第25話 そこから31日前の話~昼~
「風と木漏れ日が心地いいですね」
「そりゃ、自然区だからな」
そんな会話から分かるように、あたしはシルフィを連れて自然区を散策していた。
今は、海岸から少し離れた木立の中を歩いていた。遊歩道などはなく、足元が湿った落ち葉で、やや心もとない。
もっとも、シルフィは箱入りだった割にはしっかりとした足取りでついてきているため、心配はなさそうだ。
「もう少し先に行けば、海水浴にうってつけの砂浜もあるぜ」
「そうなの!?」
「ああ。今5月半ばだから、もうちっと待てば海開きだな」
「ウミビラキ?」
「海水浴の解禁される日って意味さ」
「そのときは必ず泳ぎに行くわ!生まれてからこれまで、海で泳いだことないもの」
昼前に立ち寄った喫茶店でも興奮していたが、今の状態はそれ以上だ。
「なら、そのときはあたしがお供してやるよ」
「本当に!?本当にいいの!?」
「ああ、友達だからな」
あたしの何気ない返事に、何故かシルフィが妙にうれしそうな表情をする。今の言葉のどこに、そんなトリガーがあったのだろうか、乙女心はミステリーだ。
自分も女であることを棚に上げてそんなことを考えつつ、頭上で両手を交差させる。一拍遅れて、スニーカーを履いた踵がその上へと落ちてきた。
「ミズナ!?」
突然の出来事、奇襲にシルフィが名前を呼びつつ硬直していた。木から飛び降り、あたしの頭上から右足での踵落としを仕掛けてきた襲撃者は、その踵を起点に後方へと一回転。両足で着地するや否や、足のバネを生かして真正面から挑みかかってくる。
突き出される左掌底、狙いはあたしの顎。それを首を逸らして避け、カウンターで右のリバーブローを繰り出す。左手で攻撃をした以上、これは防ぎ辛い。
しかし襲撃者は、空いた右手であたしの右手を内側から押しのけ、捌いて見せた。それどころか、手首を掴んで強引に内側へと引き寄せることで、こちらのバランスを崩そうとしてくる。地面が砂やコンクリートであれば、踏み留まれたかもしれないが、ここは木立の中。あしもとは落ち葉で満たされている。恐らく、これを計算しての一手だったのだろう、なかなか巧妙といえる。
このままでは相手の思う壺、判断は一瞬!あたしは、両足が崩れる前に、思い切って前方へと跳躍する。
当然、不安定な足元とバランスのせいで勢いは微々たるものだが、引き込まれた腕の勢いを利用して、襲撃者へとショルダータックルを仕掛ける。相手も踏ん張りがきかないのは道理、そのまま相手を下敷きにするように地面へと倒れ込む。だが、相手もなかなかできる男だった。後ろから倒れ込む直前、俯くように首を手前へ曲げることで後頭部強打からの脳震盪という事態は防いでいた。
一方あたしは、条件反射でそのまま相手の腹の上で馬乗りになる。いわゆる、マウントポジションだ。
そして、まずは右拳で一撃見舞ってやろうとしたところで、
「ま、待て!ギブだギブ!降参する」
と顔のガードを固めながら、相手が喚き始めた。
「さ、さすがねミズナ。格闘技をやってたとは聞いたけど」
終始動けずにいたシルフィが、安堵の表情でこちらへと歩み寄ってきていた。やれやれ、他にも伏兵がいたり、巧妙な罠が張ってあるかもしれないってのに無防備なお姫様だ。
・・・まあ、今回は問題ないだろう。なんせ、襲撃者は・・・
「で、これはなんの悪ふざけだレックス」
あたしの友人にしてチームメイトだったのだから。
「いてて。くそ、さすがは水菜だ。暢気に連れの女の子と喋っているから、警戒は薄いとみて仕掛けてみたってのに」
「飛び掛かってくる寸前に、気配を漏らしてたぜ?乗っていた枝を揺らして、音を出したのも減点だ」
「ちぇっ」
長身の襲撃者ことレックスは、落ち葉の上で大の字になったまま悔しそうにしていた。
「それにお前の体格だと、懐に飛び込めば反撃の手段も限られるしな。ウイングスパンが長いってのは、拳のリーチが長いって点では確かに長所だが、内側に潜られたときの隙も大きいんだよ」
「普通の人間なら、大差ないと思うんだがなぁ」
「あたしは、普通じゃないからな」
「自分で言うんかよ。いっそ、メスゴリラとか格兵器なんてあだ名でもつけてごふっ!?」
「なんか言ったか?」
不愉快なあだ名候補を並べていくレックスの大腿にローキックを見舞ってやる。時折混じる関西弁は、こいつの癖だ。
