第26話 そこから31日前の話~夜~

 自然区での一騒動の後、私とミズナは中心街へと戻ってきていた。


 理由は必要なものの買い出しと、その後に夕食を共に取るために。ちなみに、食事をするレストランはもう決まっているらしい。詳細を訊ねても、ミズナはニヤニヤするばかりで教えてくれないのだけど。


 ともあれ、買い物を済ませ、それらを一旦自宅へと運び入れた後、再び中心街へと戻った時には既に陽が完全に落ちていた。


「遅い時間まで付き合わせてしまって申し訳ないわね。せめて、夕食くらいはご馳走させて頂戴」


「・・・そうだな、甘えることにするわ」


 一瞬、瞳に躊躇いの色が見えたが、私が承知しないのを予想したらしく、素直に折れた。勿論、こちらに折れるつもりは毛頭なかったので、その予想は大正解ね。


 そして、水菜に先導されるまま直線の道路に沿って各種店舗立ち並ぶ通りをを5分ほど歩いた先にその店はあった。入口の脇に、”レストランカフェバー夜狐”と書いた吊り看板が下がっている。レストランで、カフェでバーってどういうことなのかしら・・・。


 壁面は黒と白で統一されていて、なぜだか妙にシックな感覚を覚えてしまう。


 入口は引き戸になっているが、こちらは日本の伝統のそれとは違っている。ガラスは一切なく、金属製。ならば、扉自体は木製のそれと比べて重量があるはずなのだが、手をかけて軽く力を入れるとそれを感じさせないほどにするりと私たちの視界から消え去った。よほど丁寧に造られているのか、あるいは細めに油でも差しているのかしら・・・。


 ともかく、疑問を棚上げにして中へ足を踏み入れる。


 向かって左手前にレジスター、その奥にカウンターと、酒類らしきボトルを数多く並べた棚。


 右手には2~8人用の、種類も装飾も雑バラバラなテーブルが適当に置かれている。8人掛けのテーブルに至っては、以前会食で目にしたことのある、回転機能のついた中華テーブルだった。他のテーブルも、洋式、中華式、和式、あるいは何の特徴もない木組みのものから、透明なガラスのみでできたクリアテーブルなどなど。統一感のなさも、いっそここまでくれば指摘するのも憚られるという有様だった。


「らっしゃいま・・・」


 そのテーブル席の方から、不愛想かつやる気のない声が響き・・・言い終える前に止まった。


 そちらへと目を向け、私も思わず硬直してしまう。そこに居たのは、紛れもなく・・・。


「ヤツさ~」


「ケイト!?」


 ミズナが隣で、節をつけてそんなことを呟いていた。ともかく、店の外装に合わせたらしき、全身黒と白の仕事着でバッチリキメたケイトだった。








「お客様、出口は後ろにございます。ご自由にお引き取りくださいませ」


 青筋を幻視しそうなほどこめかみを震わせながら、近づいてきて開口一番、ケイトがミズナへとそう言い放った。


「二人で」


「帰れ。今すぐ、ライト、ナウ!」


「テーブル席でいいかな?」


 カウンターの中から、オーナーらしきバーテンダー服の人物がそう訊ねてくる。


「ああ、マスター。知っての通り、あたしは酒は飲まないからな」


「空いている席へ」


 どうやら気心知れているらしく、簡単なやり取りの後、ミズナは壁の側の二人掛けテーブルへと腰を下ろす。


 1分もしないうちにケイトが傍へと寄ってきて、無言で水とメニューを置いていく。当然の如く、ミズナを睨み付けていくのも忘れなかった。


「えっと、ミズナ、ここは?」


 ケイトが不機嫌に去った後、そんなあやふやな問いを投げてみた。


「レストランにして、バー、あるいはカフェとしても機能する不思議空間、夜狐よぎつねさ」


「は、はぁ」


「あたしやケイトはここでバイトもしてるんだ。察している通り、あそこでバーテン服着てシェイカー振ってるのがマスターの夜狐さん。店の名前の由来・・・なはず。本名かどうかは知らないが、あたし達や客相手にはそう名乗っている」


