第16話 一つの夢物語の終演
唐突に始まった二人の追いかけっこ。
その様子を呆れ半分、安堵と羨望の混じったような奇妙な気持ち半分で眺めていると、後ろから肩をつつかれた。
振り返ると、ヴェルタとレンシアが寂しさを交えた微笑でこちらを見ていた。
「どうやら、お別れらしいな会長」
「会えなくなるのは寂しいですが、この世界で生き続けるよりはずっといいはずよ」
本来の
「ええ。色々とありがとう。本当は、生徒会皆に・・・いいえ、生徒皆に挨拶をしたかったのだけれど・・・」
「気に病むことはないさ。どうせあたしたちは消え行く存在だ」
「義理や責任なんて感じる必要はありません。ただ、できれば・・・」
そこで、レンシアが一旦言葉を切り、俯く。一瞬の躊躇いを経て彼女の最後の願いが紡がれる。
「私たちのこと、どうか忘れないでくださいね」
ゆっくりと、二人の輪郭が薄れていく。
「あたしたちは、本来存在しえないもの。あなたの心の願望が作り出した世界の付属物にすぎない。それでも、こんなささやかな付属物でも・・・シルフィが覚えていてくれれば、みんなはのシルフィの心の中で存在し続けることができる。この世界が消えても、あたしたちは貴方の中で生きていられる」
別れの時が来たのだと、理解する。
「そうすれば、少しは私たちはこの世界に生まれてきた意味を得ることができると思うの」
二人の存在が、足元から徐々に白の粒子となって霧散していく。
涙が込み上げるのを感じる。私にとって彼女たちは、この作られた世界の歯車、あるいは部品の一つ。
劇の台本をなぞるだけの予定調和の人形。ケイト達から真実を聞いたときから、そう思っていた。いえ、そう思っていると思っていたわ。彼女たちとの会話やふれあいは楽しかったが、それでも事実を知った以上、心を許すことは一切なく、純粋に楽しむことはできなかった。ミズナがいつか言った、覚めてしまったら、冷めてしまうのは仕方ないという言葉遊びの一言にはとても共感できたっけ。
「わかった、忘れない。ここであったこと、皆に会ったこと、共に過ごしたこと、向こうに戻っても、この思い出は大切にするって誓うわ」
でも、脚本がなくなって、自らの意思と考えで話している彼女たちは、そんな人形のイメージが払拭されるほどに人間らしかった。そして、彼女たちへの印象が変わると共に、一緒に過ごした灰色をした偽りの日々が、急に色を伴って、胸の中を駆け巡った。もしかしたら、走馬灯というのはこういうものなのかもしれないわね。本来、走馬灯を見るのは彼女たちの方なのだけど。
「ありがとう」
「向こうでもしっかりな」
最後にそう言った二人の笑顔は、どこまでも澄んでいて綺麗だった。
私も、余計なものを削ぎ落として、ただ一言を笑顔を添えて返す。
「こちらこそ、ありがとう!」
言い終えると同時に二人の笑顔は、白の粒子となって景色へと溶けていった。
「万感の思いを込めた笑顔だったな。汽笛でも鳴らしてやろうか?」
「スリーナインのネタなんて、シルフィにわかるわけねえよ。それに、ありがちな別れのワンシーンだったしぐふっ!?っつぅ、いてえ」
声のした方に目を向けると、ミズナがケイトの襟首をつかみ、引きずりながら歩み寄ってきていた。
それだけでなく、時々後ろ足でキックも入れていた。
「ベタだったとはいえ、別れは済ませたらしいな」
ケイトが顔をしかめながらも、首だけ振り返ってそう言った。
ところどころに痣や擦り傷が見える。ミズナにこっぴどくやられたらしい。先程までの雰囲気とのギャップに、思わず笑みをこぼしてしまったわよ。
「笑うなよ、結構痛えんだぞ、これでも」
「五体満足なだけありがたいだろう?なんならアンコールを受けようか?あたしも望まれるならやぶさかではないが」
「へいへい、悪ぅございましたねっと」
二人の会話に、くすくすと笑う。
「ケイト、ミズナ、あなたたちにも感謝してる。危険を承知の上で助けに来てくれてありがとう」
「どういたしまして」
「礼の言葉なんざいらないさ。なんせ、こちとら仕事で来ただけだ。ちゃんと親から依頼料をいただくからな。ギブアンドテイクさ」
素直なミズナと、まったく素直じゃないケイト。正反対の反応をする二人に、三度笑ってしまう。ケイトの台詞が、結局ミズナが予想したものと同じ内容だったので、尚更に。
「それでも、ありがとう」
「そんなことより、この世界でお前がしたかったこと、お前が現実で求めたモノは分かったのかよ?」
視線を外しながら、ケイトがぞんざいに問いを放ってくる。照れ隠しのつもりなんだろうけど、バレバレね。
「ええ、多分ね」
そう、きっとそれは・・・
「多分、か・・・。ま、次はそれを現実で手に入れられるように努力することだな」
「ろくでなしが、偉そうによく言うぜ」
ミズナがケイトの耳を引っ張っている。
「んじゃ、あたしたちもこれでお別れだな」
景色はほとんどがなくなり、私たちの周囲以外は白で埋め尽くされていた。この世界の消滅も近いらしい。
「向こうでも会えるのよね?」
二人とは現実世界で、もう一度話したかった。いえ、もう一度と言わず、もっといろんなことを話したかった。
「そりゃ無理だ」
そんな私の願いは、その短い一言で却下された。
「俺たちはすぐに目覚めるが、お前が目を覚ますのは、過去の例からしても、もう少し後になるだろう。そして、俺たちはそれまで待っている気はない」
「悪いな。依頼を果たしたのに、そのまま居座るっていうわけにはいかないんだ。すっきりさっぱり、ここでお別れにしよう」
いよいよ、足元までもが白に染まっていく。足の接地感がゆっくりとなくなり、宙に立っているという表現がしっくりくる、不可思議な感覚に陥ると同時に視界が霞んでいく。
「じゃあな、元気でいろよ」
「出番を終えた役者は、舞台の袖に消えるとしよう」
それが、最後にその世界で聞こえた声だった。
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