第24話 とあるアクターたちの午後

「ただいま戻りました」


遅めの昼食を簡単なもので済ませて、食器の後片付けをしていると、朝から出かけていた無名さんがようやく帰ってきました。


「お疲れ。風邪はいいのか?」


リビングから、テレビ画面から目を逸らさないままで蛍斗君が短く問いかけます。


「ええ。昨日はゆっくりと休みましたので。ご心配をおかけいたしました」


「よかったじゃねえか、馬鹿じゃないって証明ができて。こいつやレックスは風邪ひかないし、なんならひけないからな」


「言ってろ。今にそんな余裕な口を叩けなくしてや・・・って、うおっ!?」


「気を散らしているのは春輝、あんたの方よ」


ついでのように揶揄われた春輝君が、隣の蛍斗君にいつものように噛みつきます。そしてどうやら、その隙に千夏さんに付け込まれて、順位を落としたようです。


「ファイアでピンポイント狙撃とか、いつの間にそんな技身に着けやがった姉貴!」


「弟に負けっぱなしってのも癪だし・・・ねっ!」


「説明になってねえよ!くそっ」


「ち、蛍斗と春輝だけマークしてればいいと思ったのに、とんだ伏兵が現れやがった」


最後に軽く悪態をついたのは、百夜君・・・フルネームで灯火ともしび 百夜ももや君。年齢は蛍斗君の一つ下で、アクターとしては珍しい真っ黒の髪が特徴です。普段は自室で過ごすことも多く、私にとっては、少し取っ付き辛い印象の男の子です。


察しが付くとは思いますが、4人は現在進行形で、とあるレースゲームで対戦中です。何故こんな状態かというと、今朝の蛍斗君と春輝君の軽い応酬がきっかけでして。食事を終えた後も春輝君をいじり続けていた蛍斗君に、レースゲームでオレを負かしてからでかい口叩くんだなと春輝君が挑発を返しまして。負けず嫌いな所がある蛍斗君がそれに乗り、ちょうど自室から出てきた百夜君とリビングで雑誌に目を通していた千夏さんを巻き込んで現状に至るわけです。


「ふっ、やはり谷川や砂漠ステージでは俺のほうが上だな」


「くそ、他のステージなら7割方勝てるのに、その2ステージでジェットを使った時のキレは何なんだ!?俺のスクーターですらじりじり離されるなんて・・・」


「ロケットですら扱い切れていない俺からすれば、どっちもバケモノなんだが。銀河ステージ以外で勝てる気がしねえ」


「むぅ、ワゴンではやはり勝てないのかしら。ピンク色で可愛いのに・・・」


どんなゲームでも上手くやりこなす(正確にはとことんやりこんで練習する)蛍斗君と、レースゲームが得意な春輝君。二人の戦いについていくには、千夏さん達では少し厳しいようです。


「満足した。蜜柑、食器洗いを代わろう。お前もやりたそうな顔してるしな」


「・・・バレてましたか。あとは、コップだけなのでよろしくです」


最後のお皿を、大型の家庭用食器洗浄機へ立てかけて、蛍斗君にスポンジを手渡します。


「うぇっ!?蛍斗の次は蜜柑ちゃんか。次も気が抜けねえや」


「ふふ、お手柔らかにどーぞですよ」


タオルで手の水分を念入りに拭い、コントローラを握ります。うっすらと残る蛍斗君の手の温度を感じながら、いつもの癖でスティックやボタンの効きをチェックしていきます。


それぞれが機体を選ぶ中、後ろでは蛍斗君が無名さんといつもの会話をしています。


「で、上の連中は何か言ってたか?もしくは気になる動きとか」


「いえ、特に何も言付かってはいません。ただ、シルフィさんの今後について、興味を持っておられましたね」


「やれやれ、俺はあいつの世話役じゃねえっての」


レース開始直前に蛍斗君がそう吐き捨てました。その表情から内心を読み取ろうとしましたが、相変わらず私には難しいようです。


「ゲーム中に余所見とは、余裕だねえ」


「スタートしてからならともかく、スタート前のカウントダウンくらいはいいんじゃないですか?」


心理効果を狙っているのか、はたまた皮肉なのか春輝君が突っかかってきたのを流しつつ、画面に集中します。


「こちらで預かったりはしないのですか?」


「こっちから手を差し伸べる気はないな。向こうから希望してきた上で、テストに合格すれば受け入れざるを得ないが」


「それは難しいでしょうね。彼女の生い立ちを聞く限りでは」


レースが開始したにもかかわらず、悠長に会話に混ざる千夏さん。やれやれ、温いですね。ゲームで勝負となれば常に互いの本気をぶつけあう!それでこそ、張り合いもあるし、勝った時の嬉しさも一塩だと思うのですが。


