第5話 痣



少年と出会って二つ目の街にたどり着いた。


「いい?この道を通って私は市場に出る。リアムは宿を探して。


私は食料を調達する。ーーあ、宿は窓のある部屋にしてほしいな」


「わかった」


聞き分けの良い少年の頭をぽんぽんと撫でる。


そのまま、素直な良い大人になってほしいと、ふと思いながら少年の背中を見送った。


私は夕焼け空の下、活気のなくなった市場に足を運んだ。


店じまいの途中の八百屋に声をかけ、売れ残りを安くしてもらった。


二人分の食料を私は持ち合わせていなかった。


「リュカ。宿を見つけた」


少年はすっかり泣き腫らした目で私に声をかける。


「ありがとう。案内してくれる?」


少年はこくりと頷いて歩き始めた。


慰めの意味を込めて、私はリンゴを渡した。


少年がかぶりつくのを見て、私もリンゴをかじった。


今まで数えきれないほどの街を訪れてきたけど、誰かと一緒に冒険したことはなかった。


新鮮な気持ちになるが、ふと、私が寝る前に必ずしていた”あれ”ができないことに気付く。


どうしようか。私は顎に手をつけて考え、少年が眠るのを待つという結論に至った。


満月が雲に覆われ、薄暗くなると、少年はいびきをかき始めた。


余程疲れていたのだろう。明日まぶたが腫れないことを祈った。


隣のベッドで眠ったふりをしていた私は起き上がり、窓を開けて窓枠に腰掛ける。


私が寝る前に必ずする”あれ”ーーそれは私にとって小さな自傷行為だった。


夢の中で私は何度も自分を否定し、”誰か”は何度も「生きている」と繰り返す。


「私を探して」とも。今日もきっと同じ夢を見て、また旅を続ける理由を心に刻まれる。


少年が私の小さな自傷行為に気付いたのは、彼と五つ目の街にやってきた日だった。


「トイレ……」


寝ぼけ眼の少年と、窓枠に腰掛ける私の目が合った。


私の右手には短剣が握られ、その刃先は自分の左手首に当てられている。


切っ先が当たっている部分には小さな頃からある痣があった。


何か文字のようにも紋章のようにも見える痣が。そこから血が滴っている。


窓の外に血を垂らしている姿を少年にしっかりと見られた。


ーーまずい。直感的にそう感じた。


隠そうにも遅かった。


「お前!リュカ!何をしてる!」


少年はすごい剣幕で窓際までやって来た。


いつもは革の手袋をして隠している傷跡だらけの私の左手首を見て、それから私の目を見る。


「なんでこんなことをーー」


「私にとっては大事な行為なんだ」


「大事って、自分を大事にしないことがリュカにとっては大事なことだって言うのか……?」


「ああ、そうだ。私は自分を否定し続ける」


「それは間違ってる。お母さんは何よりも誰よりも自分を大事にしなければいけないと俺に言い続けていた」


「そう言う人もいるでしょう。いえ、大多数はきっとそう思っているだろうよ。


でも私は違うの。私は永遠に私を大事にできない。優しい言葉はいらないよ。


慰めも同情もいらない。そっとしておいて欲しいの。心配ないよ。


傷の処理には慣れているから」


私はリュックサックから包帯を取り出し、口と手を使って慣れた手つきで手首に巻いた。


「それにね、この痣は傷つけないと逆に痛むんだ」


「痛む?」


「そう、ズキズキと」


「自分で傷をつけるのは痛くないのかよ」


「痛くないさ。大丈夫だ」


「変なの」


リアムは続けた。


「リュカがなんと言おうと、俺その行為は間違ってると思う」


「なんとでも言いなさい。私はもう寝るわ」


私はそう言って布団に潜った。


間も無く私はやっぱりあの夢を見て、同じ会話をして、目を覚ますと旅を続けようという気になる。


私は昨夜のことは忘れて少年を起こした。


「リアム、起きなさい」


「ん……」


少年は少しぐずって、眠そうに「おはよう」と言う。


「リュカ、傷は……」


「問題ないよ」


あなたこそ、あの鉤爪や翼は何だったの、という質問はなぜだかはばかられる気がして言えなかった。


「今日はたくさん歩くよ」


「ん、わかった」


「さあ、身支度しなさい」


私は少年を叩き起こして準備をした。


そうして私たちは六日目の朝を迎えた。

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