第22話 とあるアクターたちの朝

「にゃーっす」


「おはよう、いつもより早いわね」


 午前10時、ようやくケイ君がリビングへと降りてきた。相変わらず、黒髪が寝癖でくしゃくしゃになっている。


 本人は、「低血圧だから朝に非常に弱いんだ」なんて言ってるけど、実際にはゲームのために深夜遅くまで起きてるのが最大の理由なんじゃないかしら。


「たまたま早く目が覚めたんでな。たまには早起きしようかと」


「10時を回ってるのに早起きですか・・・」


 薄めのコーヒーを入れたカップから口を離し、千夏ちゃんがぼそりとツッコミを入れる。


「顔洗うついでに髪くらい直してきたらどうなんだ?なかなか見苦しいぜ」


「うっせえ、弟の分際で」


「お前の弟じゃねえよ!ていうか、弟は関係ねえよ」


 リビングから姉に便乗したハル君が、理不尽な言い草に今日も今日とてツッコんでいた。


「うるせえ、スポーツゲームやレースゲームにしか適性のない分際で」


「音ゲーやアクションゲームも得意だわ!そしてやっぱり何の関係もねえよなぁ!?」


「だって、音ゲーはレックスやヒメに負けるし、アクションや格闘ゲームはミズナが上だろ?特にレックスには、グルコスで10連敗してたし」


「それはあの二人が群を抜いて上手いだけだろ!ていうか、ここの面子のゲームの強さは異常なんだよ!」


「そりゃそうだろ。ここにいるのはゲーム好きな奴ばかりなんだから」


「まあ、そうなんだけどよ」


「それはともかく、春輝、パン焼いてくれ。腹減った」


「あいよ、しょうがねえな---って、いやいやいや!なんで自然に俺に頼んでんだよ!こちとら絶賛、レースゲーのレコードアタック中なんですが!?」


「ファンバウは甘え」


「マッハデイジー派ですが!そしてそれは前作!」


「そりゃ悪かった。とりあえずトースト焼いてくれ。バターで喰うからチーズは乗せなくていいぞ」


「お前、俺の話聞いてた!?」


「そんな無駄なことに時間を使う気はない」


「リビングのソファでくたっとしてるのは時間の無駄じゃないんですかね!?」


「お前と話すよりは有意義だ、ふわぁ」


「ひっでえ扱い!」


 ソファのひじ掛けの部分に顎を持たせかけて、欠伸をするケイ君。寝ぼけているようにも見えるが、ハル君を的確にイジりたおしているところをみると、頭は働いているらしい。動く気力はなさそうなので、食パンをトースターへ放り込んでおく。


