第17話 最後の戦い


「う……」


小さな声を上げて横たわる少女。最初は泣いているのかと思った。


その少女に駆け寄った際に少女は突然起き上がり、私を斬りつけようと剣を振る。


完全に油断していた。太刀筋良好。


私は帽子を押さえて後ろに飛び退いた。


私の頰を少女の手に握られた剣の切っ先が触れる。


チクリと痛みを覚え、傷口を撫でると血液がべったりと指先についた。


ゆらりと揺らめきながら少女は立ち上がる。


真っ黒のドレスを着て、同じ色のヒールを履き、少女はこちらを睨む。


その紫色の瞳と目があった。


その姿を見て、はっと息を飲む。


顔は私と瓜二つ、違うのは瞳の色と服装だけ。


「お前は……?」


「私はヨル」


コツとヒールの音が聞こえたかと思えば、もう目の前にまた少女の剣の切っ先が向けられている。


「自分を肯定し、あなたを否定する者」


少女が剣を振り下ろす。


私はまた後ろに飛び退いた。


その太刀筋はあのお嬢様の執事のものよりも重く、明らかな殺意を感じさせる。


次々と繰り出される攻撃に私は圧されていた。


「ヨル……!」


この旅で何度も聞いたその名を呼べば、ヨルはドレスの裾をつまんでお辞儀した。


初めましてと言っているように。


「私はもう一人のあなた。存在しないはずの”もう一人”。


あなたは孤児院に迎え入れられ、私は橋の下で育った。


運命を分けたのはただ一つ。私のこの不吉な紫色の瞳だけ」


ヨルは憎しみのこもった目で私と対峙した。


「父や母を亡くした日もお前は遠くから見ているだけ。


その遺体を揺さぶり泣き叫んだのは私だけ。


あんな理不尽な死に方を両親に強いたこの国を許さない。


あなたのことも許さない。全部全部、許さない!」


ヨルの叫び声が城の大広間に響く。


大きく踏み込み、私のところへ飛んでくるヨル。


泣いているようなその顔を見てはっとした。


「孤児院という恵まれた環境に身を置いているのに毎晩自分を傷つけ否定するあなたを憎みながら生きてきた」


ヨルは言う。


私は夢の中で自分を探すよう何度も繰り返すあの少女を思い出した。


キィンと金属同士がぶつかる音が城に響く。


聖剣リアムを包む赤い布がはらりと落ち、銀色の剣で受け止めた。


ヨルの持つ剣はドレスと同じ真っ黒の刀身をしている。


「こんな国はあなたごと滅べばいい!」


少女が剣の切っ先を天井に向けて叫ぶと城は大きく揺れ始めた。


バラバラと真っ白な壁が崩れ始める。


「地震!?」


思わず飛び退いて体制を低くした私にヨルは首を横に振った。


「いいえ、違うわ」


ヨルは後ろへ、自身がさっきまで倒れていた場所まで飛び、大きな壁掛け時計を指差した。


「この時計を見て。


あと数分遅れていたらあなたは私に会えなかった。


”お嬢様”に言われたでしょう。早く行かなきゃ手遅れになると」


地響きとともに徐々に城の天井は崩れ始め、”時間がきたわ”と少女は呟く。


「私は国の滅亡の為に、あなたは国の平和の為に」


少女の剣は徐々に形を変え、鎌のような形へと変わった。


床が大きく揺れる中、ヨルは城が崩れることなど気にしていないように鎌を振る。 


「この姿を覚えているかしら」


「ああ、三つ目の玉を得た時も、五つ目の玉を得た時もその姿を見た。


あの時いたのはお前だったか」


「そうよ。私はあなたの旅を邪魔したかった」


ヨルは遊ぶみたいに私に鎌を振り続けた。


私はそれに応えるように剣を振る。


その太刀筋を受けるだけで精一杯な私を見て、得意げにヨルは笑う。


「聖剣リアムーーふん、その程度なのね」


その言葉にカッとなった。私は大きく足を踏み込んでヨルへ切っ先を下ろす。


バサバサと私のマントがはためき、一瞬だけヨルがひるんだ。


「リアムだけは馬鹿にされたくない!」


「じゃあしっかりと剣を振りなさい!私を楽しませて頂戴!あはははは!」


ヨルは高らかに笑う。




城は戦車のように車輪を得て街の方へと進む。


国の滅亡を望む少女と国の平和を望むリュカが戦う。


「ここに七つの玉が揃う時、約束は果たされる。その意味は?」


「あら、敵である私に答えを聞くなんて随分と甘い考えをお持ちのようね」


何度も何度も剣を交えた。


城が崩れる音と金属同士がぶつかり合う音、ヨルの楽しげな笑い声と踏み込んだ時のヒールの足音。


考えろ、考えながら戦え。


その意味を。答えを。


国を救うすべを。民を守るすべを。


戦うしかない。倒すしかない。


もう一人の私を、ヨルを。


全ての災厄の根元に仕立て上げられたこの悲しき少女を。








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