第32話 そこから1日前の話~実戦前夜~

「皆さん、グラスは行き渡りましたでしょうか?」


 谷村さんが、周りを見ればすぐわかることをあえて確認し、乾杯の音頭を口にした。


「では、明日の実戦テストでの私たちの無事を祈って・・・カンパーイ!」


『カンパーイ』


 三人が答えて、炭酸飲料の入ったグラスを掲げる。


 実戦テスト前日の夜、私たち四人はとある食事処のテーブル席で、谷村さん主催の食事会をしていた。


 明日のテストに向け、英気を養うとともに互いの結びつきをより深めようというのが趣旨らしい。


 今夜は予定もなかったし、企画の趣旨にも賛同できたので、私は二つ返事でお誘いを承諾した。


 全員未成年なので、アルコールで乾杯とはいかなかったけど、そんなこと関係ないとばかりに、みんな浮かれていた。明日の不安を頭から締め出すように、努めて明るく振る舞っているという面もあるでしょうけど。


「明日は頼りにしてるわよ、切り込み隊長?」


「任せてください!武器変換の能力も、だいぶコツを掴んできましたし、男性として皆を守って見せます!」


 谷村さんが俊平君に水を向け、俊平君がそれに応えてオーバーアクション気味に胸を叩いてみせていた。


「荒事が無いほうが嬉しいですが、もしもの時はお願いします」


 雫ちゃんも、心なしかいつもより表情が明るい。


 内気なのは変わらないが、私たちに対しては最近、少し心を開いてくれているように感じる。


「それにしても、引率の先輩ってどんな人なんですかね?」


「私も、それとなく真田さんに聞いてみたのだけど、うまくはぐらかされちゃったわ」


 俊平君が、運ばれてきたポテトフライを摘みながら、独り言気味に呟くと、それを拾って谷村さんが残念そうな表情で返答を返す。


「優しい人だといいんですけど。欲を言えば、女性の方が・・・」


「それだと、俊平君がハーレムみたいになるわね」


「からかわないでくださいよぉ。それに、オレ以外にも一人男がいるじゃないですか」


「まあ、そうね」


 例のスマホの人とは、結局誰も話ができていない。


 実習も座学も、一人で淡々と受けては、終わるなりさっさと帰っていってしまうのだ。


「最近は、小休止の間も音楽を聞いてたりしますしね。あれは、近づくなって意思表示なんですかね?」


「少なくとも、自分から人の輪に入ろうって気はないみたいね」


 谷村さんが、烏龍茶のストローから口を離して答える。最初に合った時の印象は、上品な令嬢といったものだったけど、気を許した相手には割と気さくな方らしい。令嬢なんて私が他人を指して言えば、水菜から「お前は元王女だろうに」なんてツッコミをもらいそうだけれど。


「シルフィちゃん、日本食も食べられるのね」


「ええ。祖国が親日国で、日本料理の店もたくさんあったので」


 もっとも、公用以外で外に出ることを許されない私が食べられた日本食といえば、こういった庶民の料理屋のそれではなく、パーティーのオードブルに並んだ寿司や天ぷらと言ったものが主だけど。初めてタコを食べた後、その姿を始めて図鑑で見たときに少なくない衝撃を受けたのも、今ではいい思い出ね。


「好きな日本食は?オレは断然、トンカツだぜ!」


「それは、純粋な日本食だったかしら」


 ポツリとツッコミを入れる雫ちゃん。本人に届いていないのは、幸なのか不幸なのか。


「私は、日本のカレーが好きよ。イギリスともインドのそれとも違って、飽きない美味しさだわ。日本由来の食と言うなら、そうね・・・海鮮丼かしら」


「カレーは俺も大好物だぜ!カツカレーは最高の組み合わせだと思うね!」


 カレーの話だけにというべきか、ヒートアップする俊平君。


「海鮮丼が好きなんて意外ね。普通、海鮮料理というならお寿司が真っ先に浮かびそうなものだけど」


 谷村さんが、目をぱちくりとしながら疑問を呈してくる。


「お寿司も好きですけどね。蓋を開けた瞬間の高揚感、たっぷりと盛りつけられた海産物の美しさは、海鮮丼でしか味わえませんから」


「まさに、宝石箱やー」


「あまり似てませんね」


「微妙に古いしね」


「うぅ、二人して笑わなくてもいいじゃないかぁ!」


 誰かの物真似をしたらしい俊平君が、左右から手厳しい評価を受けていた。照れ隠しなのか、サラダをもしゃもしゃと頬張って、そっぽを向いている様はとても微笑ましい。弟がいたら、こんな感じなのかしらと思ってしまう。


「ここはせっかくの島なのに、あまり漁業が盛んでないのは残念なんじゃない?」


「理由は聞いてますから。それに、獲れたてでなく冷凍でも、私はあまり気にならないので」


「私は、解凍品の水っぽい感じはちょっと苦手だったり」


「回転寿司とかでおなじみの奴ね」


 実は、私が日本で楽しみにしていた物の一つが回転寿司だった。この島には、そういったチェーンは進出していないと水菜に聞いたときには、割とショックを受けたりした。ちなみに、回転寿司に限らず、本土の方のチェーン店はこちらに一切出店していないらしい。この島の事情を鑑みれば、当然ともいえるけれど。


