらしく、ミズナが明るい笑みでそう付け足した。つまり、この人たちは、そんなリスクを承知の上で私を助けに来てくれたということで・・・。


「どうして、見ず知らずの私のために・・・?」


「お前の母親から依頼があった。高額の謝礼金を払うから娘を助けてくれってな。で、その依頼を俺たちが受けた。それだけさ」


「つまり、お金目当てってこと?」


「まあ、ただでやる理由はないからな」


 それはそうだ。慈善でそんなリスクを背負ってやれと言われたら、私でも断る。


「・・・ごめんなさい」


「何に対しての謝罪かは分からんが、気にするな。お前が夢魔に憑りつかれたのは事故みたいなものだし、俺らが来たのは自分の意志だ。そんなところに責任を感じるな」


「お、ケイトにしては珍しく優しいじゃないか」


「ほっとけ。珍しくは余計だ」


「なははっ」


 そんな、生死がかかっていると言っていいこの状況でも、その人たちは冗談を言い合って、笑っていた。私には、そんな彼らが遠く感じられ、尊敬の念さえ抱いた。


「さて、そういうわけで、手っ取り早いのはこの夢をエンディングへもっていくことなんだが、エンディング条件がわからないんじゃなぁ・・・」


 先ほどの明るい表情から一転、考え込むように空を見上げるケイト。


「・・・まあ、いいさ。今はこのまま日々を過ごしながらヒントを探すとしよう。シルフィも、何か気づいたり思い出したら、俺やミズナに教えてくれ」


 ケイトのその言葉を締めくくりに、その日は解散となった。


 与えられた情報と、考える状況が多すぎて、今は思考がまとまらない。


 けど、私を助けるために危険を承知で来てくれた二人のためにも、自分のできることを精一杯に果たそう。


 そう心で誓って、私は生徒会室へと足を向けた。

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