第10話 魔女
雨が降っていた。
目も見えないほどの雨量で、私たちはそれぞれの帽子を押さえて歩いていた。
夜になる前に、宿を探さなければならない。
「リュカ!取り敢えずどこかお店に入ろう!このままじゃ風邪ひいちゃう!」
「そうだな!どこかーー」
二人して顔を上げて街を見回す。
明るい色のランプのついているところを探す。
紫色の看板がついた小さなお店が目に入った。
リアムも同じお店を見つけたようだ。私たちは頷き合ってそのお店を目指した。
「ごめんください!」
半ば飛び込むようにしてお店の中に入ると、そこは魔女の家だった。
「待っていたよ、お嬢さんたち。随分と長くかかったねえ」
魔女はまるで私たちが来ることを知っていたようだった。
暖炉の前の椅子に座り、小さな桔梗色の水晶に手をかざしていた。
「さあさ、服を脱いでそこのフックに掛けなあ。暖炉に当たっていくと良いさ」
私たちは上着を脱いで暖炉の横のフックにかけ、魔女の机の前に用意されていた二つの椅子にそれぞれ座った。
「知っているかい?この国でこの紫色は不吉な色なのさ」
「どうして?」
「昔々、王女様が紫色のドレスを着て死んだからさ。
王様は紫色を不吉な色としてこの国から排除した。
本当はただの病死だったみたいだけどねえ」
紫色の看板のある店になんて変わり者しかやって来ないのさ、と魔女は言った。
魔女の水晶に旅をしている私の様子が映る。その隣にはリアムもいる。
一つ目の玉を得た時の映像が神視点で映し出される。
「お母さん……!」
ガタッと椅子をずらしリアムが立ち上がる。
リアムの縋るような視線が私に向けられた。
私はポケットから赤い箱を取り出し、一つ目の翡翠色の玉をリアムに手渡した。
「お母さんが好きだった色だ……」
リアムは大層大切そうにその玉を撫で、目を伏せ何かを念じてから玉を赤い箱に戻した。
魔女は赤い箱の中身を覗き込み、驚いたように目を見開く。
「どうしてお前が王の玉を?」
魔女が指差しているものは二つ目の玉、飴色のそれだった。
「杖を拾いました」
「ラッキーなやつだね、お前さんは」
魔女は笑った。
「きっと王様の移送中に馬車から杖が落ちたんだ」
そういえば杖の近くに車輪の跡が続いていたかもしれない。
血痕に意識を取られていたが。
「王様の移送?何かあったんですか?」
「なんでも城が占拠されそうになったとか。
結局何事もなかったようだけど、王様は”何か”を恐れて自分の身を守ることを決めたのさ」
魔女は声を潜めて言った。
「”ヨル”が夢に現れたと」
「ヨル!?」
「しっ。あんまり大きな声を出すんじゃないよ」
魔女は人差し指を自分の唇に当てた。
「ヨルは災害を導く邪神だとか」
「何を言っているんだい。彼女はただの少女さ」
「ただの少女?」
「そうさ。それにしても、私の予言は当たったねえ。
今日この時間お会いできると思っていたよ。
リュカ=オリビアとリアム=ベルナルト。
お嬢さんたちに会えて嬉しかったよ」
魔女は満足そうにニッコリと笑う。
ベルナルト。リアムの家の名前はベルナルト。
初めて知ったその事実に、私の中で一つの予感が生まれる。
ああそうさ、その通りさ、と魔女はその予感に気づいたようにこくこくと頷く。
「さあ、これを持って行きなあ。六つ目の玉だよ」
魔女は手をかざしていた桔梗色の水晶玉を私に差し出した。
私は赤い箱に四つ目の玉を納めた。
と同時に私たちは魔女の家から出ていた。
青い空が燦々と輝いている。
突然のことに私たちは辺りを見回したが、魔女の存在も魔女の家もどこにもなかった。
ただ赤い箱の中には確かに桔梗色の玉が納められていて、ヒッヒッヒという魔女の笑い声が空にこだましていた。
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