第10話 リセットボタン
・・・目が覚めた。
靄のかかったような意識のまま、体を起こす。
カーテンを開き、朝日を浴びて大きく伸びをする。それだけで、意識の靄はだいぶ晴れた。朝には強いほうだと自負していたりする。
パジャマを脱ぎ捨て、魔法で殺菌などを済ませる。
クローゼットを手で開き、それらをハンガーへ手で掛ける。さすがに、パジャマをハンガーヘ掛けるような細かい魔法の制御はまだできないし。それに、何でも魔法に頼っていたら、体が鈍るに違いない。
制服へと着替え、朝食のクロワッサンをついばむ。
同時に、頭では今日の自分の予定を整理する。
生徒会に特に仕事はない。個人的な用事もなかったはずだ。他に学校でのイベントは・・・そういえば、初めて男子で魔法適性を持った人が編入してくるんだったわね。
(あれ・・・?)
何かが心の片隅で引っかかった・・・気がした。
そんな違和感は、朝食後のコーヒーを飲み終えたころには消えていた。
「そういえば、例の編入生君、なかなかポイント高かったよ。背は175cmくらいで、すらっとした体格でね」
昼食をクラスメイトととっている最中の事、その言葉で不意に朝の違和感が再び蘇った。
「へぇ、もうお近づきになったんだ。顔はどうなの?イケてる?」
「授業中にそれらしい人が窓から見えただけだよ。顔は、目つきが鋭い事以外は、悪くなかったかも」
「私、会ったら声かけてみようかしら」
「あたしも、一度話してみたいなぁ」
周りがはしゃいでいる中、私はそんな人を最近どこかで見かけた気がしていた。
「ねぇ、シルフィは生徒会長なんだし、会ったりとかしないの?」
「もし会う機会があったら、私たちにもお話させてくれないかな?」
不意に話を振られた上、周囲の視線が集まったせいで、あたしの記憶の精査は中断された。
「今のところ、会う予定はないわね。もし機会があったら考えといてあげるわ」
「考えとくだけじゃなくて、実行してよね」
「はいはい、できたらね」
押しの強いクラスメイトを宥めつつ、その人にあってみたいという欲求が、自分の中で強くなったのを自覚した。
チャンスは存外に早く訪れた。
放課後、生徒会室に行くと、中から話し声が聞こえてきた。それだけなら特に不思議はない。
特に仕事のない日でも、生徒会室へ訪れる役員は多い。
疑問を覚えたのは、話し声の一つが男声に聞こえたことだった。
まさかと思いながら、ドアに手をかけ、ゆっくりと開く。
こちらに気付いて、手を振るヴェルタと一礼するレンシア。そして・・・
「お邪魔してるよ。察するに、君も役員かな?」
「彼女が生徒会長のシルフィです。」
「そうか、失礼した。編入生の氷月蛍斗だ、よろしく頼む」
その顔を見た途端、今までの記憶の洪水と、意識を失う前の光景のフラッシュバックが私を襲った。
「い・・・」
それらを余すことなく思いだした後、真っ先に浮かんだ感情は怒りだった。
「今更、自己紹介なんてされなくても知ってるわよ!それよりも!!」
私はケイトへと詰め寄り、
「よくも私を殺してくれたわね!」
ありったけ怒りをぶちまけた。
そんな私を見て、ヴェルタとレンシアはただただ唖然としていた。
「えっと、何を言ってるのか・・・?」
当のケイトは、明らかに作ったとわかる困り顔で、人差し指でこめかみをつつく仕草をしている。
「いきなりどうした、シルフィ。前からの知り合いか?」
「ともかく落ち着いてください。そもそも、殺したといってますが、あなたは現に今そうして生きています。」
・・・ああ、そうか。ようやく状況が理解できた。私が一度死んだことで、夢の中の世界がリセットされたのね。それで、ケイトは自身の正体が露見しないように演技をして見せたと。わざわざ、私にはそうと分かるようなあざとさで。
仕方ないわね。今すぐ問い詰めたいのは山々だけど、今は合わせてあげるわ。
「・・・ええ、昔からの知り合いよ。」
「殺したと云々というのは?」
レンシアが一番痛いところを訊いてくる。
・・・さて、困ったわねどうやって誤魔化そうかしら。
頭でいくつかのパターンをシミュレーションしていると、ケイトが口を開いていた。
「シルフィがこっちに入学する前に、一番最後にやったテレビゲームの話だよ。シルフィの奴、ずっと悔しがってたからな」
「そ、そうね」
とっさに相槌を打つ。ちなみに、私はビデオゲームなんてやったことすらないんだけど。存在くらいは知っているという程度ね。
「でも、さっき初対面のように自己紹介していなかった?」
「俺を忘れていないか確かめるためにからかっただけだよ」
「なるほどね」
