第28話 そこから30日前の話~はじめての ともだち~

12時半。谷村さんに誘われ、私たちは中心街のとある洋食レストランで昼食を取っていた。


どうやら、私に気を遣ってくれたらしい。日本食でも美味しくいただけるのだけれど、心遣いはとても嬉しい。


私が粒なしのコーンスープを口にしていると、谷村さんが口を開いた。


「みんなそれぞれ事情があってここに来て、アクターになったと思うんだけど」


どうやら前置きらしい。微笑を湛えながら、私たちの顔を見まわしている。


「こうして会えたのも何かの縁。せっかくだからみんなと仲良くなっておきたいなと思って」


そこで、両手を合わせて柔らかな笑顔を振りまく谷村さん。


「オレも賛成です!」


脊髄反射かと思うほど、勢いよく手を伸ばして同意する松林さん。


「特殊な環境ですし、情報交換等の上でも、交友関係は、必要でしょうね」


言葉を途切れさせながらも、間接的に同意する笹川さん。


「私も、友達を作りたいと思っていましたので」


「全員同意してくれてうれしいわ。じゃあ、まずは連絡先の交換でもしましょうか」


といって、谷村さんがスマートフォンを取り出してくる。


ちなみに、このスマートフォンはこの島の中でしか使えず、外界との通信などは不可能である。もちろん、インターネットなどの機能もない。徹底して、情報の流出を防ぐ為に手が回されている。いかにここが隔離されているか、よくわかる一例ね。


なので、スマートフォンとは言っても、マップや各種自己発信ツールといった便利機能は一切使えない。これでは、もはやガラケーだと水菜が笑っていた。(昨日の内に、水菜と蛍斗の名前を漢字でどう記すのかは教えてもらっているので、今日の日記から反映している)・・・ところで、ガラケーとはいったい何なのかしら。


それはさておき、4人で連絡先を交換する。当然、L〇NEといったアプリも入っていないため、メールアドレスや電話番号の交換となってしまう。私は、そもそもこういったものを持つことがなかったので、不便とは感じないのだけど。(操作方法は、昨日これを買った時に、水菜に最低限教わっている。今夜は部屋で説明書を熟読する予定)


「ちなみに私は一人暮らしなのだけど、みんなは?」


ということは、彼女は私と同じ寮で暮らしているのだろうか?


「いえ、俺は母親と一緒に」


「私も、両親と、その、一緒です」


「なら、家族用のアパートに住んでるわけね。シルフィちゃんは?」


一人暮らしであることと、住んでいる寮の名前を告げる。


「なら、私の寮の隣ね!今度遊びにいらっしゃい」


と、満面の笑みで返された。


その後も、食事をしながら互いについての話を続けていく。自分の経歴については伏せておくことにした。元王女などと自己紹介して、距離を置かれるのは避けたかったので。


谷村さんは20歳。やっぱり私よりも年上だった。松林君(さん付けは落ち着かないらしい)と笹川さんは同じ15歳らしい。こちらは年下ね。


・・・話が弾んだせいで、私たちが研修室へ戻ったのは時間ぎりぎりだった。








「へぇ、シルフィちゃんってわざわざ外国から来てたのね。外国の研究施設でなく、どうしてこんなところに来ようと思ったの?」


「助けてくださったのが、日本の方だったので」


「さては、助けに来たそのヒーローに惚れちゃったりしたのかしら?」


「いえ、そういうわけではないのですけれど」


「もう、話し方が固いわよシルフィちゃん」


「すいません」


午後の講義を終えて自分の部屋への帰り道。私は方向が同じという理由で、谷村さんと同行していた。


「その人達に会いに来たのは事実なんですが、お礼を言いたかっただけで」


これ以上掘り下げられると困るので、”達”の部分を心ばかり強調しておく。


「外国にまで出張できるなんて、よほど実績のあるアクターさんなのね。それで、その人のお名前は?」


明かしていいか逡巡したけれど、名前くらいはいいかしらと思い、名字を伏せて二人の名前だけを伝える。帰ってきた反応は予想外だった。


「ケイト・・・蛍斗・・・!?」


何か引っかかったらしく、何度も名前を呟く谷村さん。やがて何か思い当たったらしい。その次の瞬間には、私の両肩に手を置き詰問する態勢をとっていた。


「もしかして、フルネームは氷月蛍斗!?」


「ええと、そうだったかもしれません」


あまりの豹変に、咄嗟に誤魔化してしまった。見せていた柔らかな笑顔は跡形もなく砕け散り、驚愕が顔を染めていた。


「その、氷月って人、有名なんですか?」


彼女は、私より随分前にこちらの島に来ている。(ある程度次期研修生の数が揃うまで、待機させられていたらしい)何か情報が得られないかと思い、そう訊いてみると怒涛のように語り始めた。


「有名どころじゃないわよ!ただでさえ彼自身がファーストワンなのよ!その上、彼が立ち上げた”遊戯同盟”は、依頼達成率が90%近くもある実力派!しかも、引き受けた依頼の数がトップ5に入るほど多いのに、所属メンバーの死亡率も最小数。まさにアクターの中のカリスマなのよ!同盟への加入希望が後を絶たない超人気アクター集団なのよ!?」


「そ、そうなんですか」


蛍斗の顔を思い浮かべる。並べたてられた功績とギャップがありすぎて、すぐに飲みこむのは難しそうだ。


「本当にシルフィちゃんの知り合いが彼だったのなら、本当に幸運ね!もし彼のグループに入るのなら、私も紹介して頂戴!」


「え、ええ。可能性は小さいと思いますが」


「お願いね!」


そう捲し立てた後、谷村さんはどこか気の抜けたように、歩みを再開した。


・・・ところで、今の会話の中に気になる単語が一つ。ファーストワンという肩書はいったい何なのか。


訊ねてみようかと思ったが、今の谷村さんに声をかけるのは少し躊躇われた。後で、水菜にでもメールで訊いてみようかしらね。





その後、私の寮の前で別れ、今こうして自室で日記を書いている。夕飯の買い出しなどはしていないが、心配ない。昨日のうちにカップラーメンという魔法の食べ物を購入し、キッチンに備蓄してある。


以前から知識としては知っていても、食べる機会がなかったから、この機にぜひ味見をしたいと思っていたのよね。


お湯をかけるだけで出来上がる食事・・・そんな摩訶不思議な代物を堪能するべく、私は同じく昨日の内に購入してきた新品の電気ケトルでお湯を沸かすのだった。





結果は・・・期待や不安に反して、普通の美味しい代物だったとだけ書いておく。

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