第9話 宝箱
私は酒場を出て一瞬、リアムがいる宿の方を向いた。きっと彼は寝ている。
そう思って緑色のマントの彼について行った。
酒場から三百メートルほど離れたところだろうか、突然街並みが途切れ、その光景に息を飲んだ。
「これは……」
「さっき言ったろ、大地震があったんだ。街は七割なくなった。あれを見ろ」
彼は持っていたランプに火をつけ、少し離れたところにある小さな古屋を指差した。
めちゃくちゃになった街並みの中で、ひとつだけ無事な家がある。
「あそこが例の家だ。行くなら一人で行ってくれ。俺ぁ巻き込まれたくないんでね。
そのランプはやるよ。健闘を祈る」
それじゃ、と有無を言わさず彼はそそくさとどこかへ行ってしまった。
私は少し心細い気持ちを胸に仕舞い、一歩また一歩と家に近づいた。
壊れた家屋という不安定な足場に何度かよろけたが、なんとか着くことができた。
私はランプをかかげ、その家に書かれている名前を読んだ。
「ハオユー」
私は玄関の前の階段を上がり、ドアを開け、お邪魔します、と誰もいない家の中に声をかけて入った。
そこはまさに研究家の家、といった出で立ちで、様々な書籍や資料、魔除けのようなものや不思議な液体などいろんなものが散乱しており、ごちゃごちゃしたその家の中から玉を探すのは至難の業だと感じた。
でも確かにここに玉がある。そうとも思った。
私は天井の蝋燭に火をつけ、資料を漁った。
読めないものが大半だったが、その中で興味深いものを見つけた。
『七色の玉』
そんな題名の分厚い書籍だった。
私は何か旅のヒントを得られるかという淡い期待を抱いてページをめくったが、そのページのほとんどが何者かによって千切られ、持ち去られていた。
ただ最後の一ページを除いて。
私はそのページで唯一読める文字を読み上げた。
「”時を知らせるもの、虹のありかを示す”」
意味は分からない。旅のヒントになるのかも分からない。
ただなんとなく大事なことのような気がした。
でも玉の在処が分からない。資料を掻き分け、棚を全て調べたが見つからない。
小さな家だがものが多すぎる。私は途方のなさに息をついた。
と、その時。
近くで地鳴りがして顔を上げた。
天井のランプがゆらゆらと激しく揺れ、ふっと誰かに息を吹きかけられたように消える。
突然家のドアが勢いよく開き、突風が家の中へなだれこんだ。
「何!?」
私は腕で顔を隠して、その隙間からドアを見た。
「お前はーー!」
いつだったか、そう、あれは三つ目の玉を得た時。その時と同じように、”そいつ”はくろずくめの格好でゆらゆらと飛び、大きな鎌を持っていた。
「誰なんだ、一体!」
私は叫ぶがそいつは答えない。ただ殺意の満ちた鎌が私めがけて振り下ろされる。
私は短剣で応戦していた。
もて遊ぶように振り下ろしたかと思えば、殺しにかかってくるときもある。
私はリアムと一緒に剣を置いてきたことを悔いた。
そんなことに気を取られていると、私が持っていた短剣が鎌に弾かれ、遠くの床に刺さる。
「しまった」
そいつが楽しそうに笑った気がした。
振り下ろされる鎌を避けることしかできなくなった。
早くあの玉を探してここから出なければ。
そう思っていた私の目の前に突き出される鎌の切っ先に悲鳴を上げそうになる。
リアムーー。
来てくれ、と気付けば念じていた。それに応えるように聞こえる、声。
「リュカ!」
そいつと同時に玄関を見た。慌てた様子のリアムがそこにいた。
私は安堵の声を上げる。
リアムは鞘に納められたままの私の剣を投げ、私はそれを拾い、鎌に向かって振り下ろした。
一瞬ひるんだ様子の敵に、続けざまに斬撃を加える。
「くっ」
敵は奥歯を噛み締め、そしてふわりと揺れて玄関から出て行った。
はあ、と息を吐きへたり込む私にリアムは駆け寄った。
「なんでここにいるんだ、リュカ」
「リアム、もしかしてここを知っているのか?」
リアムは言いにくそうに口を開け、一旦閉じ、また口を開けた。
「……ここは父さんの研究室だ」
「今、なんて?」
「だから、ここは俺の父さんの家なんだ。
もう父さんはここにいないけど、俺は何度もここに来たことがある。
ーーああ、だからこの街に来たくなかったんだ」
リアムはしゃがみこんで吐き捨てるようにそう言った。
「リアム、この家に球体のものはある?」
「……たくさんあると思うけど」
「大事なものなんだ。どこにあるだろう。探しても見つからない。
片手に乗るくらいのサイズなんだ」
私は七つの玉の詳細を言った。
「ああ、それなら……」
リアムは立ち上がり、壁についているいくつものレバーを不規則な順番で降ろしていく。
ガコンという音が鳴り、地下室に続く階段が現れた。
「ここは父さんの”宝箱”さ。大事なものならここにあるはず」
私は階段を降り、ゆっくりとその扉を開けた。
眩いほどの光が顔に当たり、一瞬顔をしかめた。
「あった」
私は思わず歓喜の声を上げていた。
”宝箱”の中心に台座に乗った瑠璃色の玉がきらめいていた。
私はその玉を手に取り、赤い箱に納めた。
その様子をリアムが後ろから眺めている。
「リアムのお父さんは?」
「知らない。病弱な母を捨てどこかに行ったさ」
リアムは口を尖らせて言った。
「さあ、こんなところさっさと出ようぜ」
リアムが私のマントを引っ張って言う。
私はランプを取り、リアムに続いて家を出た。
途端に家はその周りにある家屋と同じようにぼろぼろと崩れ落ち、ただの瓦礫と化した。
私たちはその様子を見て驚いた顔をしたが、すぐに前を向いて歩き始めた。
きっとこの家は役目を終えたのだ。私の元へ玉を届けるという役目を。
私はリアムとともに宿に戻り、布団に体を滑らせた。
なんだか眠れなくて、もう電気もついていない時間に赤い箱を取り出し、その中身を撫でた。あと二つ、どこにあるんだろう。
やけに目を引いた”時を知らせるもの、虹のありかを示す”という言葉の意味は……?
私はパタンと赤い箱の蓋を閉め、そっと目を伏せた。
『生きている』
「いやだ」
『生きているわ』
「いや」
『生きているのよ』
「そんなこと許せない」
『探すのよ』
「何を?」
『私を探して。見つけて』
「君はどこにいるの?」
『わからない。だから探して。早く私を見つけて』
今日もあの夢を見る。
気付けば朝を迎えていて、私たちはまた旅路に戻る。さらに北上する道へと足を向けた。
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