VOL.5

『あんた、まさかアタシのこと、警察おまわりに売る気じゃないんでしょうね?』


 そいつは流し目で俺を見ながら、疑い深そうな声を出した。


 ここは新宿、言ってみれば俺の庭先だ。


 新宿二丁目、といえば、それがどんな場所だか、東京に縁のない生活を送っている人間でも、大方見当はつくだろう。


 雑居ビルの地下二階、広さは凡そ十畳ほどの細長い店内には、カウンターと椅子が並べられているだけだ。


 その向こうにいるのは、黒いTシャツに金色のネックレス。両耳には縦にピアスがずらり。ルージュを塗っているわけでもないのに、唇がやけに赤い。


 俺は黙って彼がテーブルに置いたライムソーダのグラスを口に運ぶ。


』の名前はリズ・・・・まあ、本人がそう言ってるだからそうしとこう・・・・は、細長いフランス煙草をくゆらせながら、しきり俺に流し目を送る。


『ねぇ、どうなの?』


『俺はじゃあない。警察おまわりの下請けなんか真っ平御免だ』俺はそう答えて、再びライムソーダを喉に通す。ほんとならビールでもりたいところだが、酔っ払いにも仁義ってもんがある。

やっぱり酒は仕事を全部やっつけてからでないとな。


『あんた、松田優作に似てるって言われたことない?私好きなのよ。優作・・・・

“蘇る金狼”いいわぁ』

話を逸らそうとしてるのか、媚びでもくれているつもりなのか、妙にねっとりした声が飛んできた。

『光栄だが、ちょっと違うな。俺が向こうに似ているんじゃない。向こうが俺に似たんだ』


 冗談めかして答えたものの、内心尻の辺りに嫌な感じがした。この手の趣味は俺にはない。俺はそれでも何でもない風を装いながらポケットを探り、『ハヤミ』のシェフこと、姿慎一の写真を置く。


『この店の常連なじみなんだってな。彼は?』


『だからどうだっていうのよ?』


『売ったんだろ?をさ』


”彼女”の目の端が、少しばかり釣り上がり、声が野太くなった。


『人を見てモノを言って頂戴!アタシは覚醒剤シャブ麻薬ヤクなんか扱っちゃいないわよ!』


『おいおい・・・・誰が”ドラッグ”の話なんかした?俺が言ってるのは”同じドラッグでも”媚薬”の方さ』


 媚薬、つまりは人間の性的中枢を刺激して薬物のことだ。


 勿論この手の薬があるのは半ば事実、半ば都市伝説として伝えられてはいるものの、現実に存在するなんて、俺もこの年で初めて知った。


 仮にあったとしても、それ自体は厚労省から禁止薬物に指定されている訳ではないから、持っていたからといって、後ろに手が回るわけじゃない。


『・・・・だったら、どうだっていうのよ?』


『別にどうも。ただな。日本には薬事法って法律があるんだ。薬剤師でもない人間が医師の処方箋を通さずに薬物を勝手に売買すると、警察の方だってただじゃすむまいよ。それだけさ』


『あんた、探偵でしょ?探偵が人を脅していいの?』


『何とでも好きに言うさ。俺は依頼された事件が解決出来ればそれでいいんでね。さあ、知ってることを洗いざらい喋ってもらおうか?探偵は警官おまわりほど優しくはないぜ』


 リズは煙草を灰皿でもみ消し、二本目に火を点けた。ライターを持つ手が細かく震えている。


『な、何が知りたいのさ?』


『あんたがどこからクスリを仕入れたのか。それだけさ。』

 








 





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