第13話 使命


玉を全て納めて二週間が経った。


特に何が起きることも有力な情報を得ることもなく淡々と時間が過ぎていくことに疑問を抱き、今までの旅は何だったのか自問自答しながら苦悩する日々。


私は首都ほどではないがそれなりに大きな街を歩いていた。


パン屋を出てすぐのところで人がぶつかってきた。


はずみで紙袋から買ったばかりの焼きたてのパンが転がる。


お腹が空いていた私はそれだけでカッとなった。


「待て!」


私はぶつかってきた男を追いかけた。


男は私の方を振り返り、べーっと舌を出してからかう。


カチンと頭にきて私は聖剣リアムを引き抜いた。


遠巻きにその様子を見ていた人たちがどよめく。


男も負けじと剣を抜き、私たちは剣を交えた。


オルゴールや笛の音楽が流れる平和な街に不釣り合いな金属のこすりあう音が響く。


このパンの恨み、思い知れ!


何度かの突き合いの末、私は男の手から剣を落とした。


男の顔が悔しそうに歪む。


男はどうやら盗みを働いていた者らしく、警察に連行されて行った。


取り巻きたちが私の剣さばきに拍手喝采を送る。


私はぺこりと一礼してパン屋へ戻ろうとした。


そこで空腹で倒れてしまう。ぐーっとお腹の虫が鳴いた。


「立てますか?」


ふと、白髪の老人が私に手を差し伸べた。


私は老人の手を借りて立ち上がり、汚れた自分の衣服を叩いて綺麗にした。


「ありがとう。あなたは?」


「こちらのお嬢様の執事をしている者です。


今の剣の太刀筋、見事でした。


そんなあなたに折り入ってお願いしたいことがあります」


「なんでしょう」


「あなたにはお嬢様のボディーガードになってもらいたいのです」


「私が?」


「なに、聖剣リアムを持つあなたには造作もないこと」


「なぜそれを……」


私は腰に差した剣をそっと撫でた。


「お嬢様には全てお見通しです。あなたが見てきたもの、聞いてきたもの、全て」


執事は声を潜めて言った。


その後ろで、お嬢様は自分のドレスの裾をちょいと摘んで私にお辞儀した。


不思議な子だ。


私も帽子を取って一礼する。


お嬢様の大きな眼に映る自分の顔を見ても恐怖心や怯えはなかった。


寧ろ見透かされていることに安心感を覚える。


自分はここにいていいのだと肯定してくれているような、何か心強いものに包まれているような感覚に陥る。


「お屋敷にご招待いたします。温かいお茶とお菓子をどうぞ」


執事は腰を折って言った。


お嬢様は視線を残して前を向き、執事の前を歩き始める。


ついて来いと言われているようだった。


お嬢様は口元に微笑みをたたえ、前を歩き始める。


「さあ」


執事は私を促し、お嬢様の後を歩き始める。


私は行く宛てもないのでついて行くことにした。



お嬢様のお屋敷は荘厳かつ優美だった。


階段と廊下には赤い絨毯が引かれ、ところどころに高級そうな絵や壺が置かれている。


わたしは応接間に通され、お嬢様が座る向かいのソファに座った。


ふかふかとした感触が心地よい。


「どうぞ」


執事は二人分の温かい紅茶を淹れてくれた。


もう一つはお嬢様の分だ。私はお嬢様が紅茶に口を付けたのを見てから一口飲んだ。


美味しいフレーバーティーだった。


空腹を紛らわすために一緒に出てきたお菓子も口にする。


どれも美味しくて手が止まらなかった。そんな私をお嬢様は優しい目で見ていた。


執事はお嬢様の後ろに立ち、口を開く。


「今度、この国の有力者が集まる代表会議が開かれます。


その際にあなたには私とともにお嬢様のボディーガードをしていただきたいのです。


なに、本来ならわたくしめ一人が担えばいいもの。


しかし見ての通り、私は力無き老いぼれ。


そこで是非ともあなたにはお手伝いをお願いしたい。


不審な輩がいれば斬るだけの簡単なお仕事です。報酬ははずみます」


「ふむ、代表会議……それはいつですか」


「三日後です。代表会議の開催まであなたにはこの屋敷に泊まっていただきたい」


つまり三日間は旅や七つの玉についての情報収拾ができなくなる。私は少し考えた。


「代表会議が行われるまで一日三食、毎晩の入浴は保証いたします」


「乗った」


私は即決した。きっと後悔はしない。そう思えたから。


ふと、視界がぐにゃりと曲がる。気のせいかと思って何度も目をこする。


「そう言ってくれると思いました」


そう言う執事の顔が二重にも三重にも見える。


「束の間の休息を、どうぞ」


にやりと笑う執事の顔が見え、そこで私の意識は途切れた。


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