第30話 そこから17日前の話~天使が我が家に舞い降りた~

 住居区画の中でも、一際奥にあるアパート群。そこにある一つの建物の前でその子は立ち止まっていました。


 彼女の名前は、シルフィ=フロワース。つい二週間近く前にアクターの見習いとなった女の子。ウェーブのかかったブロンドの髪が、風で揺れています。瞳には、わずかな躊躇とそれを上回る期待。


 意を決した様子で、インターホンの前へ。脇の壁に掘りこまれている、”遊戯同盟”の文字を一瞥する。そして深呼吸一つ、少女はインターホンを押し、未知の世界への扉を開い・・・


「千夏?窓に張り付いて、何を熱心に見ているんだ?」


 こうして、シルフィちゃんが初めて私たちの住居へと足を踏み入れたのでした!








「私の部屋と違って広いわね」


 共用スペースへと通されたシルフィちゃんが、羨ましそうに周囲を見渡しています。まあ、あの部屋と比べれば当然だと思う。私も見習いの頃は、どこのレ〇パレスよ!とか愚痴を零したし。


 さて、どうして今日シルフィちゃんが来ているかというと、今日が私たち遊戯同盟の女子会の日に当たるから。私たちの多くがアルバイトをさせてもらっている夜狐では、月一のペースで一日かけての大掃除を行っている。うちの男性陣も、手の空いている人は全員が手伝いに出ている。なにせ、ただでさえ四階建ての上に所狭しと調理器具や機材が並んでいるのだ。男手はいくらあっても困らない。


 以前、そこに目を付けた蛍斗さんが、せっかくだから毎月その日は女子会でもしたらどうだと提案してくれたのだ。野郎がいると、話しづらいこともあるだろうと気を回してくれたらしい。以来、大掃除の日は私たちの女子会デーとなっている。


 そこに何故シルフィちゃんが参加しているのかというと、単に私たちが会ってみたかったというだけの理由。


 水菜から話を聞いていた私たちにとって、シルフィちゃんのイメージは、水菜と蛍斗を追って祖国を離れ、この束縛だらけの未開の地へとはるばるやってきた、健気で可憐な少女というものだった。


 加えてレックス君からも、天使のような可愛さだったという感想をもらっていて、私たちの想像は膨らむばかり。しかし、蛍斗さんとは一悶着合ったという話も聞いていたため、普通に招けば彼が反発するのは分かり切っていた。


 そこで、シルフィちゃんのことを気にかけていた水菜に、こっそりと女子会へ招くことを提案してみたという次第だった。シルフィをみんなに紹介したい、ゆっくり話もしたいと考えていた水菜は、二つ返事で了承。


 シルフィちゃんも、その日は実習の日で早く帰れるという話だったので、終わり次第こちらに合流するということで話がついたのでした。


 そして、今こうして天使がリビングに舞い降りる結果となったわけ。


 初対面の舞さんや、蜜柑ちゃん、ヒメちゃんが自己紹介を交わしている。


 三人とも、シルフィちゃんの上品さと可憐さが混じりあった所作に、心を奪われている様子。


 勿論、可愛いものが大好きな私も例外ではない。はぁ、このままうちの同盟に迎えて、毎日見ていたいぃ・・・。


「話は座ってからにしましょう?」


 と舞さんが提案し、みんながダイニングテーブルにつく。テーブルには、アイスティーの入ったガラスのポットが二つ。片方はストレート、もう一つはレモンティーになっている。シルフィちゃんがストレートを選んで、手を伸ばそうと・・したところを、先に舞さんがポットを取り、シルフィちゃんのカップに注いでいた。礼を言うシルフィちゃんに視線だけで応え、ついでに自分のカップにもストレートティーを注ぐ。どうやら、シルフィちゃんの視線だけで、どちらを選んだか察したらしい。こういう気配りのスキルは、まだまだ敵わないなぁと思う。


