VOL.3

『あら、珍しい。お見限りだったじゃない?』電話の向こうの彼女は、まるでバァのマダムのような声で俺に言った。これで警視庁さくらだもんのキャリア警視様なんだからな。


 電話の相手は『切れ者マリー』こと、五十嵐真理である。


 警察官おまわりに頼みごとをするのは癪だが、背に腹は代えられない。


 俺は手短に今回の依頼について話した。


『いいわよ・・・・って言ってあげたいんだけれど、こっちも今天手古舞なのよ。』


 彼女曰く、今ある国際的麻薬団が東京で販路を拡大しようとして、そのために外事課、薬物対策課、それから厚労省の麻取マトリ・・・・・麻薬取締官と合同捜査の真っ最中だという。


『私はこう見えても特殊捜査班の主任ですからね。そうそう席を空っぽにしているわけにもゆかないわ。』


 彼女はすまなそうな声を出してから、付け加えるように、

『その代わりと言っちゃなんだけど、いいパートナーを紹介するわ。ほら、いつかの彼女、「」よ』


『ベル』というのは、彼女の恋人、イザベル・タキガワ・マルティネスという日系人の女性ダンサーだ。

(*「恋するマリー」参照のこと)


『しかし、俺の仕事はこういっちゃなんだが危険を伴う。そんなところに素人トウシロを巻き込むわけには行かん』


『彼女、ああ見えて結構使えてよ。何しろを潜ってきた女ですからね』


 まあ、確かにそうだな。


 彼女の度胸の据わり方は、俺だって知っている。


『分かった。これで一つ借りが出来たな。癪だが』


『そんなに気にしないでよ。コニャック一杯、それでいいわ』


 随分気前のいいだな。


 俺は内心苦笑した。


『有難う。ここから先は俺の仕事だ。彼女への連絡はこっちでする。』


『分かったわ。じゃ、ね』


 受話器の向こうで、チュッと音がした。


 


 翌週の水曜、俺は例の場所にジョージの運転するムスタングで向かった。


 後部座席に座っている彼女は、ベージュのニットスーツ。栗色の髪、薄いファンデーションだけのメイク。


 どこからどう見ても情熱的なラテン系のダンサーには見えない。


『話はマリーから聞いていると思うが、君は出来るだけ普通の客のふりをして食事をしてきてくれればいい。』


『ええ、分かったわ。』

『くれぐれも言っておくが、俺達は中に入れない。まさかの事態が起こっても、君を守ることは出来ない。それだけは覚悟しといてくれ』 

『心配無いって!』

彼女はそういって車を降り、信号が青になるのを待って口笛を吹きながら横断歩道を渡り、店に向かっていった。


『大丈夫かね。彼女は』

 ジョージは珍しく心配そうな口調でそう言った。


『信用するしか無かろう。何しろマリーの折り紙付きだからな』


 俺だって一抹の不安がなかったわけじゃないが、しかしこれしか他に手がないのだ。


 ここは彼女に任せるしかない。


 彼女は丁度午後のランチ間際に並んでいる女たちの行列の一番後ろにくっついた。


 俺は車の向こうから、じっと彼女を監視し続けた。









 

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