第7話 役者たちは舞台へと上がり始める

 目を覚ますと、シルフィが安心した顔で笑っていた。その顔を見て、意識を失う前の出来事が明瞭に思い出されていく。


「あの二人組は!?」


 開口一番そう尋ねた。声が大きかったためか、はたまた急に起き上がったためか、シルフィは少し怯んだ後、それでも順を追って説明をくれた。


 あたしが意識を失ってから、6時間近く経過したこと。


 二人組は蛍斗が取り押さえ、生徒会のメンバーの助けを借りて、拘束したこと。


 魔法が効かなかった理由は、二人が特殊な素材でできた衣服に身を包んでいたためだったこと。


 倒れた私たちも、あいつが医務室へと運んでくれた・・・わけではなく、それは移動魔法の得意な生徒に任せたこと。


 あいつ自身は、二人組の尋問を行っていること。


 そして、今もそれは続いていること。





 それらを一通り聞き終えたところで、計ったかのように蛍斗が医務室へと入り、ドアを閉めて鍵をかけた。


 あたしが口を開く前に、蛍斗が淡々と話しだす。


「残念ながら、二人とも夢魔じゃないようだ」


「・・・その前に、何か言うことがあるんじゃないのか?」


「・・・どういたしまして?」


「感謝なんかしてねえよ!いや、多少はしてるけど・・そもそも、お前があたしたちと一緒に行動していれば、手早く片付いたはずなんだ!」


「そうかもな。とはいえ、あの二人を泳がしていたおかげで得られた情報もあったからな。単独行動も、お前らを囮にしたのも、まあ結果オーライじゃないのかな」


 などと言って、苦笑を浮かべて見せる。ああ、殴りたいこの笑顔・・・!


「・・・ちょっと待て、泳がせていたって、あたしらが襲われる前から二人組を補足してたのか!?」


「ん、まあな。」


 こいつ・・・!


「どうせ、捕まえて尋問したところで吐かないだろうと思って、目的を知るために奴らの行動を観察してたのさ。」


「そんなの、魔法で自白させるなり、心を読むなりすればいいのに」


 シルフィが呆れたように言う。蛍斗も苦笑してそれに頷く。


「ああ、さっき実際にいろいろやってもらった。てっきり、メルヘンだったりファンタジーだったりな魔法ばっかだと思ってたら、割とシビアな魔法もあって面白かったわ。やっぱすげえな魔法って」


 こいつはいったい何を見てきたのだろうか・・・?


「でも、今回のことで自信が持てたわ」


「何がだよ?」


「割とゲームとかアニメとか好きだし、どっぷり二次元に浸かってるって自覚もあったんだがなぁ。こんな世界にいても、目的達成のための手段が魔法でなく尋問って、現実的な発想だったわけだろ?」


「・・・それで?」


「俺はまだまともだって自信が持てたわ」


 そう言い切って、わざとらしく晴れやかな顔を作ってみせた。うん、やっぱり殴りたいなこいつ。


「むしろ、尋問とか平気で考える時点で、既にまともじゃないと思うんだが?」


「妄想と空想の世界に引きこもったり、現実に非現実を持ち込むよりはましだろうよ」


「さて、既に”ここ”が既にそんな非現実的な世界なわけだが」


「そいつは盲点だった。むしろ、現実が俺たちの思考、いや嗜好に追いついたってところかねえ」


 さっぱり意味の分からない言葉遊びを一人で行って満足したのか、


「さて、じゃあ情報と状況を整理して伝えるぜ?」


 急に真面目な顔に戻って、説明を始めた。


「まず、やっこさん達の目的は、この城の地下に封印されている竜を復活させることだそうだ」


「・・・はい?」


 何でもありな世界とはいえ、また突飛な話が突然に出てきて、あたしとシルフィは揃って頭に?を浮かべる。そんな反応を予測していたのか、いや、予測していたに違いない。蛍斗は、あたしたちの顔を見て、愉快そうに笑いながら続きを語る。


「魔法に竜とは、また王道なファンタジーなことで。で、その竜ってのが、炎は吐くわ頑強な体で暴れるわで、破壊の象徴とすら言われていた物騒な存在だったらしいんだわ」


 そりゃまたステレオタイプだなぁと、思わず蛍斗と似たような感想を抱いた。


「で、その竜ってのがたぶん夢魔だ」


「・・・なんでそんなことわかるのよ?」


 シルフィが素直に疑問をぶつける。


「実は夢魔自身は、覚めない夢に堕とす以外には、人間に直接干渉する手段を持たないんだ」


「そうなのね・・・ん?」


「察しがいいな。それなら、俺たちアクターを排除することはできない。ただ、俺たちの存在が夢魔にも認知され始めて、おそらく夢魔も対抗手段を考える必要に行き着いたんだろうな」


 そこで蛍斗は一旦言葉を切った。おそらく、シルフィのために伝わりやすい表現と言葉を考えているのだろう。こういうところで配慮ができるのは、こいつにとって数少ない、素直に褒められる点だろう。