「ちぃ、さすがは蜜柑ちゃん!だが、後半のハーフパイプゾーンで捲って見せる」


「・・・」


春輝君が心底楽しそうに、かつ闘志を一層燃やした口ぶりで吠えます。私はそんな無駄なことに、毛ほども思考を割きません。ただ、画面から入ってくる情報と脳内に焼き付いた情報記憶だけに思考のリソースを傾けます。それでも、意識していないというだけで、会話の内容は自然と耳に入ってきます。


「知識としては知っているかもしれないが、体験したことはないだろうからな。そんな状態から俺たちの課す試練を突破できるとは思えんな」


「シレン・・・風来?」


「千夏にしては悪くないボケだ。称賛代わりにツッコんでおくと、そういう話はしていない」


「ぬぁっ!?ハーフパイプでも互角だと!?」


「やった。ツッコミ役に回ることが多いから、一度ツッコまれる側にもなってみたかったのよね」


「性的な意味で?」


「よぅし、百夜君。ゲーム内かリアルか、どちらでボコボコにされたいのかな?君が選んでいいよ?」


「すいませんでしたっ!?」


「百夜、下ネタでのボケは要らないとさ」


ちなみに、百夜君の得意(?)なゲームジャンルはギャルゲーとエロゲーらしいです。蛍斗君たちの話によると、私室の押し入れには美少女キャラがこれでもかと描かれたゲームのパッケージが、ずらりと整頓されて保管されているとか。(本人曰く、ゲーム自体は当然として、それらパッケージや説明書もお宝なんだとか)これも、私が苦手とする理由です。


「よし、蜜柑ちゃんに並んだ!あと一周、勝負!!」


左から、暑苦しい宣言が聞こえますが、返答などするわけもなく、またする余裕もなく蒼穹を見上げる氷のステージ上にマシンを疾走させます。


ちなみに、パーティー要素の入っていない硬派なレースゲームだと、間違いなく春輝君が勝利するので、今回はこのギミックや変則テクニックまみれの作品をチョイスしてみたのですが、それでもかろうじて五分といった状況です。


また、レースゲームのうちでも春輝君の本命は、ゲームセンターにおいてあるシフトレバーやペダルのついたタイプの方だったりします。こちらなら、勝利どころか圧勝するレベルですね、口惜しいことに。


春輝君や百夜君に限らず、ここに住む人々のほとんどは必ず得意なゲームのジャンルを一つ持っています。例外は私と蛍斗君。器用貧乏なのか万能なのか、どのゲームでも優秀以上究極以下程度の成績を出していたりします。


なので、レースゲームなら大概は究極と言っていい春輝君には、ランダム要素などを絡めた作品でないと手も足も出ないわけです。他の皆さんの得意なゲームジャンルについては・・・またいずれ機会があればこの”活動日記”に記すことにしましょう。


「よっしゃあ!僅差だが勝たせてもらったぜい!!」


左から咆哮が聞こえるのと同時に、部屋の扉が開き、タオルを首から掛け、ノースリーブのTシャツから日焼けした腕を見せつける、長身の男の子が入ってきます。


名前はレックス君。ニックネームというわけではなく、レックスという名自体が彼の登録したであり、フルネームです。まあ、私たちもそうなのですが。


「どうした、レックス。いつもよりも疲労の色が濃いぞ?」


キッチンから蛍斗君が疑問を投げかけるのも当然と思えるほど、レックス君の全身から倦怠感が漂っています。いつも、ツンツンにセットしているトレードマークの金髪も、覇気なく崩れています。


「というか、お前体に幾つか痣ができてるぞ。喧嘩でもした・・・わけはないな。普通の喧嘩でお前がそこまで疲労した挙句、打たれるはずはない。さしずめ、水菜と鉢合わせて組手でもしたんじゃないのか?」


「さあな。・・・ありがとう」


表情と仕草で指摘が事実であると白状しつつ、蛍斗君から水の入ったコップを受け取るレックス君。汗まみれなのを気にしてか、椅子は使わず、たったまま中身を一気飲みします。


「で、水菜に連れはいたか?」


「ふぅ。ああ、いたぜ。プラチナブロンドの髪をしたキレイな少女だった。小っちゃくてかわいかったなぁ」


「お前の長身からすれば、大概の女性はちっこいだろうに」


ちなみに、レックス君の身長は190cmを悠に超えるらしいです


「もしかしなくても、あれが件のお姫様か?あんなに可愛いんだし、受け入れてやろうぜ?ヒメちゃんに代わるマスコット枠として」


「レックス、気持ちは分かるが、その発言は絶対に緋明の前ではするな。名前の由来通り、悲鳴を上げることになるぞ」


「わかってるよ。でも、見るからに世間に不慣れな感じだったし、可哀想じゃねえか」


「・・・本音は?」


「お近づきになりたい」


レックス君が吐露した願望に、私を含めた女性陣から非難の視線が突き刺さります。まあ、空気が読めない男の子なので、話を傾聴されているとでも考えるのでしょうが。


そしてもう一人、空気を読めない・・というよりは己の欲望に忠実な男の子が口を開きます。


「そんなに可愛かったのか?」


「よくぞ訊いてくれました、百夜。まず外国人の中でも屈指の美しさであろうブロンドの、さらさらの髪ってだけでも反則なのに、目鼻が高級な人形・・・フランス人形だっけか?を連想するように整っていて・・・」