とりあえず納得してくれたらしい。しかしケイトの奴、誤魔化すのは上手いわね。というか、慣れているといった方が近いかしら。さすがに、
「そうだ、シルフィ。俺の部屋まで案内してくれよ。この学園、広いからさぁ。案内資料を見てもさっぱりわからんのだわ」
白々しい。本当はよく知っているくせに。
「しょうがないわね、連れてってあげるわよ」
「じゃ、今日は先に失礼するよ。また今度話を聞かせてくれ」
「ん、いいぜ」
「また今度」
ケイトが極めて自然に二人へ別れを告げ、背を向ける。
そのまま、私が先導する格好で彼の部屋へと向かう。通り過ぎる生徒からは例外なく注目されている。
そりゃ、唯一の男子魔法使いという設定なんだし、気になるわよね。
振り向くと、ケイトはそれらの視線にはにかんだ表情を返していた。
これも演技なのだろう。・・・しかし、こうしているとなかなかの好青年よね。中身はあんなのだってのに。
10分程で、ケイトの部屋の前に到着。部屋の入り口には、ミズナが待っていた。
「話は中でしよう。聞かれる心配も少なくなる」
私が声を上げる前に、ケイトがそう言ってドアを開けた。鍵は既に、教職員室でもらってきていたらしい。
少し不愉快さを覚えながらも、ケイトの後へと続く。ミズナが最後に入り、ドアの鍵を閉める。
ケイトは備え付けの椅子に座り、ミズナはベッドへ腰かける。他に座れそうな場所もないし、私もミズナの隣へ座る。
(一人部屋なので、椅子は一脚しかない)
「さて、まずはシルフィに謝罪をしておこうか。緊急事態だったとはいえ、すまなかった」
全員が座り終えるや否や、またしても私が口を開く前に、ケイトが開口一番そう言った。
「あたしからも、ごめんな。一気に勝負をつけようと焦っちまって、相手を見てなかった。」
二人から先に謝罪を受けて、頭が少し冷えた。そう、あそこで私が死んでいなければ、きっとミズナが死んでいた。しかも、私とは違って、本当に死ぬのよね。そう思うと、今更ながら鳥肌が立った。
「お前の悪い癖だな。勢いに乗って、そのまま突っ走って視野が狭くなるのは問題だ」
「けどよ、お前もあんな手があるのは予想してなかっただろ?」
「それは認める。勝手に御伽噺にあるような、火吹き爪を振りかざすドラゴンと思いこんでたからな。あらためて、先入観の怖さを知ったってところだ」
「なら」
「それと、自分のミスを正当化するのは違うけどな」
ミズナが弁解らしきものを続けようとしたのを一喝するように、ケイトが言葉を被せた。
ミズナは口を尖らせながらも、その言葉にさらに反論したりはしなかった。
「さて、過去の反省はここまで。問題はこれからの未来だ」
「あのドラゴンを打倒しなきゃいけないのよね・・・」
もう一度あんなのを相手に戦って、しかも勝たないといけない。正直、気が重かった。
そして、続くケイトの言葉はそんな私に追い打ちをかけた。
「しかも
「・・・へ?」
思わず気の抜けた声が出た。ケイトはこちらを一瞥しただけで、続きを語る。
「正確には、この世界で言うところの魔力が、奴さんには効かない。体表に触れた、魔力で生成された鎖や飛び道具は、全て即座に霧散していた。魔力を弾くような効果があの体表なり鱗なりにはあるんだろうな」
それはつまり、私たちの攻撃はあいつには効かないということだ。となると、実質あいつにダメージを与えられるのは水菜しかいないということになる。少なくともこの夢の世界の中では、確かにミズナはエースに違いない。
「それを踏まえた上で、作戦を練りなおす。とりあえず、前回と同じく生徒から義勇兵を募るのは変わらない」
魔法での攻撃は効かないのに、義勇兵は募る。だとしたら目的は・・・
「・・・つまり、みんなでミズナのバックアップをするってこと?治療や陽動、あるいは身体強化とかで」
「それもある。ミズナはあのドラゴンに致命打を与えられるフィニッシャーだ。ミズナに耐電、耐火の術式を常にかけておければ、リスクが減るし動きやすくなるだろう」
それもあると彼は言った。つまり、他にも腹案があるのだろう。
「今回のメインプランは、サポートを受けたミズナによるガチンコの真っ向勝負だ。とはいえ、サブプランもいくつか用意してある」
そのうちの一つは情報次第だけどなと付け加え、ケイトはニヤリと笑みを浮かべた。
配合成分のうち、およそ半分は再戦へ燃える闘志から来る笑み。そして残りは、悪だくみをする子供のような、人の悪い笑みだった。
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