第3話 覚醒

少年の家は小さな木造のアパートの二階の隅の部屋だった。


少年がドアノブを回し、中に入るよう顎で促す。私は「お邪魔します」と言って中に入った。


少年の家の中は花の香りに満ちていた。見れば、色とりどりの花束があちらこちらに飾られている。


そのほとんどがきっと盗品なんだろうと思ったが、私は何も言わなかった。


「あら、お客さん?」


か細い、鈴のような声が聞こえた。


部屋に入って左側の窓に面したところにベッドが置かれていて、そこに優しそうな顔の女性が座っていた。


「お母さん!」


少年は駆け寄り、少年の母は彼をぎゅっと抱きしめた。


私は丁寧に一礼して、


「私の名前はリュカ。先ほど息子さんと仲良くなった者です。お母様の体調が悪いと聞き、ぜひお見舞いに、と思いまして」と笑顔で言った。


少年の母は「ご丁寧にどうも」と笑顔になったかと思えば、激しく咳き込んだ。


少年が心配そうに母の背中をさする。


「こんな身ですので、お構いはできませんが……」


その笑顔が痛々しかった。もう長くはないのだと悟る。きっと少年もそれはわかっていた。


わかっていたから、盗みを働いてまで母を喜ばせようとしていたのだ。


こんなに部屋が花の香りに満ちるまで。


少年の母はゆっくりと深呼吸をすると、間も無く寝息を立てた。その寝顔を悲しげな瞳で見つめる少年。


いつかの自分と重なって見えて、心がぎゅっと掴まれたような痛みに襲われる。


「リュカ」


少年は私を呼んだ。


「俺はリアム。よろしく」


「ああ、よろしく。私はリュカ=オリビア」


私は帽子を取って挨拶した。


はらり、と私の腰まである長い髪が大きな羽のついた帽子の中からすべり出たのを見て、リアムは目を丸くした。


「え……女!?」


「そうだが?」


私はなんでもないみたいに言ってまた髪を帽子に収めた。


目を丸くしたままのリアムに、「母はあとどれくらいもつんだ」と尋ねれば、少年の顔がサッと青くなった。


「……あと、一ヶ月……もつかどうか……」


悲痛な顔の少年に同情心が湧いた。あと一ヶ月ーー少年は母を失うにはあまりにも若すぎる。


しかし何もかも、運命なのだ。争うことなどできぬ。


私の父母が文字通り姿を消したのも、運命だったのだ。


「俺、リュカの名前をどこかで聞いたんだ。リュカは何者なの……?」


「私はーー」


何者か、自分自身に問うたその瞬間。


リアムの母の体が強い光に包まれる。


「お母さん!」


「いけない!」


駆け寄ろうとするリアムの腕を強く引いた。反射的にリアムが私の体にぶつかる。


私はリアムを抱きとめて彼の母を見た。彼も自分の母を見ていた。


依然として光り続けるその体が、徐々にヒビ割れていく。


「これはーー」


強い閃光に、目が眩んだ一瞬。その一瞬で彼の母は姿を消した。


「お母さん!?」


彼はきょろきょろとひっきりなしに首を動かしてその姿を探す。


この部屋のどこにもいないことを私は知っていた。


「うわああああああああ」


小さな彼の絶叫が部屋に、街に響く。今度はその彼が光に包まれていく。でもその色が違っていた。


彼の母は真っ白い光に、けれど彼は淡い青色の光に包まれていく。


その爪が長くて太い鉤爪に、その小さな背中からは体よりも大きな翼が二つ、


みるみるうちに少年の体が形を変えていく。


ーーと、途端にその体を包んでいた光は潰え、鉤爪も翼も姿を消し、元の少年が床に転がった。


その一瞬の出来事に私の頭は混乱していた。


「リアム!リアム!!」


私は少年に駆け寄って体を揺さぶった。少年は薄く目を開き、瞳だけで私を見つめる。


「俺、は……」


こてんと頭を床につけて、少年は眠りについた。母を失った悲しみからか、少年の頰は濡れていた。


私は少年の母が眠っていた、そのベッドの上に一つの玉が転がっているのを見つける。


その玉は綺麗な翡翠色をしていた。


「一つ目は、少年の母かーー」


私はある人物から受け取った赤に金色の装飾が施されている箱の中にその玉を納めた。


「それにしても、さっきの少年の姿は、一体……」




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