「話は変わりますけど、皆さんはどこのグループに所属するかもう決めました?」


 珍しく、雫ちゃんが話題を切りだした。


 真田さんが言うには、各試験を合格して見習いの文字が外れた場合、アクターはどこかのグループに所属するのが一般的らしい。そして、所属したグループの中のメンバーと協力して、夢魔との戦いに臨むとも。蛍斗の遊戯同盟も、そんなグループの一つ。無所属のアクターは、引き受け手のいない依頼を回され、他の無所属のアクターと即席のチームを組まされて夢魔に当たるらしい。どう考えても、無所属でいるメリットはない。


「オレは、もう決めてありますよ!実戦と筆記の試験をパスしたら、スポーツ魂ってクラブに入ります。向こうの先輩方からも、OKは貰っているので」


「へぇ、たしかあそこは所属人数が二番目に多いんじゃなかったかしら?」


「そうらしいですね。名前通り、スポーツの好きな人が集まった、部活のようなノリのグループらしいっす」


 俊平君らしいチョイスだなと思った。快活な性格なので、向こうでも先輩から可愛がられるに違いない。


「私は、女優の集いってグループに参加する予定よ。俊平君に習って言うなら、仮入部って感じでだけど」


 そう笑っていいながら、ちらりとこちらに視線を向けてくる谷村さん。私を助けたアクターが遊戯同盟の蛍斗だということは、あの後話してしまっている。そのコネで遊戯同盟に参加できるのなら、すぐにそちらに鞍替えするから私にも紹介してという無言の意思表示でしょうね。まあ、もしも私がゲームの試験をパスして無事に所属できれば、打診くらいはしてみるつもりだけど。


「たしか、女性だけのグループでしたよね?」


「ええ。雫ちゃんも、よかったら一緒に体験入部してみる?」


「候補の一つとして考えてはいます。そのときは口添えをお願いするかもしれません。・・・で、シルフィさんは?」


 雫ちゃんの目がこちらへ向く。


「遊戯同盟を希望しているのだけど、課された試験がちょっとね」


 三人とも聞きたそうにしているので、試験の内容について話してみる。真っ先に口を開いたのは、俊平君だった。


「やっぱり、好きなジャンルで勝負するのがいいんじゃないかな?そういうのあったりする?ちなみにオレはアクションゲームだぜ!」


「リズムゲームとか、仕掛けのあるレースゲームなら比較的得意かしら。どちらも目標がわかりやすいし」


「んー。得意と好きとはちょっと違うのだけど・・・」


 谷村さんが、困ったような笑みを見せていた。


「シルフィちゃんがやっていて一番楽しいのは?」


「うーん、スローライフやコミュニケーションに主眼を置いたゲームかしら」


「でも、それだとしょーぶにならねえな」


「そうね、それ以前の問題ね」


 俊平君の言う通り、その手のゲームで対人戦は望めないので、最初に挙げた二つで勝負する予定なのだけど。


「相手の人はやっぱり上手いの?」


「少なくとも、今の私にはちょっと届かない領域ね。悔しいけど」


 リズムゲームについては、高難度でなければノーミスがほぼ前提になってるし、レースゲームに関しても、大差をつけられて完敗することがほとんどの有様。まだまだ始めたばかりとはいえ、先は長そうね。


「へぇ、すごいな。そこまでいくと、オレからアドバイスできるようなことはなさそうだなぁ」


「私も、あまり対戦系のゲームは得意じゃないから」


 谷村さんは、ソーシャルゲームというのに凝っていたらしい。この島の環境ではそれらをプレイするのはかなわない夢なんだとか。


「私は、TVゲームは親から禁止されているので・・・」


 雫ちゃんが、残念そうに言った。TVゲームに触れなかったことが主でしょうけど、私に助言できることがないという申し訳なさから来る残念さも混じっているように見える。そういった気遣いだけでも、素直に嬉しいと思う。


「所属しているアクターの人とは知り合いなのでしょう?この間は向こうから招かれたとも聞いているし」


「・・・気にかけてくれる人はいるんですが、まあ色々とありまして」


 どことなく探るような口調の谷村さんに、誤魔化すための言葉を選び、組み立てて返す。幸いと、それ以上の追及はなかった。


「でも、このままいくと無所属になっちまうんだろ?どうするかは決めてんのか?」


 俊平君の無邪気な問いに、咄嗟には返せない。心配してそう言ってくれているのは分かるけど、その言葉をトリガーに、心の中から不安が湧き出てくる。


「ま、いざとなれば、シルフィちゃんも私が頼んであげるよ」


「・・・ええ、ありがとうございます」


 そんな私の内心を読み取ったのか、谷村さんが温かい言葉をかけてくれる。


 とりあえず飲み物を口にして落ち着こうとグラスを手にするが、既に中身は氷だけだった。


 そんな私の様子を目敏く察知していた谷村さんが、間髪入れず動いてくれる。


「あら、飲み物が空になっちゃってるわね。・・・俊平君」


「了解っす。すみませーん!追加お願いしまーす!」


 これが、水菜達との女子会で時々話されていた女子力ってものなのかしらなどと思いながら、空のグラスを置く。店員さんが注文を復唱しているのを聞きながら、私は自身のこれからについて、ぼんやりと考えていた。

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