第8話 酒場
北上し、街に着いたがリアムは街に入ってすぐのところで待つと言って聞かない。
私は仕方なく街のはずれにある宿にリアムを置いて行くことにした。
一人で歩くのは久しぶりだ。せっかくだから子供がいると行けないところに行こう。
そう思って私は近くにある酒場に向かった。
少し重たいドアを開けると、カランカランとドアについている鈴が鳴り、酒場独特の喧騒に包まれた。
乱暴にグラスを置く音、笑い声、殴り合いの音とそれを取り巻く人間の歓声ーーああ、うるさい!
私は静かなカウンターの隅っこの席に座り、店主にビールを求めた。
久しぶりのお酒に体が喜んでいる。
三杯飲み干した頃、店主はグラスを布で拭きながら声をかけて来た。
「お兄さん、旅のお方かな?」
私は帽子のつばを下ろして答えた。少し声のトーンも落とした。
「ああ、そうだ」
「何かをお探しで?」
「人探しだ」
「ほう、一体どこの男性をお探しで?」
「私が探しているのは女だ」
「ほうほう、一体どこの美人さんかな?」
「顔は知らない」
「ほうほうほう、では、顔の知らない女性をどうやって探すんです?
「名前を知っているんだ」
「ほうほうほうほう、して、その名前は?」
「ーーヨルだ」
その名前が合図だったかのように、一瞬前まで騒音に満ちていた酒場全体がぴたりと静かになる。
騒いでいた連中を見ると、全員が私を見て信じられないと言った顔で口を開けていた。
正面を向き、酒場の店主を見ると、目を見開きグラスを落として割っていた。
私は眉をひそめて彼らを見る。一体なんだってんだ。
「……おいおいおい、聞いたか今の」
ややあっておじさんが話し始めた。
「あんた正気かね。そいつを探すなんざ……」
その取り巻きも次々と声を上げる。
「ヨルって、あのヨルかい」
「街に災害を引き起こすと言われるあの邪神か」
「お兄さんやめときなぁ」
「どんな理由があって探しているのか知らねぇが、そいつぁ探しちゃいけねえ」
「現世から攫われて地獄に連れていかれるぞ」
「殺されるかも知れねえ」
酒場に再び喧騒が訪れる。皆があれやこれやとヨルを語る。
邪神だとか殺し屋だとか人攫いだとか、その全てが良いものではなかったがその意見の統一性のなさにヨルという人物像に、もやがかかる。
一体どんな人物なんだ。もはや人かどうかさえわからなくなってくる。
「俺は応援するぜ」
一際大きな、よく通る声が聞こえて全員が彼を見た。
緑色のマントを身につけ、金色の髪を光らせた彼はビールを片手に言う。
お酒に酔っているのか、その頰は赤い。
「邪神探し、良いじゃねえか。”あの家”に案内するぜ」
再びどよめく男たち。
「あの家に近づくんじゃねえ!」
「おっかねぇな」
「災害があったばかりだろ」
「やめとけよ、兄さん」
私は彼の言うことに興味を持った。
ビールを持って席を立ち、その男の前の椅子に座る。
「”あの家”って?」
私は前かがみになって声をひそめて尋ねた。彼も前かがみになって答える。
「ある研究家の家さ。
もう何年も住む人のいない古い家だが、こないだの大地震で周りの家屋が全壊する中、その研究家の家だけはびくともしなかった。
どうもその家に隠された”ある物”が関係しているらしい」
「”ある物”?」
「ああ、球体の形をした何からしいが詳細は知らねえ。
いろんな噂が飛び交っていて真実は闇の中だ。誰もあの家に近づこうとしねぇし。
まあ賢明な判断だな。触らぬ神に祟りなし、だ」
「その家はどこにある?」
「行く気か?」
「勿論」
「その気概買った。案内するぜ」
緑色のマントの彼はビールを飲み干し、勢いよくグラスを置いた。
私もそれに倣ってビールを飲み干す。
ドアを開けると来た時と同じカランカランという軽い鈴の音がなった。
「神のご加護を……」
ドアが閉まる寸前で誰かのそんな声が聞こえた。
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