第14話 資格
目を覚ました私の目の前に執事が立っていた。
何もない真っ白な広い部屋に私は倒れている。
何が起きたのか分からない私に執事は言う。
「あなたが”道しるべ”を得るにふさわしい人物か、私めが試させていただきます」
そう言い終わるなり執事は老いた体を感じさせない足取りで寝そべる私の方へ切っ先を掲げて飛び込んだ。
眠気の残る頭でも生存本能のままに体を動かす。
この執事ーーつい数時間前に自分の無力さを嘆いていた人物とは思えない。
突然のことに怯む。
執事による次の斬撃を右足を滑らせながら聖剣リアムの刀身でその太刀筋を受けた。
まだ赤い布に包まれていたその剣が、はらりと布が落ちることで露わになる。
「それが聖剣リアム……近くで見ると尚美しい」
執事は呟く。
「私の一撃を受け止めるとは見事!しかしまだです」
激しく繰り出される斬撃に私は必死に食らいついた。
「ぐっ」
「はっ」
私は踏み込み、飛び退き、踊るように剣を流し、執事と剣を交える。
しかし実際そんなに余裕はなかった。
執事の振る剣は重く、流しきれず私の肩や指先に切っ先が触れる。
少しずついろんなところが痛み始めたのは執事も同じだった。
私の剣先も確実に執事の肌を捉えている。
お互いがぶつかり合い、共に弾け飛んだ時、どこからか手を叩く音が二度聞こえた。
執事も私もそちらを向くと、そこには先ほどとは服装の違うお嬢様が立っていた。
さっきは紺色のドレスを、今は淡い桃色のドレスを着ている。
「終わりですね」
執事はそう言ってふらふらと立ち上がり、剣を収める。
「合格です。明日のボディガード、よろしくお願いします」
私も自分の服を叩きながら立ち上がり、剣を収めた。
「明日……?」
「あなたは二日眠っていたのですよ」
執事は笑っていたがきっと睡眠薬を私に盛ったのは執事だ。
お嬢様は満足そうに微笑んで執事と共に部屋を去っていった。
有力者の代表会議とやらはこの街で開かれるようだった。
屋敷からは少し遠いため馬車に乗って移動する。
執事は馬車の御者となり外にいるため、馬車の中は私とお嬢様の二人きりになった。気まずさを紛らわすために私はお嬢様に話しかける。
「今日はいい天気でよかった」
お嬢様は頷く。二人して馬車の窓から外を見た。
彼らも有力者会議の参加者だろうか、外にはたくさんの馬車が列をなしていた。
馬車は大きな城のようなお屋敷に着く。
先に馬車から降りて、今日は特別綺麗なドレスに身を包むお嬢様の手を取った。
会議室は豪華だった。
長い食卓にいい香りの紅茶やコーヒーが並べられ、誰かの肖像画が隙間なく壁にかけられている。
有力者の代表会議とやらは退屈だった。
どこの地域の水道管が破裂しただの、どこが食糧難だの、経済の話や社会の話ばかりだった。
ボディガードを雇うくらいだからもっと荒々しく、何か起こるものだと身構えていた私は、無事に代表会議が終わった時に大きなあくびをした。
会議が終わり、偉い人たちが次々と部屋から出ていく。
「ベラ様」
ふと声をかけられたお嬢様が足を止めた。
一瞬振り返るのを躊躇ったように見えたが、お嬢様はその声の主に笑顔を向けた。
「今年もお父様の代理とは、御苦労ですなあ。
お父様の事業は上手くいっていますか?
なかなか難しいでしょうなあ。
まあ、頑張ってくださいね。
この国には不可欠な事業ですから」
その人は一方的に話しかけ、笑いながら去っていく。
確かに参加者の中でお嬢様ほど幼い人は一人もいない。
それどころか、参加者のほとんどは老人だ。
そんなに忙しいのだろうか、お嬢様の父は。
そう思ったがなぜか訊けなかった。
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