第21話 そこから31日前の話~朝~
目が覚めた。今何時だろうかと考えて、部屋に時計がないことを思い出した。
次に頭に浮かんだのは朝食のことだった。ここには侍従はいないのだから、当然食事は自分で調達しなければならない。
昨日は初体験や辛い再会といった出来事が多すぎて、そんな当たり前のことに頭が回らなかったらしい。
自分のひどく子供じみた有様を恥じながら、頭をよぎるのはそれでも余計なこと。
夢の世界で、ケイトが夕食の為に町で大立ち回りをしたらしいこと。生徒会に引っ立てられてきた時は内心、行き当たりばったりな上に、幼稚というか原始的というか、ともかく馬鹿な人間だと思った。
しかし、今の現状を俯瞰してみれば私も大して変わらないじゃない。
顔にわずかの熱さを感じ、衝動的に洗面台へと向かおうとして、またも思い出した。
この部屋に洗面台はない。・・・私はどこで顔を洗えばいいのかしら?
部屋を見回すも、水が出そうな場所はキッチンのシンクとトイレのみ。
日本のアパートはどこもこんな欠陥構造なのかしら、信じられない。・・・これが、カルチャーショックなのね。
ともかく、消去法でキッチンのシンクで顔を洗う。ついでに持ってきた荷物の中から歯ブラシや櫛、手鏡などを取り出して身繕いを済ませる。続いてお気に入りの香水を取り出そうとして、ふとあることを思い出し、机の上の腕時計を手に取る。昨日こちらに来るときにつけていた物だ。時刻は、この島についたときに日本の標準時刻に合わせてあるので問題ない。はじめからこれを見ればよかった。
現在、10時25分。向こうにいた頃は8時起床だったので、それに比べればかなり寝過ごしている。
まあ、ちっとも問題はないのだけど。
部屋着を外行きの服に着替え、腕時計を左手首に巻き付け、財布と小物を詰めたバッグを肩へと掛ける。
今日の目的は、島の散策。差し当たってまずするべきは、朝食の確保。
この島には、ベーカリーなどはあるのかしら?などと考えながら建物を出ると、見知った姿が正面に見えた。
ミズナが植木に背を預けて本を読んでいた。すぐに私の視線に気づいて、こちらに顔を向け手を振ってきた。
「よう。意外とお寝坊さんだな。おかげで、持ってきた漫画、ほとんど読んでしまったぜ」
そう言って、彼女はニッと笑った。読んでいたのは本ではなく漫画だったらしい
「昨日欧州から来たばかりなのよ?時差とかで寝過ごしただけ。本来はもっと早起きよ」
咄嗟に嘘をついてしまった。でも、事実をそのまま言って揶揄われるよりよほどマシよ。
「そりゃそうか」
ミズナはあっさりと納得してくれた。・・・というか、どうしてさっき起きたばかりってわかったのかしら。
まあ、今はそんなことよりも
「どうしてここにいるの?」
「昨日、ケイトがさっさと帰ってしまって、あたしもそれを慌てて追っていっただろ?ろくに話もできなかったなと思って」
「ミズナは、その、怒ってないの?」
恐る恐る訊いてみた。
「正直、今でもシルフィがここにいるのは反対だ。でも、今更どうしようもないだろ?だからせめて、ここの生活に慣れるまで、当面の面倒くらいは見てやろうかと思ってさ。友人として」
温かい言葉に、少し泣きそうになった。
「ケイトは?」
「来てないよ。誘いはしたんだが、わざわざ面倒事を増やす趣味はないってさ」
「らしい言い様ね」
残念ではあったが、予想通りでもあった。
「それで、今日はどうするんだ、お嬢さん?差支えなければお供するが」
そう、芝居がかった口調と仕草でおどけて見せるミズナに、躊躇は完全に消え去った。
「今日はこの島を見て回ろうと思って。あと、日用品とかのお買い物をしたいんだけど。・・・あ、それと」
「おう、遠慮はいらねえぜ。今日は暇だからガンガン付き合ってやる」
「その・・・朝ごはんがまだなのよ」
そう付け加えると、ミズナに声を上げて笑われた。
「この島は、5つの区画に分かれているんだ」
10分後、私たちは住宅街のはずれの乗り場から、無人タクシーという乗り物に乗っていた。
「地図にもあったと思うが、北東の研究発電区画、北西の住居区画、南西の自然区画、南東の港湾区画、そして今向かっている、島中央の商業区画・・・通称中心街だな。研究発電区画も、略して研究区画と呼ばれることの方が多い」
そして、私はミズナから島についてのレクチャーを受けていた。
「どういう区画かは字面を見ればわかるんじゃないかな。日本語はできるんだろ?」
「ええ、語学のなかでも日本語は得意だったから」
専属の教師に教え込まれたおかげで、私は母国語以外に三か国語を話せる。最も得意なのは英語で、次が日本語だったりする。これは、日本が友好国だったため、学習に割かれた時間が大きいことが理由。日本にはあまり英語が普及していないから、特に学んでおくようにと教師に言われた覚えもある。
「で、島を一周するように、この無人タクシー用の道路が敷かれている。こいつを使えば、それぞれの区画にはすぐ行けるぜ」
乗り場でミズナに聞いた話によると、この島に自家用車はないらしい。
この無人タクシーというのがその代わりをしていて、全ての車両が交通管制システムで管理、制御されているらしい。
乗り場でIDカードをかざすだけで、そこに待機している車両をすぐに利用できる。利用者が集中するなどして待機車両がない場合は、近くの配車場から5分以内に予備の車両が到着する。
これは、昨今の自家用車増加による、渋滞と騒音、交通事故、さらに排気ガスによる環境破壊などへの対策として日本政府が考えている施策の一つで、この島で実験をしているのだとか。
車両は全て電気自動車で、充電は太陽光発電システムのある配車場で行っている。管制システムの下、配車場の予備とローテーションで稼働している、と・・・聞いている限りは、時代の最先端という感想だ。
「で、北東と南西、それに北西と南東とつなぐ直線の道路が走っていて、これらを使えば中心街にもいける。島の輪郭をなぞる様に、道路が円のように通っていて、さらにその内側にバツの字に道路がもう二本走っているといえばイメージしやすいかな」
「ええ、理解できたわ。で、現在私たちは北西と南東を繋ぐ直線の道路を走っているわけね」
「とりあえず、中心街で朝飯食わないとだろ?」
「そうね。できればベーカリーみたいなパンがメインのお店があるとうれしいのだけど」
「なら、あたし一押しの喫茶店に寄ってみるか。コーヒーはもちろん、焼き立てのパンやサンドイッチが売りの店なんだ」
「そこにするわ、楽しみにしてる」
そう答えて、私は窓の外を流れていく景色を楽しむことにした。
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