第15話 ネタばらし

黒竜の巨体が、ミズナのアッパーカットで宙に浮いていた。


さらに、宙へと跳び上がったミズナの追撃。右の手刀が黒竜の片翼を切り落とす。


ミズナに続き、黒竜も背から墜落する。その腹へと跳び乗り、まるでマウントポジションを取っているかのように、馬乗りの姿勢から腹部へと猛烈な速度で拳を叩きこんでいる。


一撃毎に、体表の鱗が砕け散っていく。そして、露わになるのは対照的な白い表皮。


焦点をその部分に定め、容赦なく連撃を見舞っていく。


黒竜は起き上がろうとする気配も見せず、ただただ衝撃に体を震わせている。


いや、よく見ると、口の部分から血が一筋零れ落ちている。目も、先程までが嘘のように、虚ろで、白く濁っている。


と、ついに拳が内蔵へと到達したらしい。殴打の音が変わり、ミズナの拳が血で赤く染まる。


『今だ、止めを刺せシルフィ!』


遠話の魔法で声が送られてくる。それと同時に、私の側へと集まってきたのは、生徒会のヴェルタとレンシアだった。


「他の生徒会メンバーは?」


察しはついていたが、一応確認してみる。回答は言葉ではなく、左右に振られる首の動きだった。


「・・・そう」


一言だけ呟き、三秒だけ心の中で彼女たちの死を悼む為に使う。


「・・・さて、犠牲になったみんなの無念を晴らすためにも、トドメは私たちで刺すわよ!」


無言で頷く二人を連れ、ミズナの下へと急降下する。


「ミズナ!離れて!!」


「!」


一心不乱に拳を振るっていたミズナが、我に返ったような表情でこちらを一瞥し、すぐさま黒竜から跳び下りて走り、距離をとる。その間に、ヴェルタ、レンシアと手を繋ぎ、彼女らの残った魔力をありったけ自分の手へと移す。両手を合わせ、自身の魔力も込めたそのエネルギーの塊を、球へと成形する。


黒竜はピクリとも動かない。その腹部、ミズナが鱗を砕き、深部まで広げた傷口へ向けて、エネルギー球を投げ込む。予想通り、魔法抵抗があったのは鱗のみだったようで、球は消えることなく体内へとめり込んでいく。


奥まで届いた頃合いを見計らって、右手を握りこむ。


黒竜の全身が、内側から爆砕された。


同時に、この小さな世界全体に波紋が広がった感覚があった。











「大丈夫か?」


三人で支え合うようにして、よろよろと地面に降りてきたシルフィに近寄り、声をかける。


「なんとか。とはいえ、こんなに体が重いのは初めての経験よ」


「魔力をギリギリまで使ったものね」


「流石にこれ以上は勘弁だわ」


三人が肩で息をしながら返す。全身から疲労感が滲んでいるが、表情だけは、達成感に満ちていた。


「ミズナ。あの・・・ね?ケイトのこと----」


「謝罪も感謝もいらねえよ。きっと、逝っちまったあいつもそんなものは望んでいないさ」


続きを遮るように、声を上げる。


「きっと、『依頼を果たしただけだ。報酬の金をもらえればそれでいい。気にするな』なんて言うだろうぜ」


改めて、あたし達のリーダー、そしてあたしにとっての幼馴染を想う。こみ上げそうになる涙を、身体強化すら利用し、堪える。


「いえ、そうじゃなくて・・・」


「責任か?それも感じなくていい。確かに夢魔に付け込まれたのはお前の心の弱さ、内にあった願望のせいだが、そんなもんは誰だって持ってるものだからさ。どうしてもっていうなら、目が覚めた後、ここでの体験を次のステップに生かしてくれ。あいつだって、そう、思ってるはずさ。口には出さない、だろう、けどさ」


「・・・」


いよいよ涙を堪えきれない。嗚咽も溢れそうだ。それでも、表情だけは意識して笑みを作る。暗い顔で別れを言いたくはなかった。目を遠くへやれば、夢魔がいなくなり、維持できなくなった世界が外側からゆっくりと霧散していく。白い靄に景色が飲みこまれ、やがて見えなくなる様のように、うっすらと消えていく。


「えっと、ミズナ・・・?」


「カッコ悪いだろうけど、今だけは、許してくれよな」


ボロボロになった袖で、涙を拭う。


(ちなみに、血まみれだった手は、側にあった水場で洗い落としてある)


「ミズナ?その、言いにくいんだけ---」


「泣くのは勝手だが、人の心を勝手に想像して代弁するな」


「・・・え?」


背後から唐突に聞きなれた声が響く。


思わず振り向いた先、滲む視界の中に移ったそいつは


「蛍斗・・・?」


「おう、生憎と生きてるぜ。体内の水分と塩分の無駄な垂れ流しもほどほどにしとけよ?」


全くいつも通り、どこか小馬鹿にしたような笑いを浮かべていた。


「なん・・・で・・・?」


「お前を焚き付けるために、シルフィと協力して一芝居打ったのさ。なんせ俺は、アクターだからな」


「・・・」


話についていけず、フリーズするあたしに構わず、蛍斗は話し続ける。


「お前の能力、仮名”気力”は、感情の高ぶりに比例して、身体能力がブーストされる。その感情の高ぶりを作り出す為に、あらかじめ耐火の魔法をヴェルタにかけてもらっておいて、奴のブレスにわざと包まれる。あとは、炎がブラインド代わりになったタイミングで、レンシアに死角へと転移させてもらう。これで、消し炭になったフリの完成ってわけだ。」


引け目を感じている様子もなく、しれっと言ってのける。


「いやぁ、シルフィもナイス演技だった。ここを夢だと自覚していたのも合わせて、アクトレスの素質、あるかもしれないぜ?」


視線をシルフィの方へ戻す。こちらは、申し訳なさそうな表情をしていた。おそらく、先程から言おうとしていたのはこれだったのだろう。ようやく、事態を飲み込めたと共に、涙に変わって怒りが溢れてくる。


「て、てめぇ!人の心を弄びやがって、ぜってー許さねえからなぁ!!」


もう一度振り返り、一歩蛍斗の方へ踏み出す。


「落ち着け!?その感情のまま俺を殴ってみろ!?今度こそ本当に存在が消し飛ぶぞ!?」


重心を後ろへとずらしながら、蛍斗が喚く。


「手加減はしてやるから、安心しろ・・・っ!」


「不安しかねぇ!さらばだっ!」


いっそ潔さすら感じる、回れ右からの全力ダッシュ。


「待ちやがれ!」


あたしも間髪おかず、その背を追う。


白に塗りつぶされていく、幻想的な世界の中心で、鬼ごっこが始まった。

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