「バトルガールのミズナが しょうぶをしかけてきた! レックスに こうかは ばつぐんだ!」
痛みに悶えながら、レックスがそんな台詞を呟いていた。モンスターのタイプ以前に、トレーナーにも有利不利があったらしい。これが元ネタのゲームに実装されたなら、斬新な切り口だと言われるのは間違いない。ジムリーダー同士ということなら、それぞれの得意とするタイプで有利不利は出るかもしれないが。
ちなみにあたしは、ほのおタイプやかくとうタイプが好きだ。ついでに、猿よりは軍鶏派。
「えっと、ミズナ・・・?」
あ、そうだった。シルフィを放置したまんまだった。
「シルフィ、この婦女暴行未遂犯はレックス。あたし達と同じアクターで、あたしの残念なチームメイトだ」
「おいっ!?その紹介はあんまりだ!」
「え?だって事実だろ?」
照会内容が不満だったらしく、婦女暴行未遂犯が勢いよく立ち上がって猛抗議してくる。レックスの言うところのあんまりな紹介(この表現には多分にレックス氏の主観が含まれています)に、シルフィの顔が引きつっていた。
そのままの表情で固まること、数秒。どうやら、チームメイトという部分を重視することに決めたらしく、警戒を隠しきれない愛想笑いで、手を差し出した。
「シルフィ=フロワースと申します。お見知りおきを」
「あ、ども、レックスです。よろしく」
相対するレックスは、手をシャツの腹の部分で拭った後(こういう時の定番であるズボンは、倒れた時にあちこち汚れている)、照れながら握手を交わした。
話した手を妙に見つめた後(後から思えば名残惜しかったのだろう)、あたしたちを交互に眺めるうちに何か思い当たったらしい。
「そうか、この子が例の?」
「そ。あたしとあいつでこの間助けに言ったお姫様だよ」
「なるほど。話は聞いてたが、実物はそれ以上の美少女だな。ありふれた表現だけど、もはや天使の域だわこりゃ」
レックスが何度も頷きながら、シルフィを眺めまわす。観察されている本人が居心地悪そうにしているため、とりあえず鳩尾に裏拳を入れておく。
恨みがましい目でこちらを見つめながらも、意図は伝わったようで、邪な視線はなくなった。
・・・代わりにあたしの方に、言葉より先に手を出すのを自重しろ!と目線で訴えかけてきているのは気のせいだろう。
「まあ、婦女暴行云々ってのは4割冗談で」
「半分以上本気じゃねえか!」
「よくここで、組手とかの訓練してるんだよ。レッ”クソ”もあたしも、格闘技をちょこっとやってた時期があったからな」
「おい待て、オレの名前が聞き捨てならない改変を受けていたんだが」
「ちょっと噛んだだけじゃよ」
「絶対わざとだこれ!」
ぎゃあぎゃあと喚くレックスを無視して、シルフィに説明の続きをする。
「自然区は、天然の芝生や砂浜を選べば、組手や模擬戦、純粋に体を鍛えるのに向いている環境でな。体を鈍らせて夢の中で無様を晒さないように、しばしば足を運んでるのさ。さっきのは、訓練の一環みたいなもん・・・ということにしといてやろうかな」
ちらりと横目でレックスを窺うと、安堵した表情をしていた。
「まあ、シルフィの案内を邪魔した挙句、危うくあたしの余所行きの服まで汚すところだったんだ、相応の要求はさせてもらうけどな」
安堵の表情にひびが入った。
「・・・いやいやいや!?倒れた時お前、完全に俺の上だったよな!?地面に触れてないよなぁ!?」
「そりゃ、服汚すの嫌だったしな」
「ならセーフだろう!?ねぇ!?」
レックスがシルフィにジャッジを迫る。果たして、シルフィの判断は・・・
「・・・ギルティ?」
「ノオォォォォォウ!?」
レックスが両手両膝をついてうなだれていた。
「こ、控訴を要求します!裁判官殿!」
そのまま、救いを求めるように、シルフィの足元へと這い寄っていく罪人。と、再び何かに気付いたように、地面を向いていた視線がゆっくりと上がっていく。・・・いったい何を
「っ!?」
・・・なるほど、わかった。
スカートの前を押さえ、羞恥に染まった顔をこちらへ向けてくるシルフィの姿が、あたしの正義感に火をつけた。
「ちがっ、これは魔が差したというか、健康な思考の男子としては自然な衝動---」
「ギルティ!!」
被告の主張に被せるように、裁判官が叫ぶと同時。罪人の体は、あたしの蹴りで宙を舞っていた
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