第2話 赤い少年



路地裏の、その角を曲がる前に口を開く。


「お母さん、体悪いの?」


赤い布がちらりと見えた。その赤い布をまとった少年が、恐る恐る路地裏から出てくる。


腕の中にはいくつかの果物が抱えられていた。


「誰かに聞いたのかよ」


少年はぶっきらぼうにそう言った。


「果物屋のおじさんに聞いた。盗みの行為はよくないことだ。お母さんがきっと悲しむ」


私がそう言うと、少年は顔を上げて私に何か訴えようと口を開いて、やめた。


きゅっと結ばれた口元に、彼には彼なりの言い分があるのだと感じる。


「だから、それを買いに行きましょう。果物屋のおじさんのところに戻ろう」


「でも、俺、お金がない」


「いい。私が買ってあげる。こう見えて私は結構稼いでるから」


私はそう言って笑って見せた。


「盗んだ物ではお母さんは喜ばない、でしょ?」


少年は俯く。


「さあ、行きましょう」


私は少年の腕からいくつかの果物を受け取り、少年のまだ小さい手を引いて果物屋へ向かった。


「怒られたって大丈夫よ。もう二度と同じ過ちを繰り返さなければ良いだけ」


少年は顔を上げて私の目を見た。


「もう盗んだりはしない、いいね?」


「……うん」


私は少年と指切りした。


市場まで戻り、他のお客さんとおしゃべりをしているおじさんの横顔に声をかける。


「おじさん、これください」


おじさんは私の顔を見てニッコリと笑いーー少年を見て拳を固めた。


「この……!坊主ッッ!」


少年は身をかがめて私の陰にサッと隠れる。堂々と盗むくせに、見つかると萎縮するのだ。


その行為が間違っていて、悪いことだったと少年は知っていた。


「いいんです」


私は少年とおじさんの間に立ってお財布を開いた。


「その果物、いくらですか?それと、今までこの子が盗んだ分の果物も、いくら?」


おじさんは「え?」と一瞬だけ怪訝そうな顔をしたかと思えば、私の財布の中身に金貨を見つけると、嬉しそうに「その金貨一枚分だ」と答えた。


私はおじさんの大きな掌に金貨一枚を乗せ、「さあ、これでチャラですね?」と言った。


おじさんはうんうんと頷き、少年は私の後ろからそろっと出てきた。


「ごめんなさい……」


少年の口からそんな言葉が溢れた。


果物屋のおじさんは何度も金貨を磨き、聞いていないようだったけど、私の耳にはしっかりと届いた。


私は身をかがめて少年の頭を優しく撫でた。


「お母さんのところに連れて行ってくれる?」


少年はコクコクと頷き、先を歩き始める。私は黙ってそのあとをついて行った。勿論買った果物と一緒に。



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