第29話 そこから25日前の話~はじめての じっしゅう~

 今日はいつもと違って、研修が楽しみだったりする。


 というのも、昨日の講義終了時、明日は実習だと伝達されたから。つまり、いつもの座学ではないということよね。


 流石に実習とはいっても、いきなり他人の夢の中で知識の実践をするわけじゃないでしょうけど。


 現時点では、各々の夢の中での特殊能力を調査し、使いこなせるようにすることを目的にしていると推測している。





 到着早々、実習室と書いた札の掛けられた広い部屋へと案内された。中へ入ると、複数の簡易な作りのベッドが設置されていた。総数は二十ほどで、それぞれをカーテンで仕切れるようになっている。点滴などの医療器具がないのに目を瞑れば、医療施設といえなくもない雰囲気ね。


 医療器具の代わりにあるのは、各ベッドに備え付けられたヘルメットのような装置と、数台の大型機械。


 それに、壁にはめ込まれた大型のモニターと、それらを統括管理しているらしきパソコンが三台。


 モニターの前には、何故かソファやテーブルがいくつか置かれて、ゆっくりと映像を鑑賞できる状態になっていた。


 最も、今はモニターの電源が落ちているのか、黒い画面を晒すのみの存在なのだけど。


 ベッドの内、二つは既にカーテンが閉められている。使用中ということかしら。


 私は、部屋にいた女性の指示に従い、ヘルメットを装着してベッドの一つに横たわる。カーテンが閉められ、簡易的な個室状態が作られた。


『そのまま目を閉じてください』


 ヘルメットの中に仕込まれていたスピーカーであろうものから、無機質な声が聞こえる。機械音声ではないようだけど、声に感情が感じられない。機械ではないけども、機械のような声という矛盾した感想しか出てこない。


 ともかく指示に従って目を閉じてみると、意識がどこかに吸い込まれるような感覚を覚えた。まるで、脳を直接掃除機で吸引されているような、恐怖を覚える未体験の感覚。思わず目を開こうとしたが、体の感覚が急速に消えていく。


 それが、何秒続いたのか。目を開くと、一面に草原が広がっていた。


 辺りを見渡すと、草原を中心にして様々な地形が方々に広がっていた。海や森林、岩場に中世の町らしきものまで。そして、近場に目を向けると、ポカンとした表情の俊平君がいた。


 恐らく、私も先程まではあんな顔をしていたのでしょう。なんとなく視線を固定していると、見られているのに気づいたのか、俊平君がこちらへと寄ってきた。


「おっす、シルフィちゃん。来てたんだね」


「ええ、つい先程。ここはやっぱり・・・?」


「多分、夢の世界なんじゃないかな?」


 ぴょんぴょん跳ねたりしながら、俊平君が私の推測を肯定してくれる。無意味に動いているのは、おそらく現実世界との差異がないかを確認しているのでしょう。


 初日に共に昼食を取った三人とは、ここ数日も昼食をご一緒している。お互い、頼れる存在が少ない環境だからか、急速に仲良くなっている。


 少年のように走ったり跳ねたり、なにかしら体を動かしている様子を眺めていると、視界の端に急に人影が現れた。音も光といった予兆も一切なしで。その人影が見慣れた者でなければ、咄嗟に警戒態勢をとったかもしれないほど唐突に。


「谷村さん?」


「っ!?」


 やはり見える景色に唖然としていたのか、驚くように振り返ってバックステップで距離をとる。後ろから声をかけたのは失敗だったわねと少し反省する。


「ああ、シルフィちゃんか。驚いたわ」


「すみません。後ろから声をかけてしまって」


「まあ、いきなり前に来られても、同じ反応をしてたと思う。ちょっと思考が止まっていたから」


「私もです。いきなり広がる未知の光景に、圧倒されてしまって」


「そうよね。事前説明もなかったし、放心してもしょうがないわよね」


 照れ笑いを浮かべる谷村さん。相変わらず、柔らかい笑顔だと思った。


 その後、雫ちゃんやスマホの人(名前はいまだに不明)もやってきたところで、森林の方から白衣の女性がこちらに向かってくるのが見えた。若干気怠そうな様子で、着ている白衣もところどころよれよれになっている。


「全員いるな。では、実習を始める」


 その前に状況の説明をしてほしいと、みんなが視線で語っている。それが通じたのか、元からそういう段取りなのか、今の状況について解説をしてくれた。


 曰く、ここは夢の世界を疑似的に再現したような空間で、当然魔力も使える。


 白衣の女性は、船見という名前らしく、アクターであること。そして、能力は他者のアクター能力について、ヒントとなる”単語”を引き出すことができるというものなこと。


 そして、今日はそのヒントを基に各々が持つ能力を確認し、使いこなせるようにするという実習であること。


 今朝の推測は当たっていたらしい。


「まずは、順にヒントとなる単語を引き出す」と言いながら、私の方へと歩み寄ってくる船見さん。


 見知らぬ人に接近され、本能的に後ずさりしたくなる衝動を必死に抑える。


 手が届く距離まで近づくと、私の額に人差し指を当て、目を閉じる船見さん。


 そのまま制止すること数秒。カッと目を開くと、光り出した指を虚空へと走らせて文字を描いていく。


 出来上がった文字は、”自由”だった。


「・・・はい?」


 浮かんだ文字が消えた後も、呆然としてしまう。自由という文字の意味は理解できる。しかし、意図が理解できない。当然よね?いきなりたった二文字を見せられただけで、その意を汲んで最適な行動を起こせ!・・・なんて無茶にもほどがあると思うわ。


 助言を求めようと船見さんの方を見ると、彼女は既に雫ちゃんの前で指を振っていた。現れた文字は”拒絶”。雫ちゃんも疑問符を浮かべながら、文字の浮かんでいた場所を見つめている。