「アルバイト・・・?」


「アクターで稼いでいるのに?って疑問は当然だと思うが、その辺りは身内以外には説明できないな」


 身内というのが、ケイトやレックスさんをはじめとする、チームを指しているのはすぐに理解できた。


「で、酒を飲む人や喫茶目的ならばカウンターへ、食事ならテーブル席って区別されてる。昼間はカウンターはカフェになるし、夜には見ての通りバーになる」


「なるほど・・・」


 目をやってみると、カウンターではカクテルグラスを傾けていたり、ビールのジョッキを煽っている人がちらほらいる。騒ぐことなく黙々と酒を楽しんでいる様子で、大衆酒場というよりは大人の憩い場といった風情ね。


 一方でテーブル席の方も、家族連れが来ていたり、若いカップルなどが座っているものの、店の雰囲気を怖さない範囲の声量でお喋りをしている。静寂ではないけれど、どこか粛々とした雰囲気ね。高級なフレンチを出すレストランのそれに近いと言えばいいのかしら。そこに、バーの雰囲気が合わさって、知る人ぞ知る隠れ家的名店と言った空気を形作っている。(もっとも、当然そんな店に入ったことはないので、イメージでしかないが)


「で、何にする?ここは、和洋中どころか、エスニックもどきやイタリアン、各種デザートまでいろいろ揃ってるぜ」


 メニューを見てみると、中身はテーブルに負けず劣らずの雑多具合だった。


 和風の定食から、カレーやラーメンと言った大衆食、炒飯や焼売に飲茶といった中華。果ては、ビーフシチューピザや和風ボルシチ、と言った混沌とした創作料理まで記載してあった。


「この島の特殊な事情が影響していてな、かつてフランス料理をしていたシェフ、日本の小料理店を営んでいた板前、中華を極めようとした料理人と、いろんな人が厨房に入ってるんだよ。それらを異種間融合した創作料理は、この店の特徴の一つだな」


「大抵は斬新すぎる味付けで、リピーターはいないけどな」と付け加えてミズナが笑っている。いや、目が笑っていなかった。何かトラウマ物の料理でも口にしたことがあるのかしら。


「でも、それでは調理場のスペースが足りないのではないかしら?それぞれの料理に適した器具や設備が必要でしょう?」


「いい目のつけどころだな、回答はあれだ」


 ミズナが指さした先、カウンターの後ろに三か所扉がついていた。


 そのうちの一つが開き、中から定食のセットらしきものが取り出されている。取り出しているのは、よく見たらレックスさんだった。彼もアルバイトをしているらしい。ゴシックな色合いの服に、金髪がよく映えている。


「この店は4階建て。それぞれの階に調理場があるのさ。できた料理は、エレベータの要領で一階へと降りてくる。」


「・・・」


 あまり世間を知らない私でも、それは常識外れだと思った。








 色々と驚かされたものの、とりあえず無難なものを注文し(注文を取りに来たレックスさんは、妙に気合が入っていた)、辺りをもう一度見まわす。そして無意識に、視線が従業員の一人に吸い込まれる。対象は当然、レックスさんではなくケイト。不愛想ながらも、淡々とウェイターとしての仕事を全うしている。笑顔が一切ないのも、この店の雰囲気にはまあまあ合っており、逆にクールでカッコいいと表現しても良いくらい。まあ、一般の飲食店であれば、間違いなく落第レベルでしょうけれど。


 ふと間近に視線を感じて前を向き直すと、ミズナが妙に腹立たしい笑顔をこちらに向けていた。


 声を荒げて店の雰囲気を壊すわけにもいかず、私はそっぽを向いてやり過ごすことにした。


 それなりに待った後運ばれてきた料理は、なかなか美味しかったことは記しておく。











 ・・・中身の濃かった一日の中身は、これで全て。


 その後、ケイトと話すことはできなかったけど、いずれミズナに機会を作ってもらえるように頼んではおいた。差し当たっては、明日から始まる研修に集中することにして、私はこの日記を記しているペンを置くことにした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る