第7話 猫の目
いくつかの森を抜け、今日は街に出た。石造りの住居が軒を連ねる。比較的静かな街だ。
私たちはカフェのテラス席に座ってそれぞれお昼ご飯を食べていた。
「これからどこに向かうの?」
リアムはご飯を頬張りながら目線をこちらに向けた。
「このまま北上する。次の街はーー」
大きな地図を机いっぱいに広げて指先で辿ってきた道をなぞる。
「ここだ」
私は地図のある地点を指差した。リアムはご飯をもぐもぐしながら地図を覗き込む。
ごくりと全てを飲み込むと、何度か目を擦りながらその地名を見つめるリアム。
「リュカ、俺、ここには行きたくない」
「え?」
今まで何に対しても素直について来たリアムの、初めての抵抗だった。
どうしたのだろうと思い、リアムの顔を覗き込む。
リアムは眉根を寄せて沈痛な面持ちで下を向いていた。
そんなリアムの背後から白猫が駆けて来た。その猫は私たち目掛けて飛んできて、「にゃー!」と叫び、突如現れた毛の塊が私の顔に張り付く。
「んんんん!?」
何も喋れなくなった私の頭から白猫は帽子を盗んで行った。
ふぁさっと灰色の長い髪が背中に当たる。
「まずい!」
あの帽子はーー!
私は慌てて地図を仕舞い、リアムはお皿に残ったご飯を掻き込み、猫を追いかけた。
猫は町の大通りに出ても石畳の道を歩く人混みを巧みにすり抜け、私たちは人にぶつかりながらそのすばしっこい猫の足取りを追う。
「なあ、帽子なんてまた買えばいいんじゃねえの?」
隣を走るリアムが言う。私は激しく首を横に振った。
「そんなに大事な帽子なのか?」
「あれは孤児院から旅立った日に教祖様からもらった物だ。なんでも、帽子についている羽は不死鳥の羽で、青いバラの花は永遠に枯れないらしい」
「教祖様……そうか、リュカの宝物なんだな」
納得したようにリアムが頷く。
私たちは白猫が角を曲がったのを見て追いかけた。
「にゃー」
「にゃー」
「にゃー」
角を曲がったその道の奥から複数の猫の声が聞こえ、物陰に身をかがめて様子を見てみると、白猫は私の帽子を子猫たちの寝床にしているようだった。
子猫たちは帽子に付いている羽とバラにじゃれている。放っておけば壊れてしまいそうだ。
「やめろ」
立ち上がったのはリアムだった。
リアムはゴミ捨て場の近くにたむろしている猫たちに近付いていく。
「それはリュカの宝物だ。返してくれ」
リアムが猫たちに少し離れたところから手を伸ばす。
私の帽子を盗んで行った白猫は寄って来てすんすんとリアムの指先を嗅いだ。
「お願い。それは私にとって大事な物なんだ」
私もリアムに続いて猫たちに歩み寄る。
白猫は器用に二本足で立ち上がり、私たちを見た。
「お前はヨルだろう」
私の目を見るなり白猫は言った。私たちは驚き、二人して視線を交わした。
「猫が喋るなんて、いや、それよりもーー今、なんて?」
リアムが怪訝そうに白猫を見る。白猫は私の目をじっと見つめている。
「そこの女。お前はヨルだろうと言っている」
「リュカは違う!ヨルなんかじゃない!」
「リュカ?女、お前の名前はリュカというのか?」
「ああ、そうだ。私はヨルじゃない。あなたは勘違いしている。
さあ、帽子を返してください。お願い」
私はぺこりと頭を下げてお願いした。
「それはそれは失礼なことをした。お許しください、銀髪のご令嬢」
猫は滑らかな動きで頭を下げ、奥から帽子を引きずりながら咥えて持って来た。
私はその帽子を受け取り、少し汚れた面をポンポンと叩いた。
「私はこの子たちの寝床が欲しかっただけなのです。
帽子を返した代わりに、何かくださりませんか?」
私たちは自分のポケットやリュックの中身をごそごそと探した。
何か寝床になるものを。
白猫は少し期待のこもった目で私たちを見ていた。
「あっ」
リアムは短く声をあげた。白猫と私の視線がリアムに注がれる。
リアムはリュックの中から木でできた大きめのお椀を取り出した。
子猫たちがちょうど入りそうな大きさだ。
白猫はそれを見て手を叩いて歓声をあげた。
「これ、あげる」
リアムがお椀を渡した。白猫は子猫たちのところへ戻り、一匹一匹丁寧に咥えてお椀の中へ移しているのを見つめた。
子猫たちのにゃーにゃー鳴いている声が可愛らしい。
白猫は優しい目で子猫たちの体を舐め、そして私たちの前へやって来た。
「ありがとうございます。これはお礼の品です」
猫は自分の左目を抉って差し出した。うえっ、と目を逸らす私たちに白猫は笑った。
「大丈夫です。これは義眼ですから。私は生まれつき左目がなかったのです。
それはそんな私を可哀想に思った男性がくれました。
なぜだか、あなたにあげた方がいい気がするので受け取ってください」
白猫から義眼ーーいや、玉を受け取る。山吹色の玉だ。
「ありがとう。私たちはこれを探していたんだ」
「やはり。そんな気がしました」
私は山吹色の玉を赤い箱に納めた。これで四つ目だ。
「ヨルを知っているのか?」
私は白猫に尋ねた。白猫は綺麗な黄色い右目を伏せ、「あいつは怖いやつです」と言った。
「猫の特別な連絡網で聞きました。あれは猫を狩る恐ろしいやつだと。
灰色の長い髪をしていると聞いていたので、あなた様と勘違いしてしまいました」
すみません、と白猫は頭を下げた。
「いいんだ」
私は白猫を許した。ヨルが灰色の長い髪をしているというのは初耳だった。
私たちは白猫にさよならを言って私たちは旅路に戻る。
大通りに戻ったところで、リアムは言った。
「俺も帽子ほしい!リュカが持っているようなかっこいいやつ!」
「では買いに行こう。この近くの帽子屋へ」
私たちは街中に戻り、帽子屋を探した。おしゃれな帽子屋のドアを開け、中に入る。
私たちはしばし平和なお買い物の時間を過ごした。
たくさんの帽子を被っては戻し、買い物を楽しむリアム。
彼が最終的に選んだのは私の髪の色と同じ、灰色の帽子だった。
薄い灰色の帽子が彼を包む赤色の布によく映えていた。
少年は満足げに店を出て、帽子を取ったり被ったりして遊んでいた。
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