 やがて、内容がまとまったらしく、ゆっくりと言葉を紡ぐ。


「結局、やつらがとった対抗手段は、登場人物や存在の一つに成り代わり、夢の中に直接干渉することだった。ちなみに、これは俺たちも同じで、物語に登場する誰かの殻を被って、今こうしてお前の夢に干渉している。俺の場合は、転校生にして唯一の男子生徒っていう面倒な役を引き当てちまったわけだ」


「あたしらが、アクター役者と呼ばれる所以だな。ちなみに、自分が成り代わる役のことを、ロールと呼んだりもする」


 そう、補足しておく。


「ただ、俺たちと夢魔とで違う点がある。俺たちは、他人の夢に入りこむときに、自身が成り代わるのに無理がない程度の役が勝手に割り当てられる。ただ、夢魔は役を自身の意思で好きに選べるうえに、その役が本来持っていた能力やら特徴やらを全て使いこなせる。これが、いうなれば奴らのアドバンテージってわけだ」


「ついでに言うと、あたしらは自身がどういう役柄なのかを、自分の力と知恵で調べて推理、そして把握しないといけない。夢魔は、初めからすべてのデータが頭に入ってる状態からスタート。つまり、あたしらと違って、向こうがボロを出すことは期待できないわけだ」


 説明が進むほどに、シルフィの顔が不安に曇っていく。それを拭い去るために、あえて明るい声であたしは付け加える。


「もっとも、あたしたちにも武器はある。あたしらは、それぞれ夢の中で使える能力を一つ持っている。蛍斗の、何もないところから武器や道具を持ってくるのがまさにそれなわけだ」


 それを実践、証明するかのように、蛍斗はバスケットボールを出し、指の上で回転させて見せる。


 ・・・一秒も持たずに、バランスを崩して床に落としていたが。だっせえ。


「というわけで、夢魔としてはより有利な条件を整えるためにも、当然最も強い存在を選んで成り代わろうと考える。この物語の場合は、竜がそれに当たるだろうから、夢魔が竜だと推理するのは妥当なわけだ、オーケイ?」


「とりあえず、OKよ」


 なんとか理屈を飲み込んで、シルフィが頷く。


「というわけで、今夜竜を倒しに行く。オーケイ?」


「「・・・はい!?」」


 二人して、同じ声を上げる。全然、オーケイじゃねえよ!


「何を面食らってやがる?」


 蛍斗が素で不思議そうな顔をする。・・・いやいやいや!


「さっき自分で言ってたじゃねえか、破壊の化身みたいなものだって!そんなのと戦おうってのかよ!?」


 シルフィは口を開けたまま、固まっている。仕方ないので、あたしがツッコミを入れるが、逆に問い返された。


「なら、この夢、どうやって終わらせるよ?それに、存在するってことはこの物語に必要なわけで、つまりどの道避けては通れないわけだ。もう、腹くくるしかないだろうよ。それに・・・」


 そこで言葉を切り、いかにもついでのように。そう、とびきり楽しそうな挑戦者の顔で、ついでのように見せかけた本当の理由を吐き出す。


「そんなの聞いたら、倒してみたくなるじゃねえか!相手は文句なしのラスボス!大してこちらは、ろくな力を持たない人間風情!こんな逆境、滅多にないシチュエーションだぜ?燃えるってもんじゃねえか」


 そう、かつて子供だった頃よく見せていた、無邪気な笑顔であたしを指さす。


「・・・まったく、やっぱりまともじゃないだろ、お前」


「確かにそうかもしれん」


「しかも、中二病も治ってないときた」


「男は少年の心を常に無くさないものだ。無くしちまったら、そいつは男じゃなくなるんだぜ?」


 そんなことも知らないのか?と言うように、ニッと笑う。・・・まったく。


「やれやれ、仕方ないから付き合ってやるよ」


 そう言って、あたしもベッドから起き上がり、立ち上がる。あなたもなの!?と言わんばかりの目でシルフィが見てくる。信じられないといった表情だ。しかし、今のあたしにとってはそれも痛快に感じる。


「何言ってやがる、そんな楽しそうな顔しやがって」


「へっ、あたしの能力、忘れたわけじゃないだろ?」


「ああ、せいぜい頼りにさせてもらうさ」


 二人で、拳を突き合わせる。我ながら、毎度毎度こんなノリで危険なことやらかして、よく生き残ってこれたものだと思う。とはいえ、これがあたしたちのやり方だ。どうせなら、派手に楽しく。そして、あたしたちらしく。そうして、数々の夢を今まで観ては演じ、越えてきた。そして、今回も・・・!


「あ、でもくたばったら葬式には出ないからな?堅苦しいのは面倒だし」


 蛍斗が吐いた冗談のような本音で、あたしの盛り上がっていた熱は一期に平温にまで落ちた。空気を自分で作っておいて、あげく読まずに破壊しているのは、狙ってやっているんだろうか。


 シルフィは、終始あたしたちを交互に見て、呆気にとられた表情を見せるだけであった。

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