 そして、全員が飲み物を選び終えると、シルフィちゃんへの質問責めが始まったのだった。








 矢継ぎ早に飛んでくる質問に、シルフィちゃんが目を白黒させながらも回答を続けること1時間ほど。


 今度は、私たちの普段の生活について興味をもったシルフィちゃんが、色々と質問をしていた。


「お風呂とかどうしてるの?覗かれたりとか心配でしょう?」


「お風呂は、二階と三階に共用のものが一つずつあるのよ」


「男女で階が分かれているから、覗きの心配はないよ。三階廊下の入り口には、指紋認証でしか開かない扉もあるしね!すごいでしょ?」


 何故かヒメちゃんが胸を張っていた。


「なんていうか、すごく充実した設備ね」


「水菜と蜜柑ちゃん、それにケイ君のおかげね」


「?どういうこと?」


「この三人、実は幼馴染なのよ」


「え!?そうなの水菜!?」


「ああ。で、当初はあたしと蜜柑が女子寮に、蛍斗が男子寮にって話だったんだが・・・まあ色々あってな。結局、同じ屋根の下に住むことになったんだ」


「気心知れているとはいえ、男と女なので、色々と無理を言って、私達の希望した通りのアパートを一つ建ててもらったんです」


「無理を言ったのはあたしたちで、その希望をゴリ押しで通したのは蛍斗だけどな」


「す、すごいわね蛍斗。昔から一目置かれる存在だったのね。というか、何があればアパート一軒建ててまで男女同居なんてするのよ・・・」


「それは秘密だ」


「内緒です」


「気になるわね・・・」


 正確には、部屋はキッチリ分かれているため、同居というのは感覚的に少し違うのだけど。一般のアパートが、室外から自分の部屋へと入るのに対して、室内に入ってから自分の部屋に入っているという程度の差異だし。そもそも、共用スペースを経て、各々の部屋に繋がっている作りのアパートもあるわけで。まあ、一階の共用スペースで過ごす時間が多い為、間違っているとも言い切れないかな。


「水菜と蜜柑はともかく、他の三人は抵抗とかなかったのかしら?」


「今でもあるわよ?でも、過ごしていて楽しい場所なのは確かだしね」


「何だかんだで、このチームが一番生存率高いしね」


「弟も一緒でいいっていうし、みんないい人だしね」


「そう」


 シルフィは納得したように短く呟いた。


「シルフィは、うちに来る予定はあるの?」


 ヒメちゃんが人差し指を頬に当てながら、そう訊ねた。相変わらずあざとい仕草だけど、よく似合っている。


「他に知り合いもいないし、お世話になりたいのは山々だけど・・・」


 と、視線を彷徨わせる。


「蛍斗さんを気にしているなら、試験をパスしたら構わないって漏らしてたよ。言質はとってあるから」


 そう声をかけると、ホントに!?とばかりに、シルフィちゃんが身を乗り出してきた。・・・もしかして、蛍斗さんに気があるのかしら。


「でもシルフィ?うちの試験は、今のお前にはキツイと思うぜ?」


「?もしかして、実力試しに実戦でもするとか?」


 シルフィの顔が少し強張っている。まあ、蛍斗さんや水菜の戦いを目にしたうえ、レックス君との組手まで目撃しているのだから、その発想も仕方ないといえる。


「いいえ、そんなことはしないわよ?」


 舞さんの明確な否定に、シルフィちゃんの表情が和らぐ。


「私たちを相手に、ゲームで実力を示せばいいのよ」


 続く補足に、今度は頭に疑問符が浮かんでいる。


「そもそもシルフィ、コンピューターゲームとかやったことある・・・わけないよな」


 水菜が、言い切る前に分かりきった問いだったとばかりに、語尾を断定形に変えていた。


「せっかくだし、試しに遊んでみるか?」


 と言って、水菜がテレビに繋げたままのゲーム機を指さす。


 訳の分からぬまま頷くシルフィちゃんを引っ張り、水菜がテレビ正面のソファに座らせる。


「最初は何がいいかねえっと」


「取っ付きやすさで言うなら、レースゲームとかかな」


「パーティーゲームでしょ。特にボードゲームなら、操作能力で差はつかないし」


「えー?ここはシンプルに格ゲーで・・・」


『それはない!(でしょ!)(ですよ!)』


「よし、ここは本格ホラーゲームで決ま・・・」


『尚更ない!(でしょう!)(わ!)』


 ゲームソフトの入ったケースを漁りながら、あーでもないこーでもないと意見をぶつけ合う。


 当事者なのに蚊帳の外に置かれたシルフィちゃんが、唖然としてこちらを見ているのも気にしない。


「もう。どうせ意見を統一するのは難しいんだから、各ジャンルから間口の広い作品をピックアップして、順に試していけばいいじゃないの」


 舞さんが見るに見かねて鶴の一声を発するまで、当事者置いてきぼりの論争は続いたのだった

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