第6話 二つ目、三つ目
その日は天気のいい日だった。洗濯日和だ。そう思って私たちは少年の新しい服を買いに行った。
「俺赤い服じゃないとなんだか落ち着かないんだよ」
「そうなの?」
青や緑の布を手に取っていた私はそれらを元の場所に戻し、赤い布を手に取った。
少年の服装はいたってシンプルで、真っ黒のタートルネックに赤い布をまとっているだけだった。
装飾品はなく、だけどどこか気品のある出で立ちだ。
新しい服を買うと、近くの森に流れる川に行き、お互い新しい布を身につけるだけの格好になって今まで身につけていたもの全てを洗濯した。
包帯も洗濯したせいで、傷跡が露わになる。
乾かしている間、ずっと少年の傷跡への視線を感じていた。
自分を傷つける姿は少年にとって衝撃的だったのかもしれない。
悪影響になったな、とそれだけは後悔した。
洗濯物が乾くと、それを身につけて身支度をした。石鹸の匂いに包まれ、心地よさを感じる。
これから森を抜けなければならない。
「行こう」
私は少年に向かって言った。少年は頷いて私の後をついてくる。
ふと、森に入ってすぐのところに落ちている物に目が止まった。
一見ただの木の棒に見える杖にーー飴色の玉がついていた。
「これは……」
触れていいものか一瞬迷い、私は意を決してその玉を杖から外した。
少年の母が消滅したときに現れた玉と同じ大きさの飴色の玉を赤い箱に納めた。
それにしても、どうしてこんなところに、こんな形で玉が落ちているのだろう。
この杖は一体誰のものなのか。とりあえず、と私は杖を拾った。
この杖の持ち主を探さなければならない気がする。
「これ、血……」
少年が腰を下ろして地面を指差した。確かにそこには血痕がある。
それも、まだ新しい赤い色をしていた。血痕は森の奥へと続いている。
私と少年は頷き合い、駆け足で血痕を辿った。
「う……」
森の中腹まで来た頃だった。男のうめき声が微かだが聞こえる。
見れば、獣道の側にある大きな木の幹に中年の男が背中をくっつけて座り込んでいる。
そのこめかみから出血しており、その出血量から酷い傷だと感じた。
「おい!大丈夫かよ!」
男の存在に気付いた少年が声を掛ける。
と、その時だった。
座り込む男の影から大きな鎌を持った黒ずくめの人間が現れ、少年に斬りかかった。
「リアム!」
私は咄嗟に名を呼び、自分の腰から引き抜いた短剣でその鎌の刃を受け止めた。
キィンという刃物同士がぶつかり合う音が森に響く。
少年は目を見開いて、今自分を殺そうとしたその人間を見た。
私は少年を抱えて鎌を持った人間と距離を取る。
「誰ですか、あなたは」
私は鎌を持つ人間に声をかけたが、その人は何も言わない。
「もしかして、”ヨル”?」
私は訊いた。だけど答えは得られない。沈黙を貫き通していた。
しばらくの睨み合いの末、沈黙を破ったのは座り込んでいる男だった。
「早く、逃げろ……」
唐突に声を発した男にその場の全員が視線を注ぐ。
その隙に私は鎌を持った人間に斬りかかかった。
こういう命の取り合いは躊躇してはいけない。
「ぐっ」
鎌を持った人間は左肩に傷を負い、逃げるようにマントを翻して森の中へ消えていった。
脅威が去ったことで、少年が男に駆け寄る。
「おい、おっさん!しっかりしろ!」
少年は眉間にしわを寄せて男の肩を揺さぶる。私は少年のその手を制して、小さく首を振った。
少年は悲しげな目をして男に向き直る。
「おお、あなたは……」
男は私の顔を見るなり、鈍い色の瞳に光を宿した。
「私が、なにか?」
「夢の中でお会いしたことがある少女によく似ている……」
そう言って男は口から血を吐きながら、ぐちゃぐちゃになった服の間に手を突っ込み、
ポケットから紅色の玉を取り出した。
「これはーー」
「いつも夢を見ていた……いつか自分が死ぬ直前に少女にこの玉を渡す夢を……」
「これをどこで手に入れたのですか?」
「わからない……気付けば手にしていた……」
私はその紅色の玉を受け取り、赤い箱に納めた。
その手首を男がしっかりとした強さで握って、こう囁いた。
「お気をつけて……既に事は始まっている……あなたは狙われている……そこにいる少年も……」
お気をつけて、そう繰り返し言って男は死んだ。
開いたままの口がまだ何か言い足りないことがあると言っているようだった。
結局落ちていた杖の持ち主がこの男であるのかは聞きそびれた。
しかし私は三つの玉を手に入れたことになる。
「その箱と玉は何?」
少年は私が持つ箱に興味を示していた。
「これは……」
私はこの赤い箱を手に入れた時のことを思い出した。
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