VOL.7

 水曜日、午前8時、朝から妙に肌寒い。


 空には鼠色の雲がびっしりと垂れ込め、まだ冬には遠いというのに、なんだかぞくっとくるような冷たい雨が、細かく降り続けている。


『本当に一人で行くのかね?旦那?』


 道路を挟んだ例の店の真向かいにハザードを出してムスタングを停車させながら、いつになく心配そうな表情でジョージは言った。


『これは俺の仕事だ。最後まで俺がをつけなきゃならん。心配するな。足代は倍増しだ。約束する』


 俺は上着をめくり、脇の下のホルスターを覗かせた。

 

 車を降り、ガードレールをまたいで横断歩道を渡り、店に近づいていく。


 表には、


(まことに申し訳ございません。本日は諸事情があって臨時休業とさせて頂きます。悪しからずご了承下さいませ)


 そう書かれた札が、ご丁寧にも日本語、英語、そして何故かフランス語の三か国の言葉で書かれてあった。


 俺は裏口に回り、裏口のノブを回す。


 カギはかかっていない。


 店内はシックだが凝った造りになっていて、20席ほどの客席は全て椅子がテーブルに乗り、その上に白い布がかけられてあった。


 俺は一番手前、場所で言うと入口の近くの布切れを取り、椅子を一脚下ろすと、奥のカウンターに背を向けるように座り、シナモンスティックを取り出して口に咥えた。


 雨が硝子を打ち続けている音が、ひっそりした店内に間段なく続いている。


『早かったじゃないか。また持ってきてくれたのか?』後ろで声が聞こえた。俺は頭を少し上げ、壁に掛けられてあったディスプレー用のミラーを見た。


 黒っぽい服を着た、ひょろりと背の高い、目の端が釣り上がった男が映っている。


『ああ』


 俺はそっけなく答え、椅子から立ち上がると、振り返って彼の顔を真っすぐに見つめた。


 男の表情が一瞬にして変わる。


『だ、誰だ?あんた・・・・』


 俺は懐に手を入れ、認可証ライセンスとバッジをかざす。


『デ・刑事デカか?』


『いいや、俺は探偵・・・・私立探偵のいぬい宗十郎そうじゅうろうってもんさ』


 俺はホルダーと入れ違いに、もう片方のポケットから紙袋を取り出し、テーブルの上に投げ出した。


『あんたが欲しかったのはそれだろ?通称”インクブスの舌”っていうんだそうだな。俺も噂で聞いてはいたが、まさか本当にあるとはね。』

 


『あんた・・・・いや、ハヤミシェフこと姿慎一さん。あんたは水曜、専用日と銘打って集めた女性客たちに”特別料理”として提供した中に、この薬を混ぜていた。これを食べた女たちはたちまちとりこになる。先週の水曜日、俺の知り合いの女性に店に潜入させて一部を採取し、それを警視庁さくらだもんの科研で分析を依頼したのさ。案の定、成分がばっちり検出出来たよ』


 男の唇の端がぶるぶると震えた。


『あんたの料理・・・・いや、あの薬にりつかれた女たちは店に通い詰めるようになる。しかし普通の主婦がそう度々外食なんかしてちゃ、そこそこの金持ちだって家計に響いてくる。そこであんたはあの”おうぎ”って組織を紹介した。表向きは”本番禁止”のデリヘルだが、裏に回れば何のことはない。ただの非合法売春組織ってわけさ。』



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