コントローラを投げ出して、レックス君の報告を真剣な面持ちで聞く百夜君。


幸か不幸かは知りませんが、ギャルゲーに埋没しているとはいえ、百夜君は三次元の女性への興味も失っていなかったりします。それとも、ああいったゲームをやっている男性の大半は、皆二次元にしか恋できないというのは偏見なのでしょうか。


「レックス、熱弁はあとにしてシャワーを浴びてきたらどうだ?もうバイトまであまり時間はないぞ?」


時刻は16時半過ぎ。いつも通りなら、あと1時間も経たずに出発しなければなりません。


「そうだな。まだ語り足りないが、最後に一言だけ。・・・あれは天使だ」


それだけを言い残すと、コップを蛍斗君に渡して自室へと駆けていきました。


「マジかぁ、レックスにあそこまで言わせるってことは、俺の中のランキングでも上位確定だな。うちのギルドに加入するのが楽しみだ」


「加入しねえよ、さっきの話聞いてたか?あと、ギルド呼びはやめろ。俺たちのチーム名は・・・ドリームバスターズだ!」


「いや、名称は”遊戯同盟”だからな。勝手に恭介の兄貴を真似て宣言するのはやめろ」


百夜君が珍しくツッコミに回ります。ちなみに、ネタ元のゲーム自体は百夜君の猛プッシュで男性全員がプレイ済みだったりします。・・・かくいう私も、リフレインで泣いた人間だったりしますが


「ああ、正式名称はそうだな」


「ドリームバスターズが、名称の一つであるかのような捏造はやめろ」


男性陣で一番ツッコミが冴える春輝君が、百夜君から役目を引き継ぎます。


「私が決めた、今決めた!」


「野菜ジュースは嫌いだろう、お前」


「ケイト=ヴィ=ブリタニアが宣言する!お前たちは、ドリームアクターズだ!」


「お前ギアス能力もってねえだろ!それっぽく目をガン開きしてんじゃねえよ、気色悪いわ!」


「間違っているのは俺じゃない!世界の・・・」


「てめえの方だよ!」


「嘘だっ!」


「そのネタは使い古されている上、もう賞味期限切れだと思う!」


「負け犬のなく頃に」


「負け犬って誰を指しているんですかねえ!?さっきのエアライドでも、お前負け越しているよねえ!?」


「いつから鏡花水月を使っていないと・・・」


「お前のキャラクター変遷激しいな、おい!皇太子の次は死神かよ」


「俺の姿を見たやつはみんな死んじまうぜぇ!」


「そっちの死神まで召喚するなし」


「まあ、デスサイズよりはサーペント派だがな。あの、武骨なフォルムと銃火器てんこ盛りのロマン仕様な機体は俺の理想だ」


「急に語り始めるな!今、MS談義をするつもりないから!」


「よし、ボケるの飽きた。続きはwebで!」


「これだけオレを振り回しておいて、勝手に店仕舞いするのやめてもらっていいですかねえ!」


「閉店ガラガラ」


「ハナから開店しないでいただきたい。閉店と言わず、いっそ店を畳んでくれ」


「そんなことしたら、健気にツッコミを入れてくれてるお前に失礼だろう?俺も楽しいし、お互い頭の体操にもなるし、WIN-WINだ」


「オレはむしろ心境的にはLOSEなんだが!?お前に良い様に弄ばれているだけな気がするんだが!?」


「負け犬のなく頃に」


「さっきのそれ伏線だったのかよ!?」


「なるほど~。さすが、蛍斗君。私も見習って、もっとボケを磨かないと」


「オレのツッコミのキャパシティを超えるんでやめてもらっていいですかねえ!?姉貴とオレは貴重なツッコミ枠だろう!?」


「そんな幻想は、私のこの右手でぶち殺す!」


「姉貴までホントにボケ始めた!?」


放っておけば一生続けていそうな、容赦のないボケと律義なツッコミの応酬。


それは私にとっては微笑ましい、そしていつまでも続いてほしい日常の姿の一つ。


ひとたび依頼を受ければ、過酷な環境に身を投じ、時には命を懸け死線を超えていく皆さん。


どうか、このメンバーから欠ける方がいませんようにと強く祈りながら、今日の活動日記の記録を終了します。

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