第9話 燃え盛る街と闘志

 水菜と別れてから5分が経過。水飲み場で喉を潤して小休止した後、教師陣の様子を見るために、先ほど戦闘が行われていた街区へと向かう。相変わらず、地上からは様々な攻撃が放たれていたが、数が五分前より減っているように感じた。魔力が切れたのか、逆に大掛かりな魔法の準備をしているのか、あるいは黒竜にやられたか。


 丁度、教会の鐘楼があったので、高所から具現化した双眼鏡で戦闘を観察する。


 周辺一帯が、赤々と燃える炎に彩られ、焦熱の地獄とでも言いたくなるような惨状と化している。


 どうやら、黒竜は接近戦に切り替えたらしく、尻尾と手の爪で民家ごと教師を攻撃している。


 横薙ぎの尾の一撃を食らい、人影が一つ吹き飛ぶ。残った人影は、分散しつつ攻撃魔法を放ち続けている。


 しかし、それらは黒竜に傷一つつけていない。拘束しようとしたのか、黒竜の腕へと伸びた光の鎖は、巻き付くと同時に弾けて消滅した。


 続く、頭部を狙った氷柱の弾丸は、体表に触れると同時に先端から砕け散った。


 そんな光景を見て、一つの仮説が頭に浮かんだが、今はそれを頭の隅に追いやって、傍らにいるシルフィに声をかける。


「俺とシルフィで奴の気を惹く。一撃カマした後は、水菜が仕掛けるまであらゆる手をつかって粘れ」


「わ、わかったわ」


 わずかに震えながらも、覚悟を決めた顔でシルフィが頷いた。


「・・・いくぞ」


 黒竜の背後、三階建ての民家の屋根に陣取る。


「マジックアロー!」


 シルフィがそう発声すると同時に、魔力の矢が複数黒竜に直撃する。


 やはり傷を負った様子のない黒竜が、振り返ってこちらを視認する。


 気のせいか、黒竜が笑った気がした。


 次の瞬間には、俺たちは先ほどと同じように、民家を盾にしつつ路地を駆ける。


 しかし、向こうも学習したのか、火球ではなくブレスでの攻撃を行ってきた。


 俺たちの機動力では、広範囲に広がるあのブレスを避け切るのは無理だ。


「こっちだ!」


 あらかじめ、上から確認しておいた、いくつかの石造りの民家の一つへと飛び込む。


 幸いと中には誰もいなかった。すでに避難したのだろう。


 そんなことを考えている間に、炎が外を埋め尽くす。


 窓ガラスが砕け散り、木製のドアは一秒も経たずに燃え尽きた。


「フィールド展開!」


 シルフィが、俺たちの周りではなく、ドアや窓のあった場所へ耐熱と防火のシールドを張り巡らせ、炎が中へと侵入するのを阻止する。ふと顔を見ると、シルフィは口を引き結び、手を翳しながらじっと炎を睨み付けていた。表情から必死さと極限まで高まった集中力が伝わってくる。


 その状態が三分ほど続くと、炎が止んだ。同時に、空気の振動を感じた。


「シルフィ!家から離れろ!!」


 勘を信じて、窓から外へと跳びだし、全力疾走で先ほどいた民家から離れる。


 後ろに、シルフィもついてきている気配を感じる。そして、俺たちが離脱した五秒後には、民家は黒竜に踏み潰されていた。


「ちっ、えげつないパワーだな。石造りの家を急降下の勢いだけで踏み砕きやがった」


 シルフィの奴、とんでもないラスボスを想像・・・いや、創造したもんだ。


 しかも、俺の推測が正しければ、シルフィではあの黒竜にはまず勝てない。本来の転校生ならあれに勝てるよう、能力や身体能力が設計されていたかもしれないが、それに俺が割り込んでしまったせいで、結果的に元のストーリーでの切り札が消滅してしまっている。


「それでも、やるだけだがな!」


 あえて心情を声に出し、自分自身に発破をかける。


 同時に右手に槍を具現化、陸上競技の要領で黒竜めがけて投げつける。


 槍は、体表へ届く前に手で払い落される。やはり、俺に具現化できる程度の武器では、威力が全く足りない。


 お返しとばかりに、尾が振り下ろされる。大きさのためか、幸いと動作は鈍い。これなら何とかかわせるか。今夜何度目かの全速力で助走をつけ、全身のバネをフルに使うイメージで跳躍、身を投げ出すようにそのまま伏せて頭部をかばう。