「やっぱり寝起きの蛍斗さんは可愛いですね。見ていて癒されます」


 カップを空にした千夏ちゃんが、愛玩動物でも見るかのような視線を向けていた。


「さしずめ、たれケイ君ね」


「普段とのギャップに乙女心をくすぐられます。はっ、これがギャップ萌えというやつですか」


「ねーちゃんに乙女心なんてあったのかよ」


「春輝ぃ~?今なんて言ったのかなぁ?」


「おお、怖い怖い」


「ほら、ケイ君、トースト焼けたわよ」


「うい、さんくすぎびんぐ」


 適当なことを言いながらダイニングテーブルにつくケイ君に、バターとバターナイフを持ってくる。


「ふ、よくできた奥方だぜ」


「誰が見目麗しくておしとやかな若奥様よ」


「そこまで言ってない」


 寝起きだけあって、ツッコミにいつものキレはない。それでも律義にツッコミを入れてくるあたりに可愛さを感じるのは私だけなのかしらね。


「舞さんも、クールに見えてなんだかんだ世話焼きですよね。将来いいお嫁さんになれると思いますよ?」


「そうね。この島に私と釣りあうような殿方がいればいいのだけれど」


「お前、どんだけ自分に自信があるんだよ」


 バターをたっぷり塗りながら、ケイ君が独り言のようにツッコミを漏らす。律義。


「それこそ、蛍斗さんとかどうなんです?」


「ケイ君は、手のかかる弟みたいな存在ね。恋愛対象としてみるには、もう一味足りないわね」


「なるほど」


「そういう千夏ちゃんはどうなのかしら?モモ君やレックス君はともかく、ケイ君なら恋人としてはありなんじゃないの?」


「うーん、どうでしょうね。恋人どうこうはともかく、結婚したら大変そうですよね」


「たしかにそうね」


「納得するな。そして、本人の前でそういう話をするな」


「あら、照れたのかしら?」


「うむ、照れた」


「あら意外に素直。いつもみたいに捨て台詞でも吐いて誤魔化すのかと」


「舞相手にそんなことしたら、余計にからかわれるだけだろう。そんなのはごめんだ」


「そう、残念」


「ふん」


 鼻を鳴らすと、二枚目のトーストをかじり始める。


 そのまま千夏ちゃんと雑談を交わしていると、階段を下りてくる音がした。ぺたぺたと素足でこちらへ歩いてくる音がして、扉が開かれる。


「おはようございます、ふぁ」


 ケイ君以上に眠たそうな蜜柑ちゃんが、欠伸を噛み殺しながらダイニングテーブルにつく。


 流石に女の子だけあって髪は直していたが、服装はカーディガンにスウェットの部屋着姿だった。


「バタートーストでいいかしら?」


「お任せしますれふ、ありがとうごらいまふぁ~」


 呂律が怪しい上に欠伸で語尾が崩れていた。


 それでも、元の見た目が可愛いおかげで、これはこれで小動物的な愛らしさがあった。


「うにゃ?蛍斗君が私より先に起きてご飯を食べ終えてるなんて、なんの奇跡ですか」


「お前も大概失礼な奴だな。たまには早起きくらいするわ」


「10時過ぎてたけどね」


「ほぇ、ホントに早起きだったんですね」


「お前ら二人の時間に対する認識はおかしいと、俺は思う」


 ハル君がこらえきれずにツッコんでいた。


「ギャルゲ中毒の百夜君よりマシだと思います」


「あれは論外だろう」


 蜜柑ちゃんとケイ君が、そう言い合って笑っていた。いや、一般的な感覚で言うと、貴方たち二人も褒められたものではないはずなんだけど。


「そういや、百夜のやつは熟睡してるとして、他の面子は?」


 ようやく眠気が消えたのか、ケイ君がいつもの口調で訊ねてくる。


「レックス君は自然区画に体を動かしに行ってるわ。ヒメちゃんは、自室でお出かけの準備中。中心街に買い物だって。ミズナは・・・」


「シルフィのところか。ったく、あいつも大概おせっかいだな」


 濁そうとした続きをあっさりと看破される。食事をしたためなのか、もう本調子のようね。


「ケイ君は気にならないの?」


「ビジネス相手に情なんて移しはしねえよ」


 口ではそういうけど、本心はどうなのかしらね?・・・などと訊こうものなら、機嫌を損ねそうなのでやめておく。代わりに訊ねるのは別のこと。


「今夜ケイ君はバイトだっけ?」


「ああ。いつも通りレックスと一緒にな。俺たちの分の夕飯は不要だ」


 この共用住宅では夕飯作りをローテーションで行っている。


 うちで夕飯が作れるのは、ケイ君、レックス君、千夏ちゃん、水菜、蜜柑ちゃん、そして私。


 月曜の夜はみんなでゲーム大会をする都合で、買ってきたものを適当につまみながら過ごすため、残り6つの曜日をそれぞれで分担している。で、残りの料理ができないメンバーは、共有スペースや庭の掃除を担当している。そして、今夜の夕食は私の担当。さて、今夜は何にしようかしらね。


 夕飯のメニューを考えていると、とたとたと廊下を走ってくる音が聞こえてきた。そちらを振り向く前に、ドアがバターンと開け放たれた。


「舞~。こっちは準備完了したよ!」


 ミニスカート姿で仁王立ちするのは、天海あまみ 緋明ひめい、通称ヒメちゃん。うちのメンバーの中では最年少。


 ミディアムな長さの萩色の髪が、動きに合わせてぴょこぴょこ揺れる。


 ・・・下げているポーチに描かれているのが、口から血を滴らせ、牙が強調された獰猛な猫の絵(多少デフォルメされているので、幸いグロテスクではない)でなければ、天真爛漫でいっそあざといとさえ言える可愛らしさという表現ができるのだけど・・・。


「そう、じゃあ私もここを片付けたら荷物を取ってくるわ」


「いえ、いいですよ舞さん。ここは私がやっておくので」


「あー、俺たちの分の食器は俺たちで片づけるから。な、蜜柑」


 千夏ちゃんがそう言ってくれる横で、ケイ君もそっけないながら気遣いの言葉を放る。


「そうしましょう。舞さん、気兼ねなく行ってきてください」


「ありがとう。ならお願いするわ」


 未だ目をこする蜜柑ちゃんにも後押しされて、私はヒメちゃんとリビングを後にした

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