第23話 そこから31日前の話~正午前後~

「満足したか?」


「ええ、充分。コーヒーもバゲットのサンドイッチも美味しかったわ」


「そりゃよかった。またいずれ一緒に寄ろうぜ」


ミズナお勧めの喫茶店で遅めのモーニングをいただいた後、私たちは港湾区へと歩いてきていた。


物資流通等の関係なのか、他の区と比べて港湾区は中心街に近いらしい。いえ、中心街が港湾区にというべきね。


「ここへ到着した時はあまり見て回れなかっただろ?」


「そうね。そのまますぐに研究区へと移動したから。港湾区ってことは、輸送船の他にも漁船とかもあるのかしら?」


「ああ、条件がいろいろ厳しいから少数だけどな」


「条件?」


「・・・そもそも、シルフィはなぜこの島が隔離され、住民が本土へと戻れないかは知ってるのか?」


「いいえ。情報統制のためとしか」


「そうか。ならそこから話しておくかな」


そこで一度言葉を切ると、ミズナは両手を後頭部に当て、考える素振りを見せた。


伝わりやすいように説明の構成をまとめているのだろう。


歩みは止めず、船から降ろした物資の保管場所らしき倉庫、それらを囲むフェンスにそって波止場へと向かう。ミズナが口を開いたのは5分ほど経ってからだった。


「シルフィはさ、知識のない一般の人が、空想上の存在でしかない悪魔が現実にいるなんて聞いたらどう反応すると思う?」


「・・・程度の差はあれ、信じないでしょうね」


「そう、だから最初に夢魔の被害を受け、そしてその存在を暴いた日本の政府も、真実を伝えるのではなく昏睡状態に陥る伝染病だという虚偽の発表を医師団代表達と示し合わせて行った」


夢魔の発生が日本だとは知らなかった。


「以後、同じく夢魔の発生した各国は日本と同じ対応をしたらしいから、それは間違っちゃあいないと思う。事実が報道されたら混乱が起こるのは目に見えてるしな。ただ・・・その為には、真実を知っているあたしたちを放っておくわけにはいかなかった」


そう自分たちの立場を客観的に語るミズナの暗い表情に、私がここで暮らすことに反対した理由を見た気がした。


「そこで、伝染病の被害を抑えるために隔離するという大義名分で、お偉い方たちはあたしら関係者をこの離島に閉じ込めるという策を打った。ここは、海底火山の活動で海上にできた島を拡張したもので、もともとは米軍基地を移設しようとしていたのが決裂、外交折衝やら含めた紆余曲折あって、表向きは伝染病隔離のため。真実としては夢魔に関する知識を持っている者たちの隔離と、夢魔やアクターの研究を行う場として機能しているわけだ」


「そりゃ、本土との行き来なんてそうそうできないでしょうね」


「でさっきの話に戻るが、漁船もそれぞれに発信機が付けられている上、ドローンでの監視あり。さらには時間制限のおまけつきだ。申請手続きも面倒だし、やってる人は一握りだな」


「なるほどね」


気づけば、波止場まで来ていた。思いがけず、この島の根幹に関わる話を聞けた。案外、今の話が今日一番の収穫かもしれないわね。


「北に行けば、シルフィが来た外来者や定住希望者の受付があるな。このまま南へ行けば、自然区に辿りつく。次は車を使って自然区へ向かうとしようか」


「ええ。・・・?」


「ああ、あの沖で工事をやってるところか。ヘリや自家用機程度の大きさの航空機が着陸できるスペースを海上に作るらしいぜ。フロートとか言ってたかな」


あたしの視線と表情で察して、訊ねる前にミズナから説明してくれた。


未だに開発が続いているということは、当面夢魔を駆逐する目処はたっていないのだろうと推測できる。


「ミズナは、ここで暮らしてどのくらい経つの?」


ふと浮かんで疑問をぶつけてみると、ミズナは一瞬きょとんとした表情をした後。


「秘密だ」


そう言って、実に彼女らしくニッと笑った。

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