 後方で破砕音が鳴り、地面から振動が伝わる。


 破片などが飛んでこないのを確認し、素早く身を起こして敵へと目を向ける。


 黒竜が、振り下ろした尾を引き戻しつつ、翼を一打ちする。発生した風圧は、俺を地面から浮かせるには充分すぎる威力だった。


 背中から、レストランらしき建物の外壁に叩き付けられ、一瞬意識がかすむ。


「蛍斗!?」


 離れた場所からシルフィの叫びが聞こえた。軋む体に活を入れ、どうにか立ち上がる。幸いと、打撲以上の外傷はなさそうだ。


 黒竜の方へ眼をやると、シルフィがこちらから気を逸らすために、紫電を黒竜へと放っていた。


 お望みどおりに、と言わんばかりに黒竜もそちらへと向き直り、右腕の爪をシルフィへと振り下ろした。


 これを、浮遊魔法による移動で間一髪かわし、今度は指先から光弾を連射する。


 それらは体表にはじき返され、周囲の建物へと着弾、各所に小さな爆発を巻き起こす。


 自在に空を飛ぶシルフィは捕らえられないと考えたのか、黒竜がブレスを吐く。


 即座に、自身の周囲に球形のフィールドを展開し、これを防ぐシルフィ。


 黒竜はそのままブレスを継続する。このままだと、シルフィのフィールドが耐えきれないのではないかという不安が頭をかすめるのと同時に、気合の入った掛け声が聞こえた。


「だぁらっしゃああああああああ!!」


 黒竜の背後、跳び上がった水菜が、黒竜の後頭部へと空中で回し蹴りを放つ。


 普通であれば、蹴った方の足がお釈迦になるだろう構図だが、実際には黒竜がブレスを止めて短く呻き、前のめりに崩れ落ちた。


「さすが水菜だ」


 その光景を眺め、思わずガッツポーズをとりながらそう呟いた。


 彼女の能力は身体強化。とある条件に比例して、自身の身体の耐久力と運動能力を上昇させる。


 倒れこんだ黒竜の頭に、さらに右ストレートを叩きこみ、一旦距離をとって様子を観察する水菜。


 黒竜は数秒の間動きを見せなかったが、やがてゆっくりと体を起こし、水菜の方を向く。


 そして、おそらくは怒声であろう雄叫びを上げ、標的のいる鐘楼へ向かって左腕を突き出す。


 水菜は鐘楼から空中へとダイブ。その腕へ跳び移ると、そのまま疾走してあっという間に肩まで到達。


 黒竜の横顔へと跳び蹴りを放つ。


 それだけでは飽き足らず、蹴りの反動を利用してさらに上空へとジャンプし、黒竜の脳天へと踵落としをお見舞いした。再び、黒竜が前へと崩れ落ち、地響きが起こる。


「水菜って、すごかったのね・・・」


 いつの間にか隣に浮いていたシルフィが唖然としながらつぶやく。


「素の戦闘力なら、うちで一番だからな」


「まるで、漫画に出てくるヒーローみたいね」


「生憎と、性別的にはヒロインだがな」


「でぇりゃあああああああっ!」


 そんな、戦場に似つかわしくない会話をしている俺たちをよそに、水菜は黒竜の顔へと打撃技の連打を浴びせていく。


 これなら押し切れるかと気を緩めた直後、黒竜の周囲に電光が閃いた。目が眩むほどの青白い閃光に目が眩む。ようやく目を開けると同時に、うっすらと煙を纏いながら自然落下する水菜の姿が目に映る。


「っ!?」


 クソ、油断した。黒竜の攻撃が炎と肉体による打撃のみだと思い込んでいた。

思えば、地下から出てくるときにも、落雷を起こしていたのに!


「水菜!」


 思わず叫んで、何の考えもなく衝動に駆られて走り出す。背後で何事かを叫ぶシルフィの声も耳に入らない。


 水菜が落下した場所へ向けて、黒竜が尾を振り下ろす予備動作として背中を向ける。


「てめぇ!こっちを見やがれぇぇぇっ!!」


 こっちへ意識を向けるべく、咄嗟に具現化した剣を投げつける。


「水菜は殺させない!!」


 背後からシルフィの声が聞こえ、炎弾が黒竜へと複数放たれる。


 しかし、黒竜はこちらを一瞥だけすると、とどめの一撃のために尾を振り上げた。







「待ってケイト!どうするつもりよ!」


 それは、いつもすました態度だったあいつが初めて見せた焦燥。あるいは理屈や計算抜きの、純粋な感情がとらせた行動。


 わたしも、釣られるように後を追う。


 そして、今にも水菜へとどめを刺そうとする黒竜を見て。あるいは、それをどうにかして阻止しようとする彼の必死な顔を見て。わたしも、気がついたら攻撃魔法を黒竜へとありったけ放っていた。


 しかし、あいつはそれらを意に介さず、尾を振り上げる。


(やめてええええええええええええええええええっ!)


 心で絶叫する。しかし、それが声となることはなかった。


 声を出そうとしたその寸前、一瞬だけど首筋に冷たいものが触れた気がした。


 それを感じた時には、既に私の意識は視界とともに閉ざされようとしていた。


 意識が完全に落ちる直前、わたしの目に焼き付いたのは、右手にナイフを持ち、それを左から右へと振り抜いた格好で俯く、ケイトの姿だった。

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