第17話 存在意義のないエピローグ

「・・・で、これはなんでしょうか?」


渡した報告書を読了した成見さんが、最初に発した言葉がこれだった。


「何と言われても、先日のシルフィ=フロワース嬢救出の報告書ですが」


そんな反応は予想の内なため、俺は平然と答える。しかし、それが気に障ったらしく、成見さんがヒートアップしてまくしたてる。


「これのどこが報告書ですか!」


「ちゃんと、ターゲット発見から夢の終演までの流れをわかりやすく書き上げたつもりですが?」


「問題はそこではありません!」


だろうよ。次の台詞も想像はつく。報告書の定義あたりの説明だろう。


「本来、報告書というのは、第三者視点で簡潔かつ詳細に報告する事柄とその要点について記載し・・・」


簡潔かつ詳細にって、矛盾してるように感じるのは俺だけだろうか?そんな疑問をよそに、成見さんの説教は続く。


「・・・つまり、このような主観的な書き方はあり得ません。ましてや、当事者の心情を交えたり、視点を様々な人物に移すという試みは不要どころか蛇足です!」


余計なことを考えていたせいで途中を聞き逃した(というか聞き流した)が、話の内容は嫌でもわかった。というか、そう言われるであろうことは予想の範疇だ。


「すいません。最近、趣味で小説を書いているので、気がついたらこんな文章に」


ちなみに、大嘘である。


「前回まではまともな報告書を上げてきてくれていたのに、いきなりここまで変わるというのは理解しかねます」


「時として現実には、不可思議なことが起きるものですよ?UFOにUMA、俺の報告書もまたしかり」


というか、報告書の大半は舞の奴が書いてくれてたしな。


「しかりではありません!そして、自分のやったことなのに、第三者のような言い様はどうかと思いますが!」


「激流に身を任せてどうかしているので」


「真面目に答えなさい!」


「真面目に不真面目がポリシーなので」


「あなたは・・・!!」


成見さんが右手で髪の毛をかき乱している。せっかくのストレートロングが台無しだ。


やがて、その手を止めて眼鏡を外して掛け直すと(ちなみに、これは彼女が自分を落ち着かせる時の癖・・・というか儀式である)、深呼吸を一つして再び口を開く。


「私としては書き直しを要求せざるを得ません」


「ノーと言ったら?」


「報告書が受理されなければ、依頼完了の手続きができません。よって、報酬を渡すこともできませんが、それでもよろしい?」


「ああ、それは大問題だ」


他人事のように言いながら、俺は小型のリュックからもう一つの原稿を取りだす。


「じゃあ、こっちの報告書で手続きを頼むわ」


「?」


疑問符を浮かべながらも、目を通し始める成見さん。ただし、今回は先程と違い、読みこむのではなく流すようにぺらぺらと捲っていく。最後のページに至るのに、半分以下の時間で済んだ。


「・・・」


「何か問題でも?」


馬鹿にするような微笑を意識して作って言う。案の定、彼女は再びヒートアップした


「ありませんよ!最初からこちらを提出してください!なんで、最初のを読ませたのですか!」


「堅い文章ばかり読んでるから、たまには新鮮味を与えてあげようかという気遣いさ」


「余計なお世話です!」


「せっかく、出だしからハードボイルドっぽい文章でキメてみたのに」


「むしろ、痛々しい印象しか受けませんでしたが!?」


「あらそう、残念。ザッピングっぽいのも交えて、新機軸の報告書を目指したんだが」


「基軸どうこう以前に、報告書として落第です!」


「わかってないなぁ。異端といえる試みが、後に評価されることは多いんだぜ?絵画なんて特にそうだ」


「報告書に芸術性や革新などは不要です!」


「これだから、懐古厨や保守派ってのは頭の固い・・・」


「そういう問題ではありません!」


そろそろからかうのにも飽きてきたので、ちゃっちゃと話を締めることにする。


「ま、ともかく手続きのほうよろしくな」


「くっ」


悔しそうな吐息を無視し、立ち上がってその場を去ろうとする。


「氷月君。ファーストワンだからといって、そのような傲慢な振る舞いをしていいと思っていると、いつか痛い目を見ますよ?」


そんな俺の背中にそんな声が飛んできた。無視してもよかったが、一瞬立ち止まって考えてから律義に返事を返してやった。


「痛い目なら、夢の中で散々見ているさ。成見さんも一度体験してみるといい、腕を切り落とされたり、足の指が焼け落ちたりする時のあの苦痛をさ」


「・・・」


返答がないのを確認して、俺はねぐらに戻るべく、足を動かし始めた。

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