 その後、それぞれに2~4文字の単語を見せた後、私たちが疑問をぶつける前に、船見さんが講義を始めた。


「今見せた文字が、貴方達の能力の本質です。それを踏まえた上で、能力を行使する方法を模索します」


 それだけ聞くと、自身で試行錯誤して見つけろと丸投げされたようにしか思えないのだけど。などと考えていると、流石に補足の説明があった。


「まず、勘違いしている方のために説明しておくと、魔力はこの世界へ来た時点で、既に皆様の体内に保有されています。しかし、魔力を直接操作するというのは、極々一部の能力者以外は不可能です。よって、漫画などのように、自身の中にある魔力を練ったり集中させるといった工程は不要です」


 手を凝視していた俊平君が、ぎくりとしたように船見さんの方を見る。まさに今、不要と断じられた工程を行おうとしていたのかしらね。


「魔力というのは目に見えませんし、自身がそれを有している具体的な感覚などもありません。それでも、能力を行使するとそれらは消費されていき、いずれは枯渇します。創作でありがちな、魔力が減少するにつれての、精神への影響や体の変調といったシグナルもありません。能力の行使ができなくなる、あるいは効果が弱まるというのが唯一の判断基準です。また、魔力は能力の行使をせずに心身を休めることで、回復していきます」


 つまり、能力を乱用しても疲労感を感じたり、体の動きが悪くなるということはないのだろうと理解しておく。


「では、どうやって能力を行使するのか。まず、能力は系統別に、受動、能動、自動の三系統に分かれます。受動は、特定の条件化で意思に関わらず発現する能力。能動は、文字通り自身の意思で発現できる能力。自動は、本人の意思やあらゆる条件に関わりなく常時発現する能力です。もっとも、自動系統の能力を持つ方は稀ですが」


 つまり、私の”自由”がそのままの意味であれば、例えば何かしらに束縛されたときに勝手にその状態から自由になってしまうのなら、受動。自身で解放されたいと思って初めて自由になるのなら、能動。そもそも、束縛すらされないのなら自動ということになるのでしょう。


 ・・・でも、それなら自動系統の場合は、常時発現のせいであっという間に魔力が枯渇する上に、回復もままならないということではないかしら。随分と使い勝手が悪そうに思えるわね。


 より深い理解のために説明内容を反芻している間にも、講義は続いていた。


「貴方達の能力がどれに属するのかは不明です。まずは先程浮かんだ、自身の能力を象徴する単語の意味を考えて、その単語が機能する状況を作ってみてください。周囲にはいろいろな地形がありますので、必要ならそちらに移動しても構いません。夢の中を疑似的な再現した空間ですので、命の危険もありません。怪我をした場合は、一度現実へと送還することでリセットします。勿論、現実世界に傷を持ち越すことはありません。万が一死亡した場合でも同じです。よって、気兼ねなく自身の能力を見極めてください」


 どうやらこの疑似夢世界は、現実から監視されているらしい。部屋に大型モニターが供えられていたのは、そういう用途だったのでしょうね。


「では、各自解散とします。規定時間まではご自由にどうぞ」


 それだけ言うと、自分の役目は終わったとでも言うように、彼女は背を向けた。そして、次の瞬間には前触れもなく消えていた。流石に、もう驚きはしないけれど。


 皆がどうしようかとそわそわしている中、スマホの人だけは、岩場の地形の方へと走り去っていった。


「ともかく、みんなの単語を教え合いましょう?何か閃くかもしれない」


 と、いつものように谷村さんがリーダーシップを発揮し、4人が自身の単語を開示する。谷村さんは”説得”、俊平君は”武器変換”だったらしい。


 とりあえず、概念の解釈の幅が最も少ないということで、俊平君の能力を解明し、それを取っ掛かりにして私たちの能力の解明を使用という方針となった。


 そして、俊平君の能力についてはあっという間に解明が済んだ。物は試しと雑草の葉を一枚摘み取り、念じるだけでそれが武器になったのだから。具体的には、ひらひらとしていた葉が急に硬質になった。試しに、細めの木の枝に向けて振ってみたところ、枝はすっぱりと二つに分かれた。切れ味はナイフに負けていない。ただ、手を離すと、それは元のひらひらとした葉に戻った。どうやら、直接触れていなければ効果を維持できないようね。


 その後も、枝を手に取って念じれば、硬質化した上に先端が鋭く変化してさながらレイピアの様になり、石ころなら鏃のようになった。自身の意思で能力を行使しているところからすると、能動系らしいわね。


 俊平君の実感を参考に、私たちも試行錯誤を繰り返した結果、雫ちゃんの能力がまず判明した。


 自身の好まないものが半径5メートル以内に接近した場合、それを弾く受動系の能力。


 試しに小石を投げてみたところ、能力の発動圏内に入る寸前、壁にでも当たったように弾かれ、すぐ傍に落ちた。


 放った石の速度や重量に関わらず、弾く勢いは一定らしい。


 私の能力もすぐに解明された。試しに谷村さんに私を羽交い絞めにしてもらい、自由になりたいと念じると、私の両腕が実態を失くしたかのように、谷村さんの腕をすり抜けた。予想通り、何かしらの束縛を受けている時に、その状態から自由になることができる能動系の能力のようね。使い勝手がいいとは言い難いけれど、窮地に陥った時の切り札くらいにはなるでしょう。


 谷村さんの”説得”については、どうやら自身の発言に説得力を付加するという能動系の能力らしい。こちらは、夢の中の登場人物にも有効なら使える場面は多そうね。





 その後、残り時間は各々の能力の探求に費やし、昼過ぎには現実へと帰還した。

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